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戦巫女と英雄、死闘に興ずる



 アルカイダ帝国の文化風土は、花霞のそれと大きく異なっているようだ。

 花霞において、戦は忌むべきものであり、それに参加する巫も同列とされた。とりわけ前線で暴れ回り、鬼の返り血を浴びる雪絵は、「どちらが鬼かわかったものではない」と恐れられたものだ。

 人民に害をなす鬼を討伐しようと、上っ面だけの感謝を淡々と述べられるのみ。その目の奥には隠しきれない畏怖と侮蔑が滲む。自ら血を被る道を選んだ強者どもの気など知れたものではないと、幾度も罵倒の言葉を投げられた。

 もっとも、それは雪絵だけの話かもしれないが。

 しかし、ここアルカイダでは違うようだ。

 実の娘であるレミリア・ヴィク・アルカイダ。彼女は皇帝の息女という身分でありながら、皇帝直属鬼狩り部隊の隊長を務めているらしい。男に勝るとも劣らぬ腕前は時に部下を鼓舞し、奮い立たせるという。女という立場でもさることながら、国の中枢に関わる要人が鬼狩りを務めるなど、花霞ではあってはならんことだ。

 アルカイダ国内においては、彼女は「英雄」と呼ばれているそうだ。数多の鬼を切り伏せ、吹き飛ばし、多くの民とその生活を守ってきた。アルカイダ国民にとって、自分たちを救ってくれた英雄、というわけだ。

 花霞とは正反対の価値観の国である。

 

「話は(はな)から聞いているでしょう?」

 レミリアは壁際に控えたままの女給指さした。

「アルカイダでは力こそ全て。権力も身分も人種も、ここでは何の意味をなさないわ。己の価値を示したいのなら、その腕力をもって示せばいいの。簡単でしょ?」

 レミリアの手には、既に白杖が握られていた。

「姉さんちょっとまっ」

「てめェは黙ってろ」

 ヒールで皇太子殿下の頭を踏み抜くお姉様。この国では跡継ぎの扱いがぞんざい過ぎるのではないか、と度々思う。

「あなたのことは弟から聞いています。――花霞の鬼神、と名高いその腕、ぜひウチに振るっていただけませんこと?」

 紺碧の瞳が好戦的な光を帯びる。さながらその目は、獲物を見据えた狩人の目だ。雪絵にも覚えがある。

 雪絵はしばし勘案する。ここで皇女様の申し出を断れば――花霞の名に傷がつくか。少なくとも、この国では戦う意思のない腰抜けと揶揄されるかもしれない。雪絵は気にしないが、花霞の名に泥を塗ることだけはあってはならない。

「……1戦、だけなら」

 短く答えれば、レミリアはさらに笑みを深めた。

「そうこなくっちゃね!」

 シルヴィアの頭を片手で鷲掴み、くるりと踵を返す。

「地下にウチが作った修練室があるの。案内するからついてきて」

 「華、あなたもよ」と言い残し、レミリアは皇太子殿下を引きずりながら先をゆく。

 見失っては困るので、雪絵も大人しく後に続いた。

 これまた豪華な昇降盤に乗り込み、地下へと進んでいく。花霞にも昇降盤はあるが、雪絵はあまり使ったことがない故、新鮮な心地がした。

 チーン、と到着を告げる合図とともに扉が開いた。

 地上階とはことなり、地下は酷く無機質だった。一面に広がるリノリウムの床に機能性のみを追求した装飾のない構造。灰色の扉は自動開閉式のようだ。レミリアが手をかざすと僅かな駆動音とともに開き、静かに閉じる。

「飾りっ気がなくてごめんなさいね。地下(ここ)は鬼狩り部隊の人間しか使わないから、使い勝手重視で何もなくなっちゃったの」

「……いえ。花霞の隊舎も似たようなものでした」

「あら!鬼狩りってどいつもこいつも似たような脳みそしてるのね!」

 ねっ、シルヴィア!弟の髪を鷲掴みにし、同意を求める。「ソウダネネエサン」シルヴィアが今にも死にそうな声で答えた。あのシルヴィアが女性の尻に敷かれている姿はひどく滑稽だ。これが生まれつき定められた姉弟の力関係、というやつなのだろうか。長姉恐るべし。

