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ねみみに水の吸血樹  作者: 沙φ亜竜
第1章 ねみみに水を与えましょう。
2/31

-2-

 このクラスにはひとつの大きな特徴がある。

 このクラスには、と言うより、この教室には、と言うべきか。


 ぺら。

 休み時間のたびに、友樹が文庫本のページをめくる乾いた音が微かに響く教室の片隅。

 そんな友樹の席のすぐ後ろに、クラスの大きな特徴となっている、あるものが存在していた。


 教室の窓側にはベランダに出るためのスライドドアがあるが、後ろにあるほうのドアの、奥側の一枚。その手前に、圧倒的な存在感を持って、それは立ち塞がっている。

 教室の床を突き破って伸びる、直径一メートルくらいはあろうかという蛇行したうねりを伴った円筒形の物体。

 その物体が、教室の床を突き破って侵入し、そのまま天井までをも貫いていた。


 それは、一本の大きな樹の幹だった。


 樹齢がどれくらいなのか想像もつかないほどの大樹が、教室の片隅を貫いて立っている。

 相当インパクトのある光景に思えるが、慣れてしまえばどうということはないのだろう。五月も半ばともなるこの時期には、すでにクラスの誰も気に留めなくなっていた。


 この教室は四階にあるわけだが、その真下にあたる教室は空き教室となっている。三階だけではなく、二階も、一階もだ。

 それは言うまでもなく、大樹が貫いているからに他ならない。


 大樹は少々うねりながら、校舎を斜めに貫いている。そのため、下の階に行けば行くほど、大樹の幹が教室の中央付近を通って伸びていることになる。

 というわけで、教室として使用されてはいない。

 ただ、教室の数が足りなかったせいで、教室の隅っこにしか樹の幹がないここ一年六組だけは、大樹が貫く珍しいクラスとして存在することになったのだ。



 ☆☆☆☆☆



 この大樹には、少々怖い噂話があった。

 よくある学校の怪談の一種、ということになるだろうか。


 遥か昔、恋人に捨てられて自暴自棄になった女性が、手首を切って自殺した。

 手首から流れ出た血は一ヶ所に溜まり、そこから一本の樹が生えてきた。

 女性の怨念を養分として、その樹は大きく育った。

 それがこの教室を貫く樹なのだという。


 学校を建てる際に切り倒そうとしたものの、そのたびに天変地異が襲い、結局切り倒すことはできなかった。

 工事期間は限られていたため、やむなく樹の上にそのまま校舎を建てた。


 教室を貫くように存在する大樹は、最初は物珍しさから生徒たちにも歓迎されていた。

 しかしいつしか、不穏な出来事が発生し始める。

 その樹の近くで恨みのこもった言葉を発した生徒が、次の日には失踪するというものだった。


 生徒の失踪があってからしばらくすると、樹の幹から赤い液体が溢れ出した。

 樹に宿った女性の怨念が恨みの念と同調し、生徒を幹の中へと引きずり込んだ。そしてそのまま、吸収してしまったのではないか。

 そんなふうに言われるようになっていた。


 それから数日後のことだっただろうか、失踪した生徒の遺体が学校の外の林で見つかった。

 当たり前のことではあるが、生徒の失踪は、この樹のせいではなかったのだ。


 しかし結局、犯人は見つからないまま。

 その上、樹の幹から流れた赤い液体のこともある。

 やがて、失踪した生徒の死因が、失血死だという話が流れ出す。

 すると生徒たちは次第に、この樹が生徒の血を吸ったんだ、だから赤い液体が流れていたんだ、と噂するようになっていった。


 以来この樹は、「吸血樹(きゅうけつき)」と呼ばれている。

 その名が示すとおり、それからもたびたび、血を吸われて失踪する生徒が出たらしい。

 そんな話が、まことしやかにささやかれているようだ。


 吸血樹の近くでは恨みのこもった言葉を、冗談でも言ったりしないこと。

 今でも生徒たちは、そう言い聞かされている。



 ☆☆☆☆☆



 そんなおどろおどろしい噂を持つ大樹が教室を貫いているこのクラス。

 入学して最初のホームルームの際には、生徒たちの席は名前の順に並んでいた。

 だが、「名前の順なんて味気ないよね」という先生の提案で、いきなり席替えをすることになった。


 そういう場合、普通ならくじ引きなどをして決めるところなのだろうが、そこは適当な森母先生のことだ、面倒な準備なんてするはずもない。

 好きな席に座っていいよ~、と投げやりに言い放つと、先生は教室の隅で椅子に座って休憩に入る。


 生徒たちは少々面食らいながらも、ま、好きな場所を選んで座っていこう、と秩序もなにもなく、自然と早い者勝ちで席を取っていくことになった。

 そんな中、おとなしい性格の友樹は、積極的に動くことができずにいた。

 どの席がいいか決めかね、おろおろしているあいだに、もうすでに最後の一ヶ所しか残っていないという状態になっていたのだ。


 こういう場合、教卓の真ん前の席なんかが残っていそうなものだが、担任が若い女性教師だからなのか、その辺りには男子生徒が陣取っていた。

 噂の吸血樹がすぐ背後にある席ということで怖がられ、窓際の一番後ろという好条件にもかかわらず、この席だけ残ってしまったのだろう。


 そんな経緯で、ここ――吸血樹の目の前にある席が友樹の席となった。

 この席替えが、友樹にとっての最初の不運だったと言えるだろう。

 なぜなら、友樹の前の席と隣の席には、男子生徒が座っていたからだ。


 引っ込み思案な友樹には、男子に話しかけるなんてことができるはずもない。

 反対に隣や前の席の男子はどうだったのかというと、女子と気軽に話すことが恥ずかしいからなのか、やっぱり友樹に話しかけたりはしてこなかった。


 だからといって、席を立って他の女子たちが話している輪に入っていくことも、友樹にはできなかった。

 その結果、まったく友達もできず、休み時間は読書に興じるという今日この頃になってしまっていたのだ。


 友樹の席のすぐ後ろには、吸血樹がそそり立っている。

 ぺら。

 不気味さすら漂う大樹を背に、友樹は今日もひとり寂しく本を読みふけっていた。


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