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皇太子は2度埋まる



 アルカイダ帝国は、花霞皇国の東方に位置する隣国である。

 隣国、とは言えども距離が近しいわけではない。確かに国境を境に領土は続いているものの、互いの首都からの移動距離は馬鹿にならないのである。とりわけアルカイダの支配する領土は広大であり、帝国の端から端までは馬車で数年かかると言われて久しい。

 つまり花霞の都――霞京からアルカイダ帝国に至るまでは、馬車をもってしても相当の時間を要する、はずであり。

 現在簀巻き状態で運び込まれている雪絵にとっては、それなりに苦痛な時間が続くということであり。

「隊長~ちゃんと生きてますか?あと少しで着くんで、もうちょっと我慢してくださいね~」

 やけに間延びした声に、雪絵はここ数年で一番の苛立ちを覚えていた。

 お前の言うちょっとはあと何ヶ月だ内心毒づく。その間に、馬車はのんびりと田舎道を進んでいく。窓から見える景色はゆっくりと移り変わり、残された道のりを考えるとめまいを覚えた。このまま外の景色を見ていると気が滅入りそうだったので、うつ伏せになって視界をふさぐ。カタン、カタン、僅かに感じる振動に身をゆだねていると、幾分か気分が楽になった。だが精神的に楽になったとて、現実が変わるわけではない。

 しかしまぁ、とんだ皇太子がこの世にいたもんだ、と雪絵は内心独り言ちる。

 雪絵にとって皇太子とは、親の権力に齧り付き好き勝手やらかす阿呆、であった。好き勝手、の部分はシルヴィアと共通するかもしれないが、少なくとも奴は阿呆ではない。たった数年であるが、副官として雪絵を支えた彼の働きぶりは、まさに有能そのものであった。それに加えて皇太子という地位を隠しきっていたとは、正直言って今でも信じがたい。

 親の権限外である花霞に自ら身を置き、鬼狩りという危険な任務に従事する皇太子。字面だけ見れば浮世物語に登場しそうだ。

 などと、しょうもない思考にふけっている間にも馬車は進む。気になって窓の外を見やれば、それはそれは美しい青空が見えた。霞京を覆っていた雪雲を越えたらしく、さっきまでの吹雪がうそのようだ。街路樹の葵と快晴の青空のコントラストが美しい。願わくば、こんな美しい光景だけを見ていたい。

 快晴の中に、キラリ、光るものがある。流れ星のごとく圧倒的な光を放つそれは、太陽にも負けないくらい輝いていた。

(……あれ?)

 現時刻はおそらく昼頃。天気は快晴。そんな中、流れ星などあるはずがなく。

 瞬きを繰り返すうちに、ぐんぐんと光が近づく。さらに近づく。さも2つ目の太陽が眼前に降り立ったと錯覚するくらい、光が大きくなったとき。

 ドォン!!!

 一直線、馬車に向かって星が落ちてきた。

「ぎゃ!」

 衝撃により、馬車が粉々に砕け散る。シルヴィアと雪絵はあられもない方向へ投げ出された。シルヴィアは街道沿いの地面に頭から埋まり、簀巻き状態の雪絵は柔らかな草の上にぽんと投げ出させる。

 パラパラ。破砕した馬車の破片が頭上に降ってくる。

 元馬車があった場所には、ビビり散らかして動けなくなった馬2頭と、巨大なクレーターだけが残っていた。

 土煙の中から、ゆらりと影が揺れる。

 影が真っ直ぐにシルヴィアの所へ向かう。

「おいてめェシルごらぁ!ウチらの許可も取らずに何やってんじゃワレェ!!!」

 罵声と共に地面から生えたシルヴィアの足をむんずと掴み。

「オラァ!!!!」

 そのまま天高く空へと放り投げた。

「ぎゃああああ――」

 悲鳴とともに放物線を描き飛んでいく元部下兼皇太子殿下。シュール過ぎて言葉が出てこないので、簀巻きのままかくも可笑しな光景を眺めていた。

 投げられた当人は、目算数百メートル先へ頭から落下。本日2回目の埋没に涙を禁じ得ない。

 「ふん。ウチの許可なく勝手なことするからよ」

 土埃がはれ、影の姿が露わになった。

 肩でバッサリと切りそろえた銀髪。銀に縁どられた瞳はどこぞの皇太子と同じ紺碧で、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。おそらくアルカイダの軍服であろう衣服に身を包み、勝気そうな切れ長の目が雪絵を見つめていた。特別筋骨隆々な強者、というわけではないが、纏う雰囲気に妙な威圧感がある。

