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ねみみに水の吸血樹  作者: 沙φ亜竜
第1章 ねみみに水を与えましょう。
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-1-

 辺りには深々とした山影が見え、ちょっぴり寂しい雰囲気が漂っている。

 一応関東圏内ではあるものの、都心へと出るためにはかなりの時間を要する、通勤するにはなかなか不便な場所に、とある田舎町があった。

 田舎町とはいえ、村ではない。微妙なラインではあるが、そこそこの人数の住民たちが暮らしているようだ。


 そんな山間部の田舎町に、ごくごく普通の中学校があった。

 この町には、中学校がひとつしかない。だから、町中の中学生が、この中学校に通う。

 そのため、田舎町にある古い中学校ながらも、それなりの生徒数を有していた。


 どうやら随分と歴史がある、伝統深い中学校らしい。

 というわけで、何度も補修工事をされてはいるのだが、オンボロ校舎といった印象は否めない。


 そのオンボロ校舎の最上階、四階にある一年六組の教室で、今、ごくごく普通に朝のホームルームが始まろうとしていた。

 この学校では、一年生の教室が最上階にあり、下の階に行くに従って学年が下がっていく。


 中学校は三年生までなのに、どうして四階まであるのかというと、一階には職員室や保健室などがあるからだ。

 校舎としては特別教室棟というのが別にあるのだが、そこは理科室や家庭科室といった特殊な教室のみで構成されている。


 今日は暖かく爽やかな青空が一面を包み込んでいて、若干汗ばむくらいの陽気だ。

 生徒たちがプラスチック製の下敷きをうちわ代わりに風を起こす、ぺにょぺにょといった音が教室内にこだましている。

 共学の学校ではあるが、まだ小学生気分が抜けていないからか、そういうことに無頓着なだけなのか、スカートをパタパタと揺らして涼しい風を送り込む女子もちらほらと見受けられた。


「こら、女子! はしたないぞ!」


 教壇に立つ女性教師が、教卓に両手を着きながら可愛らしい声を上げて注意を促す。

 実際に注意を受けるべきなのは女子の一部だけなのだが、学校という場所は連帯責任が基本なのか、まとめて注意されることが多い。

 その際、たいていは女子か男子かで二分される。


 まだまだ男子は子供で、女子のほうが成長も早いため少々大人っぽかったりするこの年代。

 怒られるのはだいたい男子だったりするのだが……今日は違っていたようだ。


「みんな、シャキッとしなさい! 若いんだから、五月病なんかに負けてちゃダメだぞ!」


 こぶしをぐっと握りしめて力説する教師。

 と、次の瞬間。

 へにゃっ、という効果音が背景に見えるほどの動作で、彼女は教卓にその身を突っ伏してしまう。


「でも先生はもう若くありません。暑さは正直つらいです。というわけで、先生はクーラーの効いた職員室に戻ります。みなさん今日も一日頑張ってください。……この暑い中。以上、ホームルーム終わりっ!」


 素早くそう言い終えるやいなや、そそくさと教室を出ていってしまった。


「……きり~つ、きをつけ~、礼~」


 すでに先生はドアをピシャリと閉めて廊下を歩いているところではあったが、一応日直が号令をかけ、ホームルームは終わりを告げる。

 あの教師はなんなんだ? やる気あるのか?

 そんな声が聞こえてきそうな状況ではあるが、生徒は生徒で慣れたもの。とくに気にした様子もない。

 普段からこんな感じなのだ、あの先生は。


 それにしても、五月の陽気であんなふうになっていたのだから、はたして夏になったらどうなってしまうのか。

 先行き不安としか言いようがない。


 先ほどの教師は、森母礼音(もりもれおん)先生。

 もう若くないなどと言ってはいたが、まだ二十三歳で、教育大学を出て教師となったばかりの先生だ。

 教師生活一ヶ月半程度にして、あそこまでだらけることができるというのは、ある意味すごい才能なのかもしれない。


 ここまでの説明と彼女の態度を見る限りでは、ただのダメ教師としか思えないだろう。

 ところがどっこい、世の中とは不思議なもので、生徒たちには絶大な人気があったりする。


 若い女性教師だから男子に人気がある、というわけではない。いや、もちろん男子にも人気はあるのだが。

 ただ、どちらかといえば女子に人気で、友達感覚でつき合える先生という印象のようだ。

 適当なところや、のほほんとした雰囲気が、生徒たちにウケているのだろうか。

 ……単純に精神年齢が低いから、本当に友達という感覚になるだけなのかもしれないな。


 ともかく、ここはホームルームが終わった教室。

 先生がいなくなれば、みんな騒ぎ出すのは世の中の摂理と言っても過言ではないだろう。

 もっともあの先生の場合、たとえ目の前にいたとしても生徒を黙らせるほどの威厳があるとは思えないが。


 教室内は、まだあどけなさの残る中学一年生たちの明るい声でいっぱいとなった。

 そんな教室の片隅、窓際の一番後ろの席に、ひとりのショートカットの女子生徒が静かに座っていた。


 はしゃいだ声が周囲に響く中、カバンからおもむろに取り出した文庫本を読みふける。

 それが、仲良友樹(なからゆき)という名の、どこのクラスにでもひとりはいるような、おとなしい感じの女の子だった。


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