猫は甘味を感じない
僕はクラスメイトたちと昼食の食卓を囲んでいた。ステラ先生のご指導よろしく僕のテーブルマナーも、まあ、彼女たちと同席できなくもないくらいには上達した。
「このテリーヌおいしくないわ。野菜が多くて」
前菜をフォークの先でつつきながらキャリコという子がそう言うと、他の子たちも口々に同意した。
「ニンジンが多すぎるわ」
「玉ねぎもイヤね」
「私、アスパラガスって嫌いなの」
「じゃあ僕にくれよ。もったいない」
「み、ミレイさん……あなた、仮にも貴族が……」
僕が余り物を要求するとセレナが呆れたというよりは呆然の声を漏らした。
「え、えーっと、私シヴァリスのルール・ド・ブランが食べたいなー」
皆聞かなかったことにしたようだ。カリンが無理矢理話題を変えて、謎の呪文を唱えた。
「私はクレーム・オ・フリューイ! これからのシーズンならブラックチェリーたっぷりのノワールよね」
「ああ、舌が思い出しちゃった……」
同調してまた周りから次々と未知の単語が湧きあがる。本当に何なんだろう、これ。聞いてみた。
「何、それ」
「え、ケーキだけど」
「どれが?」
「ルール・ド・ブランが」
「クレーム・オ・フリュイも」
「シヴァリスはデザート専門店ね。かなり有名な。知らない?」
「初めて聞くね」
お嬢様方は甘いものがお好きだ。僕はそれほどでもない。だって猫は甘味を感じない。半分猫の僕たちも甘味に対する感受性は乏しい。彼女たちのそれは学習的なものだろう。
「僕は菓子より肉が食べたいね。滅多に食べられなかったから」
そう漏らすとステラは無邪気に尋ねてきた。
「あら。では孤児院では何を食べていたの?」
「朝は黒パンと豆のスープ」
「お昼は?」
「黒パンと豆のスープ。三日に一度は昼食なし。夜は黒パンと豆のスープ」
「……他には?」
「ないね。一年中ずっと同じメニューだよ。孤児院に引き取られてから九年間、ずっと同じだった」
「……」
「仕方ないんだ。院長先生だって嫌がらせでそんなことをしていたわけじゃない。単純に金がなかった。みんないつも飢えていたよ。そんな環境だと子供たち同士でも自然と助け合おうって気分になったね。でも十歳くらいまでは大してできることがないからね。僕たちがよくやったのは荷物持ちだった」
「荷物持ち?」
「年少の子たちを引き連れてね、街角でじーっと待ってるんだ。荷物を持った人が通りかかるのを。それが裕福な老人なら最高だね。それでいいカモが見つかったら、お爺さん、あるいはお婆さん、重そうだね。手伝ってあげるよ──なんて声を掛けて家まで運んであげると向こうもちゃんと心得ていてお小遣いをくれたから、それで買い食いしてたんだ。屋台のね、得体の知れない肉をみんなで分けて食べたよ。リスの肉だかネズミの肉だかわからないけど。でも、あの頃には一番のごちそうだった……」
「リス……?」
「知らないの? ネズミの仲間は味がいいんだ。特に森でナッツばかり食べているリスの肉は最高だね。それで少し年が上になると手に職をつけるようになるんだ。孤児院上がりの職人はどこにでもいたから、そういうのの互助組織でね。と言っても靴磨きとか掃除人みたいな職がほとんどだけど。そうすると自分のお金でメシが食えるようになる。一番多かったのは煙突掃除人だね。あれは体が小さくないとできないから、子供は重宝されたんだ。それに煙突掃除はとんでもなく体に悪いからね。大抵は二十代で肺を病んで死んでしまうから、勤め口はいくらでもあった。まともな家庭の子はやらなくて、最低の貧乏人か孤児のやることだったしね」
「……あの、あなたもそうだったの?」
「僕? 僕は読み書きができたからね。古道具屋の店番見習いをやっていたよ。孤児院上がりの就職先としては上々さ。鍋釜の良し悪しの見分け方は随分と教え込まれたよ。何が何でも値切ろうとする質の悪い客の応対法とかもね。食事も付けてくれたし。まあケチな親父だったから孤児院のと大差なかったけど。帳簿付けも覚えたしもう少しでものになりそうで、そうしたら孤児院を出て住み込みで働く予定だったんだ。でもその前に母の実家からお迎えが来ちゃってね。あまり急だったから挨拶もできなかったよ。あの頃を思えばここの料理は最高だね。種類も多いし味もいい。難点は量が少ないことくらいかな。……あれ? どうしたの?」
みんな無言になってしまっていた。僕が見回すとみんな視線をそらして……ああ、あまりに底辺過ぎて関わり合いになりたくないと思われたか。失敗したな。
ところが、それからは何故かみんなが少しずつ料理を分けてくれるようになった。ラッキー。
それはともかくとして、こうやって食事を共に取れるのも彼女たちが発情期ではないからだ。僕はなるべく発情期の子を避けるように立ち回っていた。ステラとセレナの件でわかった。正直あの時我慢するのは辛すぎる。いつ誰と過ちを犯してしまうかわかったもんじゃない。
一クラスに二十人も女の子がいると毎日誰かが発情しているけど、僕が編入してからというものみんな発情期がキツくなってしまったようでその時期は最初から外に出てこないから、別にいい。そうでない子も一目でわかるし、終わりかけの頃のそれなら何となく落ち着かないくらいなことで、密室でなければ何とかなる。