 華やかな顔立ちに、鋭いまなざしがよく映える。有り体に言って美しい女だった。

 女がきょろきょろと辺りを見回して、雪絵を視界にとらえる。

 コツコツと踵を鳴らし、迷いなく雪絵近づいくる。

「……あなた、もしかして」

 シルヴィアとは違う紺碧が雪絵を見下ろした。

 「……」

 何を言うべきかわからず、雪絵は黙り込んだ。簀巻き状態の自分にできることはない、と現実逃避を決め込んだのである。あまりプライドが高い方ではないが、初対面の人に対しこの状態で堂々と自己紹介ができるほど肝は据わっていない。

 何も言わぬ雪絵の顔を、女はじっと覗き込む。

「花霞の鬼神!?!」

「……霜月雪絵」

 女はパァ!と喜色を浮かべた。

「あらやだ本物じゃない!ウチ、実はあなたのファンでね、ずっと手合わせしたいと思ってましたのよ!」

 簀巻きをいとも軽々と持ち上げ、勢い良く上下に振る。抵抗することもできず、雪絵は大人しく振られ続ける。アルカイダには握手ではなく、初対面の相手を激しく攪拌する文化があるらしく。

「思ってたよりちっちゃいのね!小動物みたいできゃんわいい~!!」

 今度は思い切り頬ずりをされる。摩擦熱で頬が焼ける一歩手前になると、ようやく満足げに解放してくれた。キツめな見た目に反し、随分情熱的な人間らしい。

 女が腰から一振りの白杖を取り出した。それを一振りすると、雪絵を拘束していた縄がはじけ飛ぶ。

 (この人、(かんなぎ)か)

 今縄を破壊したのは、簡易な爆裂術式によるものだ。

 広範囲を無作為に爆発させるのは、実を言うと修練生にも容易い。しかし彼女は、緻密な符力操作で対象範囲を縄に絞り、尚且つ雪絵に害が及ばぬよう威力を調整した。

 並大抵の術者ができる芸当ではない。おそらくは、アルカイダの中でも上位の実力者だろう、と当たりをつける。

「弟が乱暴しちゃったようで、ごめんなさいね。あとできつく言い聞かせておくから、どうか多めに見てくれると嬉しいわ」

「……別に、それほど」

「まあまあ、シルに聞いた通り優しいのね」

 ふふふ、と笑みを零し、再び杖を一振り。どこぞで埋没していたシルヴィアが戻ってくる。

 対象範囲をシルヴィアに絞った転送術式。

「いててて……酷いやレミリア姉さん」

 土に塗れた体を払いながら、皇太子殿下は不満気に口を尖らせた。姉さん、ということは、2人は(仲のいい)姉弟のようだ。よくよく見れば、顔立ちとカラーリングがそっくりである。

「てめェは後で説教だゴラァ」

 弟の頭を杖で殴り、小さくため息をつく。本気で怒っているというより、お転婆な弟に呆れているようだった。

「とりあえず、カルディスに戻るわよ。雪絵さんもお疲れでしょうし」

 ね、と和かな笑みを向けられる。日頃から手馴れた上流階級の笑みだった。

 女――もといシルヴィアの姉は、これまた軽々と雪絵を横抱きにした。肝心な弟を杖の先に引っ掛け、今度は地面に先をつける。

 杖を中心に円形の術式が広がる。鮮やかな瑠璃色の陣には、複雑な文字と記号に加えて独自の数式も加えてあるようだった。視界に映る範囲で、雪絵はそれを読み取る。

 (座標指定に空間結合、重力無効化に分解と再構築……?この人、意外と繊細なんだな)

 わぁわぁ喚く弟をガン無視して、姉はトントン、と白杖を鳴らした。

「――転送開始!」

 視界が白く塗りつぶされ、体が宙に投げ出されたような浮遊感が襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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