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「あの子、やっぱムカつく!」
キーーーッと怒りの声を抑えられない様子の冬野。
彼女は今、いつもの隠れ場所、屋上へと出るドアの前で、取り巻きたち三人とともに座り込んでいた。
あの子、とは言うまでもなく、友樹のことだ。
さっきは友樹に対して文句を言いに行ったのに、逆に他のクラスメイトからの反撃を食らう羽目になってしまった。
それもこれも、みんな友樹のせいだ。
責任転嫁もはなはだしいが、そういう結論に至ってしまうのも、冬野の性格を考慮すれば当然と言えるだろう。
「しかもなんか、男子にモテモテって感じじゃない! いつも周りに、何人もの男子をはびこらせて!」
「……周りにいるのって、男子だけじゃないけど……」
控えめにツッコミを入れる美春だったが、その声は怒り心頭の冬野によってかき消されてしまう。
「違うわよね、あんな冴えない子に、みんなが寄っていくはずないわ! あの子が、笹雨くんだけじゃなくて、他の男子まで手にかけてるんだ!」
ひとりで叫び声を上げる冬野の様子に、唯も、幸緒も、美春も、ただ苦笑いを浮かべるばかりだった。
実際のところ、薪と優助はともかく、それ以外の男子について言えば、いつも友樹のそばにいるねみみのほうに集まっている感じなのだが。
とはいえ、ねみみと仲よしの友樹が近くにいたら、話の輪に加えるのも自然な流れ。
友樹はいつの間にか会話に巻き込まれている、ということが多かったのも事実だ。
この状況でねみみを恨む方向に思考が進んでいかないのは、やはり精霊としての力が作用しているからに違いない。
「それにしても冬野、どうしてそこまで仲良さんのことを目の仇にするわけ? そりゃあ、蛍風くんがあの子と仲よくしてるのが気に入らないのはわかるけどさ~」
黙って言うとおりにしているのにも飽きてきたのか、唯が冬野にそう質問した。
「な……っ!? べ……べつにあたしは、笹雨くんのことなんて、どうでもいいんだってば! ……でも、他になにかあるわけじゃないわよ。なんとなく、ムカつくの。それだけよ!」
「ふ~ん? ま、いいけど。でもさ、見てる限りあのふたり、とくにつき合ったりしてるわけじゃなさそうだよね」
「そうそう。杉崎くんと檜山くんが無理矢理くっつけようとしてる感じだよね。まぁ、仲良さんも蛍風くんも、嫌がったりはしてなさそうだったけど」
冷静さを保てない冬野はともかく、一歩下がった目線で成り行きを眺めているからなのか、取り巻きの三人組は状況をよく把握しているようだった。
「な……っ! なんで笹雨くん、嫌がらないのよ! もう、ほんとムカつく!」
「まあまあ、抑えて抑えて」
再び怒りで顔が赤味を帯び始めていた冬野を、幸緒がとりあえずといった様子でなだめる。
「う~ん、それじゃ冬野も蛍風くんとベタベタくっつければ、あの子と同じってことだから、それで満足なのかな? そうなったら、仲良さんに突っかかったりしなくなる?」
ちょっと面白がっているような笑みを浮かべながらではあったが、唯は冬野に穏やかな口調で尋ねる。
「なによ、それ!? そういうことじゃないっての!」
「ふ~ん、じゃあ、どういうことなの~?」
ニヤニヤニヤ。
笑い顔を張りつけたままの三人が、興味津々に冬野を攻め立て始めた。
「ちょ……っ、あんたたち、あたしをバカにしてるの!?」
三人が自分を笑い者にしていると感じ、怒りの矛先を取り巻きたちに向けた冬野の叫び声が、誰も通らない寂しいこの場所にこだまする。
「違うよ~。心配してるんだってば」
「そうそう」
「わたしたち、友達でしょ?」
冬野はいきなりの友達発言に、顔を真っ赤にする。
「な……なに言ってんのよ! だいたいあんたたち、あたしの家がお金持ちだからって、こうしていつも一緒にいてくれるだけじゃ……」
自分がとても失礼なことを言っているというのも、まったく自覚はないのだろう。
そんな性格をよく知っているからこそなのか、取り巻き三人組は冬野に穏やかな笑みを返す。
「冬野はわたしたちを、そういうふうにしか思ってなかったんだ。ショックだな~」
「ほんと。わたしたちはずっと、友達だと思ってついてきてるのに」
「わたしたちって、冬野にとっては手下とか下僕とか、そんな感じでしかないの?」
責めるような言葉を返しながらも、彼女たちの笑顔には優しさが溢れていた。
「あ、あたしは……っ! そ、その……、三人ともかけがえなのない、大切な、と……友達だと、思ってる、わよ……」
後半は恥ずかしさで聞こえるか聞こえないかというほどの小さな声になってはいたものの、冬野はハッキリとそう答える。
「きゃははっ! 冬野、マジで答えたよっ!」
「うん、恥ずかしい~!」
「え? ちょ……! あんたたち、あたしをからかったのね!?」
突然三人に笑われて、冬野は真っ赤になって怒り出す。
「うふふ! 冬野ってば楽しいわ! でも……」
そんな冬野に優しい笑顔を向けながら、幸緒は彼女をじっと見据えて言葉を続けた。
「かけがえのない大切な友達だってのは、わたしたちも同じ思いよ」
「…………!」
冬野は恥ずかしくて、そして嬉しくて、まともに声が出せなかった。
「きゃははっ! やっぱ冬野、楽しい~♪」
唯はそれを見て、はしゃいだ黄色い声を上げる。
その様子を見ている限りでは、やっぱりからかわれているようにしか思えないのだが。
それでも、三人の温かい想いは確かに伝わったのだろう。冬野もそれ以上、反発心むき出しの天邪鬼な言葉を返したりはしなかった。
「……で、どうする? もう仲良さんにちょっかい出したりはしないの?」
美春に問われ、再び険しい顔になった冬野は、思考を巡らせ始める。
「……ダメよ。たくさんの男子を手篭めにするなんて、おとなしい顔してやることが汚いわ。やっぱり許せない! しっかりと言い聞かせてやらなきゃ、気が済まないわよ!」
ぐっとこぶしを握り、鋭い口調で言いきる姿は、いつものお嬢様モード全開に逆戻りだった。
肩をすくめて顔を見合わせる取り巻き三人組ではあったが、
『了解』
声を合わせて、そう答えを返していた。