セレナ
「そう、食べている間にナイフとフォークを置くときは、お皿の上に斜めに置いてね。ナイフが右でフォークが左ね。フォークは背を上に向けて。落とした時は自分で拾わないで」
ステラは教師の言いつけを律儀に守って僕にマナーを教えてくれていた。と言ってもテーブルマナーは前世のフランス式と大差ないようで、まあまあ身に着けつつある。
それよりも他の部分で覚えることが多いんだけど。というか多すぎる。立ち方歩き方お辞儀の仕方、何でもかんでもマナーがあるものだ。何しろ僕は上流階級の常識をまるで知らないので、おかしなことをする都度訂正されていた。
歩き方については早々に諦めた。男の僕が女の子みたいな仕草でしずしずと歩くのはとても辛いものがあった。骨盤の作りだって違うし、真似できない。
でも、そんなだから彼女たちの歩く速度はゆっくりで、毎日それに合わせて歩いていたら何だか走り方を忘れてしまいそうだった。
それと、作法についてもそうだけど、勉強がさっぱりわからない。
まず国内外の歴史だ。前世なら世界史を学ぶ前から映画や小説などで何となく聞いたことのあるエピソードというものがあったけど、孤児だった僕はこの世界の歴史をおとぎ話的なことしか聞いたことがない。つまり一から勉強しなければならない。
次に修辞学。政治や外交や裁判で使われる弁論術だ。一例だと外交プロトコルの中で「非難する」というのがかなり深刻な言葉で抗議を超えて強く責めているのだとか、特殊な言い回しと自分の常識とのズレを修正するのに苦戦している。
それから外国語だ。隣国とこの国とでは言葉が違う。陸続きでつながっているから行き来も多くて、共通する部分も多い。文法的にはほぼ同じだ。でも単語や発音がかなり違う。それ以前に僕はこの国の上流階級の言葉に慣れていない。
この文系三点セットが壊滅的だった。ただでさえまともな教育を受けていない上に一か月遅れでの編入だからね……。
という悩みを相談するとステラとカリンもまた悩まし気な表情を作った。
「教えてあげたいのはやまやまだけど……」
「ごめんなさい。私もあんまり……。えへ」
二人はチロリと舌を見せながら自分の頭を軽く小突いた。
「こういうことはセレナさんよね」
「──え、私?」
少し離れた席で本を読んでいたセレナは急に指名されて驚きの声を上げた。
セレナもまた同級生の一人だ。
耳は大きめでツンと澄ましたように立っている。髪はストレートロングの黒、耳もしっぽも合わせて闇夜のような漆黒なのに肌は生気を感じさせないほど白く、目だけが青い。スレンダーな上に頭が小さいせいか実際よりも長身に見える。
セレナはあまり他の子とつるまない。別に人付き合いができないというわけじゃないけどプライベートを大切にするタイプみたいで、独りでいることを気にしない。猫と言えば彼女ほど猫らしい子もいないかもしれない。まあ、この世界の住人は多かれ少なかれ皆そういうところはあるけど。
ただ、彼女のそういう性格とは別に、僕は明らかに避けられていた。
そんな事情を知ってか知らずかステラは無邪気に言った。
「セレナさんってすごいのよ。頭が良くて、ほとんどの科目でトップかトップクラスなの」
「そんな……頭がいいことと勉強ができることは違うわ。私はただ教わってきただけよ」
「謙遜しないで。ねえセレナさん、ミレイさんに教えてあげてよ」
「え、私が?」
セレナは露骨に嫌そうな顔をした。僕が何かしたか? ムカつくな、こいつ。
その後もステラとカリンがしつこく食い下がって、結局放課後に勉強を見てもらうことになった。特に外国語だ。歴史なんかはまだ自学できなくもないけど知らない言葉の発音はどうにもならない。そこへ持ってきてセレナは隣国の言葉がネイティブ並にペラペラだ。教師よりもずっと。クソ、何だか劣等感を感じる。
まあ劣等感はともかくとして、家庭教師役として彼女以上に頼れる相手はいない。ここは媚びておこう。僕はヘラヘラお世辞を言った。
