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「ほんと嫌よね、男子たち。まったく、子供なんだから」
放課後の教室で、友樹の目の前でぷりぷりと怒りの声をこぼしているのは、休み時間にも男子のからかい行為に口を挟んで止めてくれた瑞菜だった。
ここ最近の放課後は吹奏楽部の練習が忙しいということで、こうやって話しかけてくれることも少なくなっていたのだが。
今日は練習が休みだから話したいと、チャイムが鳴って席に戻る直前に小声で言われていたのだ。
「うん、そうだね……。だけど、そんなにひどいことをしてくるわけじゃないし、ボク、あまり気にしてないから……」
遠慮がちに言葉を返す友樹。
瑞菜は友樹の前の席に座り、後ろ向きになって話しかけていた。
友樹のさらに後ろの席であるねみみは、今は姿が見えない。
(姿を消して、寝てたりするのかな? なんだか様子がおかしいみたいだったし、ちょっと心配だな……)
他人の心配をしていていいのかという気もするが、目の前でべらべらと言葉を並べる瑞菜に相づちを打ちながらも、友樹はねみみのことを考えていた。
それにしても、この瑞菜という女子生徒、一見するとおとなしい印象に思えるのだか、実際には喋り始めるとなかなか止まらない性格のようだ。
今の話題だと、少々悪口を含んだ嫌味な内容ということになってしまうかもしれないが、瑞菜は基本的に話すことが好きなのだろう。
小学校の頃にいじめられていたというのも、タイミングが悪かったり、たまたま周囲に気の合う人がいなかったり、といった理由からだったと考えられる。
そんな瑞菜ではあるが、友樹にこうして放課後や、最近では休み時間にも話しかけてきたりはするものの、一緒に帰ったり休みの日に一緒に遊んだりといったことまではしなかった。
しかし、友樹にはそれもよくわかっていた。
友樹が男子にからかわれたり、冬野たちのグループに呼び出されたりしていることは瑞菜も知っているのだから、自分までその対象になりたくはないのだろう。
小学校でいじめられていた経験があるというのなら、なおさら、その思いは強いはずだ。
それなのにこうやって話しかけてくれるだけでも、感謝しなくてはならない。
友樹は、そう考えていた。
ただなんとなく、瑞菜が話しかけてくるのは、男子たち、とくに笹雨、薪、優助の三人組がそばにいるときばかりだということにも、気づき始めていた。
最近は話題にするのも、ほとんど彼らについてのことばかりだった。
(もしかして光林さん、蛍風くんのこと、好きなのかな? だからボクが蛍風くんとのことをからかわれてるのを見て、疎んでるとか……?)
一旦はそう考えたものの、なにか違う気がする、と友樹はそれを否定する。
そこでさらに別の可能性にまで考慮の域を広げられれば、真実に近づきそうなものではあるのだが、そこまで考えられるほどの鋭さは、やはり持ち合わせていなかった。
相変わらず、友樹は激しく鈍感なのだ。
「仲良さんがそんなふうに曖昧な感じだから、あいつらもつけ上がるんだよ? もっと、びしっと言ってやらないと!」
「う……うん……。でも、大声を上げるのも、恥ずかしいし……」
弱気な友樹の返事に、ため息をつくばかりの瑞菜だった。
と、そのとき。
ガラッ!
乱暴にドアを開ける音が響いたかと思うと、つかつかと大きな足音を立てて、四人の女子生徒が教室に入ってきた。
彼女たちは一直線に友樹の席を目指す。
もちろんその四人とは、腕を組んでいつもの偉そうな態度のまま歩く冬野と、その少し後ろに続く取り巻きたち――唯、幸緒、美春だった。
「……あら、光林さん……?」
近くまで来てからようやくその存在に気づいたように、冬野が瑞菜を一瞥する。
――あなた、ここでなにをしているの?
そんな威圧感を込めた視線を受け、瑞菜は身をすくませる。
「わ……わたしは、これで……!」
そそくさと自分の席に戻りカバンをつかむと、瑞菜はそのまま振り返りもせずに教室から飛び出していってしまった。
「ふ~ん……なるほどね……」
そんな瑞菜の後ろ姿を目で追っていた冬野は、微かなつぶやきをこぼしていた。
「しょ……松園寺さん、いったい、なんですか……?」
友樹は、冬野がいつも以上に冷たい目をしていることに少々たじろぎながらも、そう虚勢を張って言い放つ。
瑞菜のことを、嫌なものを見たといった目で睨んでいるように感じたため、とりあえず冬野の気を自分のほうに引こうと考えたのだ。
そんな友樹に視線を向け直した冬野。すかさず手を伸ばすと、乱暴に友樹の腕をつかんできた。
「い……痛いっ……です……!」
声を上げて抵抗しようとも一切構わず、冬野は黙ったまま、友樹を強引に引っ張って歩き始める。
前からは冬野に腕を引っ張られ、背後には三人組がついて背中や肩を押されているこの状況では、友樹に抵抗するすべなど残されていなかった。