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友樹に対するいじめや嫌がらせ行為は、なおも続いていた。
冬野に脅されているため、友樹は誰にもそのことを話さず、ただただ我慢し、耐え続けていた。
いつもの呼び出しとはちょっと違ってはいたものの、机の中にゴミや汚れたものを入れられたり、上履きを隠されたりといった、最近の嫌がらせも、きっと冬野たちがやっているのだろうと、友樹は考えていた。
しかし――。
ふと、トイレから戻ってきた友樹が教室のドアから中に目を向けると、友樹の席のそばに瑞菜が立っていて、なにかを机の中に入れている姿が目に映った。
(……え? 光林さん……?)
瑞菜は友樹が教室へと足を踏み入れる前に、そそくさと自分の席に戻っていった。
(……なんだろう……?)
なんとなく嫌な予感を覚えながら、友樹は席に着く。
そして、そっと机の中をのぞいてみると……。
普段、友樹は几帳面に教科書を左、ノートを右、というふうに机の中に並べていた。
重ねる順番も、上から時間割どおりに重ね、使い終わったら一番下に移動させる。
それは、小学校の頃からずっと続けている、友樹なりのルールだ。
それなのに、前の時間の授業だった英語のノートが、一番上に、しかも教科書側に重ねてあった。
友樹はおそるおそるそのノートを机の上に取り出し、開いて中を確認してみる。
すると――。
ぐちゃぐちゃの線が、真っ白いノートの使っていないページ一面にびっしりと描き込まれていた。
何枚かページをめくってみるが、ノートの後ろ側から何枚分かのページにわたって、その線は描き込まれている。
黒板の文字を写したページにまでは描かれていなかったため、それほどの痛手ではないかもしれないが、それでもそういったことをされたという事実が、友樹の胸を痛めつける。
線は鉛筆で描かれているだけのようだった。それに気づいた友樹は、消しゴムを取り出し必死に消し始めた。
ゴシゴシと線をこすっていく友樹。だが、どういうわけか線は余計に増えてしまった。
消しゴムの中に、数本のシャープペンの芯が刺し込まれていたのだ。
(……もう! こんなことまでして……!)
苛立ちながらも芯を消しゴムから引き抜き、ノートの線をせっせと消していく。
線を消しながら、友樹は考えていた。
(……さっきの光林さんの様子……。もしかしてこれって、光林さんがやったの……? だとすると、最近の嫌がらせって、もしかしたら全部、光林さんが……?)
友樹は瑞菜に疑いの視線を向けてみたのだが。瑞菜は何事もなかったかのように、次の授業の準備を整えていた。
☆☆☆☆☆
体育の授業が終わり、友樹は女子更衣室へと向かう。
その更衣室から、心なしか周りを気にしながらという様相の瑞菜が出てきたかと思うと、足早にその場を去っていった。
(………………)
更衣室のロッカー自体には、カギがついてない。
部屋のドアにあるカギを最後に出た人がかけ、授業が終わったらその人が最初に戻ってきてカギを開けることになっているからだ。
嫌な予感を振り払い、友樹は急いで更衣室の中へと入り、ロッカーにしまってあった自分の制服を確認してみる。
制服を手に取り全体を見回してみたが、とくにおかしな部分は見当たらなかった。
(……光林さん、単に急いでただけだよね……。ボクったら、人を疑うなんて……)
友樹は安堵の息をつくと、体操着を脱ぎ、制服へと着替えていく。
するするする……。
スカートを履き、制服の袖に腕を通す友樹。
と、スカートの下から伸びる自分の足と、袖口から出てきた自分の腕が、真っ赤に染まっていることに気づいた。
「きゃっ……!?」
思わず驚きの声を上げてしまう。
腕を真っ赤に染めているのは、血――ではなく……。
(このにおい……トマトケチャップ?)
友樹は制服を裏返して確認してみる。
すると、上着の袖の内側とスカートの内側に、べったりとトマトケチャップが塗りたくられていた。
いくら危害を加えるようなものではないとはいえ、こんなにも嫌がらせが続くと、精神的にもまいってくる。
だがそれ以上に、友樹にとっては深刻な問題だった。
(これ、やっぱり光林さんがやったんだ……。おとなしいボクなんかに話しかけてくれて、いい人だと思ってたのに……。ボク、裏切られたんだ……!)
優しい言葉をかけてくれていた瑞菜。
友達だと思っていた彼女に裏切られたということに、友樹は打ちひしがれていた。
瑞菜からと思われる嫌がらせは、さらに続いた。
教科書やノートが教室のゴミ箱に捨ててあったり、友樹のロッカーの中にゴミが入っていたり。
嫌がらせ行為を仕掛けている場面を直接見たわけではないものの、瑞菜がその場所から足早に去ったあと、そういった嫌がらせを発見することが多かった。
瑞菜が犯人だと、友樹はほぼ確信していた。
それでも、本人を直接問い質すことまでは友樹にはできず、ただ耐え続けていた。
そんなある日の放課後。
焦りの表情を浮かべた薪が、教室に飛び込んできた。
「仲良さん! 大変だよ! 仲良さんのジャージが水飲み場に……!」
「ええっ!?」
椅子から飛び上がるように立つと、薪のあとを追って教室を出る。
水飲み場があるのは、一年六組の教室の真正面だった。
そこには今、何人かの生徒たちが集まっていた。
そして彼らの目の前、水道が並ぶ水飲み場の上にある窓に、薪の言葉どおり、それはあった。
まるで見世物にでもするかのように広げられた、「1‐6 仲良」と名前の書かれた布を縫いつけてある友樹のジャージが、びしょびしょに濡れた状態で窓に貼りつけられていたのだ。