「発音、綺麗だね」
「そうね」
セレナはつまらなそうに答えた。でも僕はめげない。
「ただ学んだってだけじゃなくて実際に話していた人の発音だ。隣国にいたことがあるとか?」
「……必要があって覚えたの。私の家は外交に関わる仕事をしているから。家にも隣国の方よくいらして、話していたし」
「へぇー! ご実家の仕事って何? 外交官とか?」
「そんなことより早く覚えて頂戴。私もいつまでもはしないからね」
「私の家って隣の国とお付き合いがあるけど、あまり話せない……」
横で聞いていたステラが恥ずかしそうに頬を掻いた。
「それなら、あなたも一緒にやる?」
「いいの? もちろん、お願いするわ」
「あ、じゃあ私も!」
というわけでカリンも加わって、放課後は大抵四人で集まることになった。
「──ここだと毎日同じ服で張り合いがないわ」
「私は悩まなくて済んでいいけど」
「セレナさんは肌綺麗なんだからさぁ、もうちょっと着飾ろうよ」
「私はカリンさんみたいに女の子らしくないもの」
「そんなことないと思うけどなー。あー、夏越祭のドレスも新調しないと。ここだと学校主催なんだよね?」
「男の人も来るらしいわよ?」
「え、そうなの?」
「毎年ね、あそこで出会って結婚しちゃう子いるんだって!」
「わー、ドキドキする……」
「ドレスって言えばさぁ、妹の手紙にあったんだけど、ミューミューが新作出したんだって!」
「えー!」
「あそこって呼んだことがないわ」
「えー? 本当に?」
「本当に」
「ねえ、それじゃあちらに戻ったらみんなで作りましょうよ。夏越祭で着るのを」
「そうね、たまにはいいかも」
「夏休みの計画は決まりね!」
三人とも実家は首都みたいだ。よくわからない店の名前とかパーティーがどうとか上流話に花が咲いている。僕のことなんて忘れてしまったかのようだ。
「ねえ、この単語何て読むの?」
「あら、あなたいたの?」
セレナはいつもそっけない──僕に対してだけは。ステラたちとは明るく談笑するようになったのに。ムカつく。
その夜。僕は部屋着に着替えてセレナの部屋を訪れた。夜も教えてもらうように約束していた。ちなみに部屋着もババアの家で用意されたものなので、女物だ。
コンコンコン。
「はい」
ノックすると返事に続いてドアが開いた。
いつもきっちりしているセレナはまだ制服だった。ジャケットは脱いでいたけどタイもほどいていない。僕の前で普段着の生活は見せないということなのだろう。
入り口から見えるセレナの部屋はアイテムが少ないわけじゃないけれどきちんと整頓されていて、気持ちがいい。僕の部屋なんて物がなさすぎて寒々しいからな。
僕は軽く手を挙げてあいさつした。
「やあ。よろしく」
「はぁ……」
セレナは溜息をついた。いちいちムカつくな、こいつ。
「自分の復習にもなるから教えてあげるけど、早く追い付いてよね」
なんて言いやがった。本当にムカつく。
いいとも、睡眠時間を減らしてでも勉強して、一気に遅れを取り戻してやる。こっちはなかなか無茶な学習法に慣れているんだ。元受験生舐めるなよ?
教科書だけで参考書なんてものはない。セレナが参考書代わりだ。音声ガイダンス付きで上等だね。わからないところがあったら時々質問して、僕は自分の学習に没頭した。セレナも違う教科書を開いて自習していた。
何だか暑いなあ。集中していて気づかなかったけど、何だか室温が上がっている。何だかセレナは無言だ。自分の勉強してるからな。
暑い。それに何だかいい匂いもする。甘い果実のような。……いや暑いんじゃなくて熱いんだ。外側じゃなくて体の内側から。何だか、ほてる……。
ふと見るとセレナはとっくに自分の勉強を放棄していた。マイセンの磁器のようなひんやり白い頬に急に血が通っていた。目が潤んで、焦点がぼんやり揺らいでいた。
……こいつ、発情期に入ってるじゃないか!