 しばらく無機質な廊下を歩いていると、一際大きな扉にたどり着いた。

「ここが修練室よ」

 レミリアが扉に手をかざすと、扉の中心に赤色の陣が現れた。小さく呪文を唱えると大きく明滅し、溶けるように消えていく。花霞にも同じようなものがあった。開錠者を限定した施錠術式だ。

 扉が開く。

 中は至ってシンプルな四角い部屋だった。白で統一された室内には、家具はおろか壁の一つも存在しない。まさに戦うために作られた部屋だ。

 (遮蔽物がない。……一対一を想定した作りか。それにしても広いな)

 横幅も高さも、雪絵何人分か想像もつかない広さだった。花霞にも修練場はあったが、ここまで巨大なものはない。肉弾戦だけでなく、術式による大量破壊も視野に入れて設計されているのだろうか。だとしたら思考が野蛮すぎる。

「この部屋全体が防護結界の応用でできてるの。だから多少乱暴しても傷ひとつつかないし、もし遮蔽物が欲しいなら操作パネルで指定すれば作れる。けっこう便利でしょ?」

「……すごい」

 雪絵は素直に感嘆した。

 鬼狩りの戦闘演習にこれだけの設備投資をできる国はそうそうない。資金面もさることながら、鬼狩りを疎まず、ここまで演習の場を提供できようとは、皇帝陛下はなかなか懐の深いお方らしい。いや、尊敬すべきは、この国の国民性か。いずれにせよ、花霞には真似できない芸当だ。

 誇らしげに笑っていたレミリアが、スッと表情を変える。

「ルールは一本勝負。どちらかに一撃当てた方が勝ち。それでいい?」

「ええ」

「杖はどうする?」

 杖。

 一般の術者が術式を使うには、必ず杖による補助が必要だ。

 レミリアが持つ白杖然り、シルヴィアが使う黒杖然り。杖なしには術式は使えない。……というより、実践では不可能に近い。

 理由はひとつ。術式というのは非常に高度かつ複雑な構造をしているからだ。

 例えば、レミリアが使っていた転送術式。対象を指定した座標移動させる単純な効力を発生させるが、その構造は単純ではない。

 まずは対象の情報を指定、それから転送位置の座標指定。それから転送位置までの空間を連結させる術式を並行して組み立てなければならない。これらの土台を形成したうえで、対象の運動能力を完全に停止させ、無傷で転送する(この工程を省略する手足がちぎれ飛ぶ可能性があるため)。ものによっては数学の知識が入り用なので、そう簡単に仕える術式ではないのだ。

 通常の術者が杖なしで術式を発動する場合、術の程度にもよるが、おおよそ1~2分程度の時間を要する。実際の戦場においては致命的な隙を生んでしまう。

 これらの工程を省略するため、術者の多くは杖を使用する。

 あらかじめ杖に術式の情報を書き込んでおき、使用するタイミングで符力を流し込む。すると、簡単な対象、座標指定と符力を込める作業のみで術式が発動する。一から術式を組み立てるよりも、容易かつ効率的な方法だ。

 杖による術式をの短縮発動が開発されてから、大半の術者はこの方法を採ってきた。現代の術者のスタンダードといってもいい。

「いいえ。必要ない」

 ただし、それは雪絵を除いての話。


 ※


「あら、いいの?」

 華に重ねて結界を張るように指示をだしつつ、レミリアは聞き返した。

「お気遣いなく」

 花霞の鬼神は、何でもないことのようにさらりと言ってのけた。並の術者なら、いや、高位の術者でも、おいおいそれはないだろうと待ったをかけるはず。当たり前だ。杖のない術者など非力な人間と同じ。レミリアとて杖がなければ、拳で殴り殺すしか選択肢が思いつかない。