でもステラだけは避けようがなかった。自分から来ちゃうんだ……。
コンコンコン。
その夜、僕のドアを叩く者があった。何となく嫌な予感がした。
「はーい」
それでも無視するのもどうかと思った僕は返事をしてドアを開けた。
……やっぱりやめておけばよかった。ドアを開けるとステラがいた。頬をほんのり赤く染めて、斜め上の方を見て、人差し指の先を鉤にして頬をポリポリ掻いていた。
「えっと……来ちゃった」
来ちゃったじゃないよ、本当に。
近寄るとヤバイ。今月も発情期に入ったステラは朝から部屋に籠っていたはずだ。僕が思わず後ずさりするとステラは勝手に部屋に入って勝手にドアを閉めた。慣れた手つきで後ろ手に。
そして鍵を掛けるなりいきなり抱き着いてきた。僕の首に腕を回して、目を閉じて、そして深く息を吸った。何度も。恍惚の表情で。
「何故かしら。発情期はあなたといると安心するの……」
いや安心はしてないだろ。どう見ても逆だ、興奮してる。
小さな部屋に桃の香りが満ちた。
発情期の女から放たれるこの匂い、この桃のような香りが悪さをしている。たぶんフェロモンか何かなんだろう。
で、思うに、その匂いを嗅いだ時僕からも何か出ているんじゃないだろうか。その何かが彼女たちに悪さをしている。
ステラは今夜も薄着で、体の柔らかさを覆うものもない。豊かで、じっとりと若さのにじむ胸はもちろん、首も、頬も、細い腕まで柔らかい。その柔らかさが僕の理性を底なしの沼のように飲み込んで溶かし尽くしてしまおうとしていた。良くない。えーっと、そうだ、数字だ。計算して落ち着こう。数学と性欲は食い合わせが悪い。多分。1+1=2、1+2=3、2+3は5、3たす5は8、ごたすはちは……えーっと、いくらだっけ……?
ダメだ……発情に脳みそが侵食されてる……。理性は情欲に負けていた。
「ねえ、ミレイさん……」
甘い呼び掛けに脳が痺れた。僕はステラの肩を押して距離を取って、正面から見つめた。
「二人きりの時は呼び捨てでいいよ」
「え?」
「ここでは『さん』はいらない。ね、呼んで?」
「……ミレイ」
「距離が縮まったようで嬉しいよ、ステラ」
呼び捨てにしたらステラは嬉しそうにしっぽを振った。犬みたいだ。
うん、駄目だね。僕も相当頭がおかしくなっているぞ?
ステラはとろけた顔で見つめ返してきた。
「ねえ、ミレイ、この前みたいに、して?」
何てこと言うんだよ、もう。これに応えなかったら男じゃない。僕はステラをベッドに押し倒した。
「あはっ」
ステラは何だか喜んでいた。
指先でみぞおちに触れた。そこからツーっと下がって、へその下で一休み。ステラは荒い呼吸で指を見つめている。
僕はいきなり手を離して太ももに飛んだ。全身に触れてみたい。
「う……」
ステラは全身すべすべして、余すところなく柔らかい。太ももに指が沈む。ステラは目を閉じて、皮膚感覚に集中している。セレナはここが弱点だったけど……指先で探りながら下へと進む。
「んっ」
明らかに反応の違う部分があったけど後回しだ。ふくらはぎはツルツルしていた。耳としっぽに余計な毛が生えているせいか僕たちは体毛が薄い。ひげとかすね毛とか腋毛とかが一切ない。おかげで僕もいちいち剃らなくても女のふりをしていられる。
足の甲、そして指先に触れて不意に先程見つけたポイントに戻った。
「んんっ!」
膝小僧の下のところを指先で、筆で刷くように優しく、円を描くようになぞると、ステラは身をよじらせて逃げようとした。仕方なく両手で膝の上を捕らえて同じところにチロリと舌を這わせた。
「んぅぅ~~っ!」
セレナは太ももだったけどステラはどうやらこの辺りがお好きなようだ。
濃密な桃の香りが部屋の中を満たしていた。僕はもう止まれそうにない。同意を得るためにステラの顔を覗き込む。子供っぽい顔が官能で融けて、恋人にしか見せない形になっていた。行くしかない。
「ステラ」
呼び掛けたらステラはぎゅっと抱き着いて、下からキスしてきた。唇が触れて、こじ開けられて、舌の先がチロチロと触れ合う。
うわ……。猫は甘味を感じないなんて言ったのは誰だ? ステラの舌は甘かった。リンゴみたいで、ハチミツみたいで、すこぶる美味だ!
思わず口の中まで求めた。ステラの口の中で舌が絡んで、踊るみたいにもつれ合う。そして僕の口の中に引っ張り込む。ステラは舌を精一杯に突き出して差し込んできた。僕はチュッ、チュッと吸い込んで口の中で舐め回して、口蓋との間で挟んで裏側を舐めた。滅茶苦茶気持ちいい……!
……うっ!
ステラの腕の中で僕は震えた。
あああ……。何てことだ……。
僕は一人で達していた。触れてもいないのに……。全身から力が抜けてステラに覆いかぶさる。ステラの舌が求めて来て、僕はそれにこたえる。
腕立ての姿勢が辛くて僕は転げた。僕たちは横向きで向き合って、口づけを続けた。
うう……パンツの中が……。気持ち良かったけど気持ち悪い。
その後は悪戯してやろうという気分じゃなくなって、朝までキスだけして過ごした。




