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午後の眠い授業をひとつ終え、休み時間になった。あとは六時間目を残すのみ。
眠気も最高潮に達するこの時間。
最後の戦いへと赴く前準備よろしく、友樹はトイレに向かっていた。
友樹のクラス、一年六組は校舎四階の端にある物置部屋の隣だった。
物置部屋は普通の教室の半分程度の広さで、様々な荷物を一時的に置いておくための倉庫となっている。
その物置部屋の正面には女子トイレがあり、さらに隣には人通りのあまり多くない階段があった。
階段を上れば屋上だが、外に出るためのドアはいつも閉められている。友樹が何度か冬野たちに呼び出されていたあの場所だ。
ちなみに、階段の隣には水飲み場があり、その先に男子トイレがあった。
友樹のクラスからだとトイレは近い場所にある。そのため、予鈴までそれほど間がない時間にもかかわらず、友樹は急ぐこともなく、ゆっくりと歩いていた。
辺りに人影はない。
トイレは同じ階の反対側にもあるため、あまり混み合うことはないのだ。
教室の後ろ側のドアから出た友樹は、右側通行の廊下を、右手に水飲み場を臨みながら歩く。
水飲み場の先には階段があり、その向こうが目指す女子トイレだ。
友樹は無意識に廊下の一番端っこを歩いていく。それは、彼女のおとなしい性格を如実に示していると言えるのかもしれない。
水飲み場の前を歩き終え、友樹の右手に階段へと続く微かな空間が広がる。
と、突然。
「きゃっ!?」
右足になにかが引っかかった。
そう思い至ったそのときにはすでに、友樹の体は前につんのめっていた。
引っかかったなにかに足を取られる形でバランスを崩し、友樹はそのまま、右側にある階段のほうへと倒れ込んでいく。
その階段の下から、三人の人影が迫る。
それは、ちょうど下の階から戻ってきた、笹雨、薪、優助だった。
「わっ!?」
「なんだ……!?」
「きゃう!」
人影のひとつに思いっきりぶつかり、声を上げる友樹。
ぶつかった勢いで、友樹はどうにか倒れないで済んだのだが。
「う……うわ~~~っ!」
友樹にぶつかられた笹雨は反動で吹き飛ばされ、激しい音を立てながら背後の階段を転げ落ちていった。
ドサリ。
鈍い音を残し、笹雨の体は階段を下った踊り場にぐったりと横たわる。
「な……っ! 笹雨!」
「お~い、大丈夫か!?」
薪と優助はすぐに状況を理解して、階段の下に倒れている笹雨のもとへと駆けつける。
優助が肩を揺さぶって呼びかけるが、笹雨の返事はない。
じわり……と、真っ赤な血が笹雨の頭から流れ出し、踊り場に広がっていくのが、友樹の目にも映った。
「笹雨! しっかりしろ!」
優助の悲痛な叫び声が響く中、友樹は足が震え、階段の上から呆然とその様子を見続けることしかできない。
ふと視線を下ろすと、足もとにはロープが落ちていた。
片方は階段の横の壁にガムテープで貼りつけられ、もう片方は廊下の中ほどで微かに渦を巻くように残されている。
その視線の先、物置部屋のドアは、なぜか開け放たれていた。
普段は閉められたままになっている物置部屋のドア。気にしてはいなかったが、おそらくさっきまでは開いていなかったはずだ。
とすると、そこに隠れていた誰かが、友樹が通り抜けるタイミングを見計らってロープを引っ張り、転ばせようとしたということになる。
そして混乱に乗じて、その誰かはドアを開けて逃げたのだろう。
「仲良さん、どうしたの? ……あ……あれ、蛍風くん!?」
騒ぎを聞きつけて様子を見に来た瑞菜が、友樹の横で階段下に目を向け、口の前に両手を当てて驚きの声を上げる。
それに続いて、他のクラスメイトたちも続々と集まってきた。
そんな人垣の中に、ひときわ青ざめた顔で立ち尽くす冬野と、彼女に寄り添う取り巻き三人組の姿もあった。
「笹雨くん……」
震える声でつぶやき崩れ落ちそうになる冬野を、幸緒と美春がふたりがかりで支える。
「大丈夫だよ、きっと……」
唯は、自分にも言い聞かせているといった雰囲気で、そうささやきかけいていた。
階段の下では、血を流して倒れたままの笹雨に必死に呼びかける優助たちの声が、まだ響き続けている。
やがて救急隊が駆けつけると、笹雨は気を失ったままタンカに乗せられ、救急車で病院へと運ばれていった。