 雪絵は裾をひらりと翻してレミリアと距離をとる。歩く姿は淡雪というよりも亡霊のようだ。ペタペタと素足でリノリウムの床を歩く。あまり他人のことをどうこう言うつもりはないが、鬼と呼ばれる所以がよく分かった気がした。彼女の纏う静かな雰囲気は、戦場での死の空気を想起させる。

 シルヴィアからある程度話は聞いていた。しかしまぁ、まさか本当に使わないとは。内心舌を巻いていると、隣から弟が口を出してくる。

「いいんだよ姉さん。あれが隊長の普通だから」

「別に心配はしてないわ。あの花霞の鬼神が、ただの巫なわけないもの」

「そう?じゃあなんでそんなに険しい顔をしてるの」

「……」

 舌打ちを飲み込む。この弟は、本当に他人の機微に聡い。

「……杖を使わないなんて、不気味じゃない。何してくるか分かったもんじゃないわ」

 レミリアは、自他共に認める屈指の戦闘好きだ。

アルカイダ国内において鬼の討伐数はトップレベルを誇る。それだけでなく、日々の鍛錬も怠ったことはない。日に一度は誰かと手合わせをするし、自分が率いる隊の人間に稽古をつけることもしばしばだ。しかしその中の誰も、杖を握らず戦った者はいない。

「でもまあ、そこが楽しみではあるかしら」

「……うわぁ……」

 自分でも口角が上がるのが分かる。不気味さを感じる、それ即ち未知を恐れているということ。

 未知は恐ろしい。しかし同時に心躍るものだ。なぜなら、この勝負に負けても勝っても、レミリアには得るものがある。

 雪絵に勝負を吹っ掛ける手前、アルカイダ帝国にはうんぬんかんぬんと言ったが。実際のところ、レミリアが雪絵と戦ってみたかっただけだ。

 ――花霞の鬼神の力、この身でとくと浴びてみたい。


 レミリアは雪絵の対面についた。視線の先には静謐に佇む雪絵がいる。その紅の双眸は、レミリアを見ているようで、さらに遠くを見つめているようでもある。

「お嬢様、結界の用意が完了しました」

「ありがとう。あなたは下がってなさい」

 華とシルヴィアが壁際に控えたのを確認し、レミリアは正面に向き直る。

「立会人はシルヴィアに任せるわ。初めの合図が鳴ったら、後は何をしてもオーケー。特別使っちゃいけない術式は設けない。華に防護結界を二重にかけてもらってるから、安心して暴れてちょうだい」

「了解」

 術式に縛りを設けないとは、レミリアも危険な広範囲爆撃術式を発動できる。殺傷能力の高い術式も使い放題。レミリアの部下なら顔を真っ青にして逃げ出すルールだ。

 おそらく、雪絵はそれを理解しているはずだ。相手に一撃を与えたら勝ち、とはいえ、一撃の程度の重さまで縛っているわけではない。極端に言えば、相手の首を跳ね飛ばす攻撃でも有効となるのだ。その場合、怪我どころか死ぬことになるのは明白。

 だが雪絵は揺らがない。びっくりするほど揺らがない。喜怒哀楽の感情がごっそり抜け落ちてしまったみたいに、ただそこに居るだけ。

 (……まるで亡霊だわ)

 立ち姿には十二分に隙がある。お前に杖を持っていないとだから、普通なら勝敗は目に見えているのだ。

「両者、構えて」

 レミリアは切っ先を雪絵に向け、白杖を構える。雪絵はぼーっと床を見たまま動かない。

 ドクン。

 レミリアの心臓が鳴る。ここまで鼓動が昂るのは久しぶりだ。

「初め」

 そして呆気なく、戦いの火蓋が切られた。

 雪絵に動きはない。

 (杖がないなら術式は使えないはず。近距離での肉弾戦狙い?だったら距離をとって…)

 レミリアは後ろに跳躍し、杖に符力を込めた。

 雪絵がいるであろう空間数メートルにわたり、爆撃術式を発動。正面に陣が展開し、紅蓮の火花が一直線に襲いかかった。

 ドゴォン!

