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「仲良さん、あなた最近、調子に乗ってない?」
「ボ……ボクは、べつに……」
「ずっと思ってたけど、そのボクって言い方も、気に入らないのよね」
「あう……。でも、これはずっと前からだし……」
校庭での体育の授業が終わり、更衣室へ戻ろうとひとり歩いているところを、友樹は腕をつかまれ、体育倉庫の裏へと引っ張り込まれていた。
学校の敷地は、校庭も含めて高い塀に囲まれている。
この場所は、体育倉庫の建物と塀のあいだに挟まれた、人がまったく通らない死角となっていた。人知れず呼び出したりするには、もってこいの場所と言えるだろう。
体育や音楽などのように教室移動を伴う授業の場合、教室から出られないねみみは残って自習することになっている。
その状況に誰も疑問を感じていないのは、やはり精霊の力とやらのおかげなのだろう。
また、たまに声をかけてくれるようになっている瑞菜は、周りに誰もいないときにしか話しかけてこない。
瑞菜は小学校の頃にいじめを受けていたと言っていた。とすると、あまり友樹と仲よくして巻き込まれたら嫌だと思っているのかもしれない。
そういったわけで、移動先の教室から戻る際、友樹はいつもひとりだった。
体操着のまま体育倉庫の裏に引っ張り込まれた友樹の前には、四人の女子生徒が、やはり体操着姿のまま立ち塞がっていた。
それはつまり、彼女たちがクラスメイトで一緒に体育の授業に出ていたことを示している。
言うまでもなく、四人の女子生徒というのは、松園寺冬野とその取り巻きである、間唯、大和田幸緒、坂本美春の三人だ。
「だいたい、杉崎くんとか檜山くんとかにも近づきすぎじゃない? そうやってあのふたりから手なずけて、笹雨くんと仲よくなろうって魂胆なんじゃないの?」
両腕を組んで鋭く睨みつけるような視線を向けながら、冬野が言い放つ。
いつもどおり、取り巻きの三人組も横に並んで控えていた。その表情は、微妙に苦笑まじりに見える。
考えてみれば冬野は、このあいだ友樹を呼び出したときも、笹雨とつき合っているという噂がすごく気になっている様子だった。
(幼馴染みだって言ってたけど、もしかしたら松園寺さんって……)
いくら鈍感な友樹といえど、ここまで来ればさすがに冬野の想いに気づいてしまう。
「松園寺さんって、蛍風くんのこと、好き、なの……?」
「な! ば……ばかっ! そんなこと、あるわけないじゃない! 誰があんな奴! ただの幼馴染みだって言ったでしょ!?」
友樹の言葉に、冬野は思いっきり真っ赤になって焦り声を上げる。
取り巻きの三人は、そんな冬野を生温かい視線で見守っているだけだった。
こんな状況であれば、優劣が逆転しているのは明らかなのだから、普通はそこにつけ込んで反撃したりするものかもしれないが。
友樹はそんな考えに至るような思考回路を持ち合わせてはいなかった。
「そっか、見かけによらず幼馴染み思いのいい人なんだね、松園寺さんって」
もちろん友樹に悪気なんてないのだが、こんなことを言ってしまう。
当然ながら冬野は、それに激しく反応して怒りの声を飛ばす。
「な……っ!? あ……あんた、あたしをバカにしてるでしょ!? もう怒った! みんな、やっちゃいな!」
あんたは手を下さないんかい、とか、ツッコミどころは満載な気がするものの、取り巻きたちは素直に冬野に従う。
「きゃっ!」
美春が友樹の両腕を乱暴につかみ、塀に押しつける。
「今日こそは、しっかりと自分の立場ってのを思い知らせてあげるからね!」
ふふふと悪役じみた笑みを浮かべる冬野だったが。
ここで頭に上った熱い血を冷ますかのように、チャイムの音が鳴り響いた。
「わっ、冬野、予鈴だよ! 早く着替えて戻らないと!」
「そ……そうね、急がないと! サボりだと思われたら、内申にも響くわっ! ……ふっ、命拾いしたわね、仲良さん。言っとくけど、誰かに話したら……」
「ほら冬野! ごたく並べてないで急ぐよ!」
「わ、わかってるわよ!」
慌ただしく友樹の前から走り去っていく冬野たち。
(内申とか、気にしてるんだ、冬野さん……。意外と真面目なのね。やっぱり見かけによらない人だな)
思わず失礼な感想を抱く友樹だった。
「って、ボクも急がないと!」
友樹も大急ぎで更衣室へと走り出す。
もっとも、同じ更衣室を使っているのだから、冬野たちと再び顔を合わせることにはなったのだが。
向こうも急いでいるからか、今度はなにも言われはしなかった。
☆☆☆☆☆
大急ぎで着替えて戻ったというのに、次の授業は先生がお休みとのことで自習だった。
「ねぇ……、えっと、大丈夫だった?」
ふと瑞菜が友樹に話しかけてくる。
どうやら、冬野たちに体育倉庫の裏に引きずり込まれたのを見ていたらしい。
しかし友樹は、だったら助けてくれてもよさそうなものだけど、なんて考えには至らない。心配してくれていたんだと、素直に喜んですらいた。
「うん、すぐ予鈴が鳴ったし、大丈夫だよ」
「そっか、よかった~。松園寺さんって、お嬢様だかなんだか知らないけど、ちょっとその……嫌な感じの人だよね」
さすがに声を潜めて、瑞菜はそうささやいた。
「ん~、でも、そんなに悪い人じゃないのかも」
「そうなの……? ま、いいわ。元気そうだし、安心した。じゃ、席に戻るね」
「うん」
手を軽く振って瑞菜は席に戻っていった。
ほどなくして、席に戻った瑞菜が友達と話す声が微かに聞こえてくる。
「瑞菜、仲良さんとなにを話してたの?」
「え? ううん、落し物を拾ったから返してただけよ」
(……やっぱり、ボクと話してることを、周りの人には知られたくないんだ……)
少し悲しく思う友樹。
だが、瑞菜の気持ちもわからなくはない。誰だって、いじめられたくはないのだ。
「ふ~ん」
と、そんな友樹の背後から、不意に声がかかる。
友樹が振り返ると、ねみみが机に頬杖をつきながら見つめていた。
さっきからずっと、友樹と瑞菜の様子を黙ったまま見ていたねみみ。その視線には、なんとなく恨みがましい念がこもっているようにも思えた。
「ど……どうしたの? ねみみちゃん」
「ん、楽しそうに話してたな、って思って見てたんですのん」
そうつぶやくねみみの顔は、寂しそうに曇っていた。
「……もう、ウチは必要ないのかな?」
「そ……そんなことないよ……!」
どうしてそんなことを言うのだろう。そう思いながらも、友樹は焦って否定の言葉を添える。
それを聞いたねみみは少しだけ表情を緩めたものの、それでも彼女の曇った気持ちは、完全に晴れてはいないようだった。