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「あなたのせいよ!」
友樹はいつものごとく、屋上へと続くドアの前に呼び出されるなり、頭上から罵声を浴びせられた。
もちろん声の主は冬野。当然ながら、取り巻きの三人もすぐ脇に控えている。
「あなたのせいで、笹雨くんはあんなことに……!」
取りつく島もなく、続けざまに叫び声を繰り出す冬野の勢いに、友樹は少々たじろいだ。
「あなたが落ちればよかったのよ!」
そんな友樹の様子など気にも留めず、冬野は叫び続けた。
いくらこの場所が寂れた階段の上で、すぐ下の四階の階段前が物置部屋になっているとはいっても、その隣は友樹や冬野たちの教室なのだ。
放課後だからすでに教室を出ている人のほうが多そうではあるが、それでも教室に残って喋ったりしている生徒くらい、まだいてもおかしくない時間だろう。
それなのに、こんな大声でわめき散らすなんて。
友樹としてみれば、冬野の声に誰かが気づいてくれれば助けてもらえる可能性もゼロではないのだから、むしろそれはありがたいくらいのはずだ。
にもかかわらず友樹は、冬野をある意味哀れみの目で見つめていた。
これだけの怒声をぶつけられながらも、意外なほど友樹は冷静だった。
友樹自身、どうして怯えることなく、こうも冷静でいられるのか、よくわからなかったのだが。
ともあれ、友樹は冬野に険しい視線を向ける。
「……やっぱりあれは、あなたたちがやったのね?」
そして、ひとしきり罵声を吐き出し荒い息をついていた冬野に向けて、そう言い放った。
「ち……違うわよ!」
多少言葉を詰まらせながらも、はっきりと否定する冬野。
「嘘っ!」
冬野たちが犯人だと確信している友樹は、すかさず力強く言い返す。
「嘘じゃないわ!」
対する冬野のほうも、相手が友樹だからなのか、まったく引き下がらない。
「だいたい、どうして笹雨くんがあんな目に遭うのよ! あなたがいたからでしょ!?」
冬野は声を激しく荒げ、友樹に言いがかりをつけるような言葉を向けてくる。
ロープで転ばされたとはいえ、階段を上がってきた笹雨にぶつかり、結果、突き落とす形になってしまった。
そう考えると、友樹にもまったく非がないとは言いきれないのかもしれない。
そもそも、もっと足もとに注意していれば、あんなイタズラに引っかかったりもしなかっただろう。
とはいえ、だからといって、自分が悪かったと冬野に頭を下げるなんてことはできない。
実際に友樹自身もいじめの被害者なのだから、ここで引き下がるわけにいかないのは当然だ。
しかし冬野は、さらに友樹を攻撃する。
――冬野本人ですら、思いもよらなかった言葉で。
「あなたが! ……あなたが、取り憑かれてるからでしょ!?」
「え?」
友樹は一瞬、なにを言われたのか理解できずに、目を丸くする。
取り巻きの三人も、冬野がなにを言っているのかわからず、呆然とする。
そしてそれは、言葉を発した当の本人も同じだった。
「あれ? あたし、なにを……?」
冬野はその顔にありありと焦りの表情を浮かべながらも、どうにか次の言葉を探し、しぼり出した。
「と……とにかく! あたしは笹雨くんに危害を加えたりなんて、絶対にしないわ!」
話をもとの方向に戻し、冬野は焦りを隠すかのように強い口調で言い放つ。
そんな冬野に対し、友樹はさらに責め立てるような言葉をぶつける。
「ボクの足にロープを引っかけたから、結果的にそうなったんだよ? 松園寺さんは自分が蛍風くんを傷つけてしまったことを認めるのが怖くて、現実から目を逸らしてるだけなんじゃないの!?」
いつもの友樹からは想像もできない勢いに、言葉を向けられている冬野だけでなく、取り巻き三人組も唖然としていた。
いや、それは彼女たちだけに限ったことではなかった。
(あれ? ボク、ここまで言うつもりなんて、全然なかったのに……)
あれだけの勢いでまくし立てていた友樹自身も、困惑を隠せないようだ。
だが冬野は、あまりに強気な友樹の言葉によって、すっかり戦意を喪失していた。
「な……なによ! お……覚えておきなさい!」
困惑気味に捨てゼリフを吐いて、冬野はすごすごと足早に退散していく。
「ちょ……待ってよ、冬野!」
唯たち取り巻き三人も、そそくさとそのあとを追って階段を下りていった。
☆☆☆☆☆
ひとり残された友樹は、ただ立ち尽くしていた。
(ボク、どうしちゃったんだろう……?)
いじめっ子からの呼び出しに、いわば勝ったという今の状況ではあるものの、友樹の心はどんよりと曇っていた。
先ほどの、自分の意思とは思えないほどの勢いで放たれた言葉。
友樹は、自分が自分でなくなってしまったような、そんな言い知れぬ不安に包まれ始めていた。
さりとて、いくら考えても、どうなるものでもない。
「……とりあえず、戻ろう……」
友樹はゆっくりと階段を下り、教室に入る。
教室の中は、ひっそりと静まり返っていた。
「ねみみちゃん、今日もいない……」
友達になってくれたはずのねみみ。
友樹はそんな彼女に、すがりつきたい衝動に駆られていた。
こういうときに限って、ねみみは姿を見せてくれない。
寂しい思いに包まれながら、友樹はカバンを手に取り、家に帰っていった。
友樹がゆっくりと階段を下りていったあと――。
誰もいなくなったはずの、屋上に出るドアの前。
窓から差し込む夕陽の赤さが辺りを照らし出す寂しいその場所には、なぜか微かな笑い声だけが響き渡っていた。