これはつまり、僕も発情してるってことだ。あークソ、油断した。発情期に男を部屋に入れるなよ、誘ってるだろこいつ。
ヤバイ、もらい事故食らった。このまま行ったら来年にはパパさんだよ。でもいくら貧乏人の孤児だからって相手を選ぶ権利くらいはあるはずだ。こんないけ好かない女と家庭を築けるとは思えない。早く逃げないと……。
そう、理性はこの場から離れるように警告しているのに……その声は遠ざかっていくばかりだった。無理だよ。この誘惑からは逃れられない。
桃のような香りが部屋中に満ちていた。
セレナの青白いほどに白い肌が情熱のために紅潮していた。いつもの彼女に似つかわしくない濡れた瞳が揺れて、僕を見つめていた。
「ねえ……」
声まで震えて甘い。
頭がカッと熱くなった。
いつも冷然として僕のことなんか気にも留めないという態度のこの女の、気取った表情の下に隠されたナマの顔を見てやりたい。それはこいつにとって下着の奥より知られたくないところのはずだ。
僕はセレナの肩にそっと触れた。そして軽くさすると腕の抵抗が解けていくのがわかった。
「どうしたの?」
「うん……」
「具合が悪そうだ」
「ええ、少し……。そう、具合が悪いの……」
「良くないね。横になろう」
「そうね……」
僕はぐにゃぐにゃのセレナをベッドに連れていった。セレナは素直に横になった。そして何やら訴えかけるような目で僕を見たので、ベッドの横に膝をついて顔を覗き込んで、囁くように聞いてみた。
「何かできることある? 触って欲しいところは?」
「そうね、む……いえ、ないわ」
「そう。おなか辛いでしょ? 撫でてあげるね」
「え? いいわ」
「いいんだね。じゃあ触れるよ」
「違……」
肋骨と肉の境目辺りにそっと手を乗せた。セレナは言葉とは裏腹に抵抗しなかった。
最初は優しく。スッ、スッと滑らせながら次第に下の方へと向かう。
「ん……」
へその下のところでそれ以上進むのはやめた。ステラで知っている。僕は円を描くように撫でた。優しく撫でるのではなく手のひらの下半分で体重を掛けて。そしてグッ、グッと押した。
「あうっ」
声が跳ねた。
手が止まらない。スカートの下で僕が荒ぶり過ぎて痛い。
「んあっ、ふうっ! んんんっ……!」
ステラ以上に乱れている。足を開きかけて気づいてキュッと閉じて。手はぎゅっとシーツを握りしめているんだけど、ときどき動かしかけてはまたシーツをつかむという動作を繰り返している。僕がいなければ即座にそこをかき回していたことだろう。
「あっ、んっ……だめっ……やっ」
手を外された。両手で、必死の力で。呼吸は全力疾走した後みたいで、切なそうな目が理性が限界であることを訴えていた。
ゾクゾクした。
「おなかはダメ? じゃあ他のところを触るね」
「待って、休ませて……」
「ダメ」
僕は勝手に足に触れた。
「あっ」
スカートから覗く白いふくらはぎを手のひらで優しく撫でるとセレナはビクンと身を竦ませた。下に降りて、くるぶし。それから逆に上がって膝小僧を撫で回す。そして、さらに上へと……。
「んっ!」
スカートの下に手を差し込んで太ももに触れると声が変わった。僕は内ももを執拗に撫で回した。
「ん……あっ、はぁっ!」
場所を少しずつ変えながら反応を探る。特に足の付け根と膝との真ん中あたりの少し窪んだところに触れると顕著だった。そこをくすぐるように、羽根の先でなぞるように指先を往復させるとセレナは全身で身悶えた。
もっと撫でて欲しいのだろう。僕が撫でやすいように、次第に膝が上がって太ももが開いていく。
「んんん……んぅぅぅぅ……っ!」
目と口の端から透明な液体が垂れた。セレナはもうすっかり足を開いていてスカートがまくれ上がって、パンツがチラチラ見え隠れしていた。
頭にグワッと血が上った。このままスカートをずり上げて、太ももではなくその付け根のところをさすってやろう。最初は布の上から、それから直に。パンツを脱がすのなんて簡単だ、紐をほどくだけだから。それで僕もパンツを脱いでいきり立った僕自身を彼女の中に
──って駄目だろこれ以上は!
僕は左手で自分の頬を叩いた。そして吸い付くような太ももに貼りついてしまった右手の先をその左手で引っこ抜いた。セレナは驚きの表情だった。
「えっ」
「今日はこのくらいにしておこうね」
「ま、待って、もう少し……」
「おやすみ」
額に軽くキスして僕は優雅に、実際には走るように部屋を出た。ドアが閉まる直前に隙間から見えたセレナの顔は泣きそうだった。
あ、危ない……。一線を越えるところだった……。彼女の家が実際何をしているのか知らないけど、誰かみたいに追い出されて二人で路頭に迷うところだった。
僕は前と同じようにトイレで処理した。びっくりするほど大量に出た。気持ち良すぎた。




