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素晴らしき晩餐会〜ナイフは切るのではなく投げるもの〜


 華という女給に案内され、雪絵は個室に通されていた。

 太陽は既に沈みかけていて、夜の帳が空を覆い始めていた。

 流石皇帝陛下が住まう城なだけあって、空き部屋は腐るほどある。廊下を歩くだけでも無駄に凝った装飾と部屋数の多さに辟易した。改めて、ここは花霞ではないのだと突きつけられているようだった。

 心だけが上滑りして落ち着かない。ここにきてからずっと、巣穴から追い出された雛鳥の気分だ。

 不安で不安でしかたなくて、おかしくなってシルヴィアに八つ当たりして。子どもみたいにわめいて、ついでに体中丸洗いされて。

(惨めだ……あまりに惨めすぎる)

 膝を抱えてうずくまる。風呂を出てから女給に着せられた黒いワンピースは、さらさらと触り心地がいい。柔軟剤のいい香りが、逆に雪絵の自尊心をズタズタにしてくる。場違いな自分が、場違い服を着てここにいる事実に耐えられなかった。

 術者とは、己の符力を完璧にコントロールできて初めて一人前と言われる。巫として長く生きてきた雪絵が符力を暴走させるなど、あってはならないことだ。あまつさえアルカイダの皇太子に傷をつけ、後始末をされるなど……断じて、断じて許されることでなはい。

(私、何でここにいるんだろう)

 今すぐ花霞に戻って切腹したい気分だった。 

 「……主、荒れているな」

 「……何がです」

 置物のように壁際に控えていた女給――確か華といったか――がこげ茶色の目でじっと見つめてきた。レミリアといい、この国の女性には目力が強い人が多いのだろうか。

 華は姿勢を崩すことなく雪絵のそばに近づき、同じように隣に座り込む。ふわり、と柑橘系の香りが薫った。

「主の孤独、我にも覚えがあるぞ。長きに渡り住み慣れた巣を離れ、新たな地に羽を休めねばならぬ時――人は孤独を感じるものよ。郷愁とも呼ぶがな」

「……そう」

 気のない返事をしても、華が表情を顰めることはなかった。

 きっと慰めてくれているのだろう。言葉はかたいが、纏う雰囲気は柔らかく、雪絵に寄り添う姿勢をみせている。でなければ、床に座り込んだ雪絵の隣に来てくれるはずもない。

 アルカイダの人たちは、雪絵に優しい。

 友好的、とまではいかないにせよ、レミリアも雪絵への警戒心を表に出すことはなかった。あくまでも表では尊敬と歓迎の意を示していた。花霞とは雲泥の差だ。

「主が恥じることも、自らを卑下することもない。むしろ、誇りをもつべきだろう。あのレミリア様に勝利したのだ。並大抵の雑兵にはできぬことだと、我が思うがな」

 言葉に込められた思慮と優しさ。それが酷く眩しいものに見えてしまって、さらに雪絵は体を縮こまらせる。

「……優しいのね、華さん」

「む。我は使用人にすぎぬ。故に敬称はいらん」

「……華、でいい?」

 恐る恐る尋ねると、華は満足そうに笑った。

「よい。我は真のアルカイダ国民にあらず。出自は主と同じく花霞ぞ」

「!」

 確かに黒に近い髪色や顔立ちは花霞の民と似ているな――とは思っていたが。まさかアルカイダ国内で同胞に会えるとは思ってなかった。

「……そう。全然気づかなかった」

「無理もない。今の主には清く流れる時間がないのだ……少しずつ、慣れていけばいいのさ」

 そう言って華は立ち上がった。差し出された手を取ると、力強く引っ張り上げられた。見た目の割に体幹がしっかりしている。

「これから夕食会だ。シルヴィア様はもちろん、皇帝陛下も同席すると聞いている。おそらく主にもお呼びがかかることだろう……だが忘れるな、アルカイダは、必ず主を歓迎する」


 ※


 華に案内された部屋は、大きな講堂のようだった。

 中央に設置された円卓には、シルヴィアをはじめとした皇族が座っている。雪絵はシルヴィアの隣に通された。左側にはレミリアが目を閉じて瞑想している。

 雪絵には見知らぬ顔もあった。

 レミリアの隣に座る、金髪の美女。艶やかなウェーブがかけられた髪をハーフアップに束ね、柔らかな笑みを浮かべている。雪絵と目が合うと、にこやかに手を振り返された。対応が手慣れている。

 机には既にカトラリーが並べられ、食事の準備は万端のようだった。講堂の中には何人もの使用人が控え、そのどれもが落ち着かない様子で動き回る。雪絵の目にも明らかなほど、全員緊張した面持ちだ。

(無理もないか……皇帝が顔を見せるって話だし)

 アルカイダ帝国現皇帝、ニルヴァーナ3世。

 花霞にいた折、盗聴術式で声だけは聞いたことがある。重厚なバリトンボイスの、声だけで威圧感が伝わる人物だった。花霞の皇王との交渉でも手慣れた様子で要求を押し通していたし、さぞかし有能な人物なのだろう。

 などと考えていると、扉がノックされる。

「陛下がお越しになりました」

 金の装飾が施された扉が、滑らかに開かれた。

「待たせてすまない」

 使用人を引き連れて現れたのは、初老の男性。

(あれが……ニルヴァーナ3世)

 白と灰が混じった髪に、白を基調にしたゆったりとした服を下地に、細かな紋様が刻まれた朱色のストールを羽織っていた。どっしりと構える姿からは、今も鍛えているのだろう体のつくりが窺える。