 衝撃と爆発音。黒煙が立ち上り、レミリアの視界を一瞬だけ塞ぐ。術式はレミリアの思惑通り発動し、直撃した。雪絵の気配は感じない。

 やったか、と思ったのも束の間。黒煙の中から真上に飛び出す影を視認。無意識のうちにレミリアはニヤリと笑う。

「流石に、一発じゃ味気ないしね」

「……そう」

 雪絵は黒煙の上からレミリアを見下ろしていた。さも当たり前のように空中に身を置き、じっとこちらの動きを観察している。

(杖なしの飛行術式か。ったく、どういう仕組みで動いてやがる!普通使えねーだろーが!)

 レミリアが杖なしで飛行術式を使えば、発動までに最短でも30秒はかかる。

 しかし雪絵はどうだ。初めの合図からレミリアが爆撃術式を発動させるまでに、コンマ一秒の猶予もなかった。その間、雪絵は一から術式を編み上げ、発動したことになる。

「ハッ、バケモンだな!」

 盛大に舌打ちを漏らし、再び杖を構え、陣を展開。赤色に発光したそれから弾丸のごとく矢が飛び出す。

 さっきと同じ爆撃術式、に見せかけた追尾型の攻撃。今度は真上に避けたとしても、燃え盛る矢から逃れることはできない。防護障壁で防ぐか、同程度の攻撃で相殺する必要がある。

 雪絵は自ら目掛けて飛来する紅蓮の矢を見ても、身じろぎひとつしない。ここまで来ると、いっその事腹が立ってくる。

(さぁ、どうでる――花霞の鬼神!)

 舌なめずりしながら、レミリアは行く末を見守る。

 ガキィン!!!

 矢は全弾雪絵に命中――した。さっきとは比べ物にならない爆風が荒れた。熱波がレミリアの頬を掠める。

 雪絵が防護障壁を展開する時間はなかった。今の攻撃は確実に当たったはず。

 なのになんだ。――さっきの衝撃音は。人体に命中した音ではない、金属のような、硬いものに阻まれた音だ。

 黒煙が徐々に晴れていく。

 長い黒髪が、爆風に靡いていた。

 紅の双眸は雪の如く静かに、己の指先を見つめている。女性らしく細い指の先には、小さな炎が灯っている。

 ゆらゆら、と炎が揺れた。橙色が瞳に映りこむ光が、レミリアでも惚れそうなくらい美しかった。

「酸素の圧縮、着火、威力の底上げに追尾術式の付与。さっきも思ったけど、とても繊細な攻撃ね」

 ごおおおお――炎が渦を巻き、一瞬にして消え去った。

「……まじか」

 雪絵のを囲むよう、球状に防護障壁が展開されていた。

 スっ、と朱の双眸が細められる。それだけで、心臓を握られたような心地がした。背中から汗が吹き出す。喉元にナイフを突き立てられた威圧感――なんてもんじゃない。

 もっとこう、全身を包むような。先の見えない暗がりに、突き落とされるような。

 雪絵がそっと目を伏せる。すると、彼女の白い首に漆黒の首輪が現れた。周囲には円形に鋭利な刃のようなものが展開し、ゆっくりと回転し始める。

(なんだ、あれ)

 杖、とはまた形状が違う。何らかの術式を込めた媒体、だろうか。だとしたらなぜ今まで消えていた?発動条件は何だ?

 分からない。考察しようにも、目の前の情報が未知すぎる故、根拠が足らない。

 レミリアは杖を構えることも出来ずフリーズした。雪絵は下々の民を見下ろす王のように、睥睨する。

 パキン。

 小さな破砕音共に、周囲に展開していた刃物を両手に握り込み、砕く。

 音もなく、白銀の陣が展開した。

 (あ、死んだわ)

 気づいた時には、既に遅かった。

 レミリアが反射で杖を構え――ようとしたのと、白銀の矢が放たれるのは、同時だった。


 キン。


「……一本。両者、杖を収めてください」

 漆黒の首輪が、夢幻のように消えていく。

 何故か、頬に僅かな痛みがあった。指でなぞると、赤い液体が付いている。

 レミリアの頬に、一筋の血が流れていた。

 

 


 

 

 

 

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