 皇帝陛下はゆったりとした歩みとともに、片手で使用人たちを下がらせた。

 室内に雪絵と、アルカイダ帝国の皇族だけが取り残される。空気がいつになくピリッと緊張感を帯びる。

 バタン。最後の使用人が出て行き、扉が閉められた。

 沈黙が満ちる。

「……」

 空気が重い。いつもよりも湿度がねっとりと肌にまとわりつくようだ。視線だけで周囲を見渡すも、にこにこ笑っているのは金髪の美女だけ。レミリアとシルヴィアは目線すら合わせない。

 やはり、親子関係はよくないのだろうか。ここは雪絵が取り持つべきか、しかし余所者の自分がしゃしゃり出ては印象が悪いに決まっている。どうしたものか、雪絵が思考をフル回転させていると。

「雪絵殿」

 威圧感の中心にいる皇帝陛下が話しかけてきた。しかも名指しで。

(何だろう……やはり、罪人の身分でここにいるのは不相応か)

 この場でとるべき最適解はなんだろうか。しばし考えてみても、まったく答えが思いつかなかった。花霞の巫として過ごしていた時期は、交渉ごとのほとんどをシルヴィアに投げていた。雪絵にはできることと言えば、殴るか蹴るか、術式で破砕するかの3択。全て論外。

 どうするべきか……とりあえず相手の出方を見るしかあるまい。雪絵は腹を括り、気持ち背筋を伸ばしてをのばす。

「花霞って……寒いねぇ」

 へにゃ、皇帝陛下の表情が溶けた。

「いやぁ、シルヴィアに呼ばれたからさ、嫌々行ったけどね?わし、やっぱ寒いの嫌い。霜焼けできるし」

 シルヴィアの正面に座り、とぽとぽ紅茶を注ぐ。カップを一気にあおって、「染み渡るぅ」と野太い声を発した。

「シルヴィアさ、嫁さん欲しかったなら素直に言ってよね。事前に言ってくれればマフラー用意できたのにさ。ねぇレミーたん、お前もなんか言ってやって」

「ウチに振るなくたばれジジイ」

「うへぇ……ひどいやレミーたん」

 紅茶で暖を取った皇帝陛下は、流れるような動作で机に突っ伏した。

「やっぱさ、何事も報連相って大事じゃん?その点シルヴィア、お前落第生だよ。わしになーんも言わずに花霞行っちゃうんだもん。そりゃね?わしだって若気の至りはやってなんぼだと思うけどね?限度があると思うんよ。ねぇ、ステラちゃん?」

「おくたばりくださいませ、お父様」

「やだぁ。ステラちゃんってばつめたーい」

 あ、そういえば今日ねー……勢いそのままに雑談を始める。隣に座るレミリアがわなわなと震えだし、次の瞬間には姿がかき消えた。

 ドゴォン!!!

「少しは威厳ってやつを身につけんかクソジジイ!」

 皇帝陛下の頭を鷲掴み、壁へと叩きつける。

 シルヴィアは我関せずと目を逸らし、ステラはお盆で飛び散る破片を防いでいた。

「毎度毎度、アホみたいにアホ面晒しやがって!舐めとんのかテメェ!?」

「ナメテナイデス……」

 何となく……シルヴィアの件といい、こうなるのではないかと察していた。

 初対面のうちに、レミリアはシルヴィアをしばき倒し、あまつさえ地面に埋めている。皇太子の扱いがこれなら、皇帝陛下の扱いはさぞかし――といったところか。まったくもって笑える話、ではないが。

「まぁまぁレミー。その辺にとしきなさんな。ほら、雪絵さんも見ていることだし、ね?」

 金髪の美女――ステラがレミリアを窘める。気のせいだろうか、ね?の圧がすごい。

 レミリアの溜飲が下がり、皇帝陛下は解放された。頭から流血している。

「ごめんなさいね雪絵さん。この通り、我が家ちょっとだけ変わってて」

 ステラはお淑やかに、困ったような笑みを浮かべた。

「お父様もあんなんだし、レミーちゃんは怒りっぽいから……あ、シルキーは論外ね」

 あっさり戦力外通告を受けるシルヴィア。もう何も言うまいと、雪絵は口を噤んだ。

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。――私はアルカイダ帝国が第2皇女、ステラ・ヴィク・アルカイダよ。レミーの妹で、シルキーのお姉ちゃん。ステラちゃんって呼んでね!私も雪絵ちゃんって呼ぶから!」

 ふふふ。裏の読めない完璧な笑顔とともに、両手をぎゅっと握られた。暖かな体温と、少しだけ冷たい金属の感触がした。ふと指元に視線をやると、左手の薬指に真っ赤な指輪が嵌められている。血気盛んな第1皇女と違い、既にお相手がいるようで。

「それで、お父様。雪絵ちゃんのことで話があるんでしょう?」

「あ、うん。……その前に、レミーたん何とかしてくんない?」

 ステラがなんとかレミリアを落ち着かせると、ようやく皇帝陛下は解放された。

 ふー、ため息をついてポリポリ頭をかく。あれだけ流血しておいてなおも平然としているのは、皇帝陛下の威厳ゆえだろうか。

「あー痛かった。――ま、とりあえず。ちゃちゃっと本題話しちゃうね」

 コホンとわざとらしく咳払いをして、威厳たっぷりに皇帝陛下はおっしゃった。

「花霞の皇王ね、やっぱり雪絵さん返してほしいって」

 ズガンッ!!!

 銀色の光が一閃、皇帝陛下の真横を横切る。獣のごとくフーフー息を鳴らしたシルヴィアが、ナイフをぶん投げたようだ。

 陛下の後ろの壁にナイフが突き刺さり、破片が床に落ちた。さすがのレミリアも度肝を抜かれたらしい、目を丸くして驚いている。

「絶っっっっっ対に認めませんからね!!!!」

 あ、やっぱり?

 陛下だけは予期していたようにのほほんとしていた。

 

 

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