女の戦
「なっっっっに考えてやがるクソジジイボゲェ!!」
ばちこーんと軽快な効果音を伴い、皇帝陛下が3回転と半分回って壁に激突した。
「へべしッ」
おおよそ人間が出せるとは思えぬ悲鳴(?)を最後に、皇帝陛下は床に沈んだ。
何時ぞや既視感のある光景を目の当たりにしつつ、雪絵は天井を仰ぎみた。さすが皇帝陛下の執務室、天井まで装飾の抜かりがない。
「まぁまぁレミー、一旦落ち着きなさんな。綺麗な顔が台無しだわ」
「ぐえっ」
床に伸びてる皇帝に更なる一撃を加えた後、ステラはレミリアをどうどうと宥めた。これまた何時ぞやで見た気がする。
ふしゅー、ふしゅーと鼻息を鳴らすレミリアはさながら獣そのもので、見る者がみれば裸足で逃げ出すほどの威圧感を醸し出していた。隣に立つシルヴィアはガタガタ震えている。明日は我が身というやつだろうか。
ステラのおかげで多少落ち着いたらしいレミリアは、そのままどかっと執務室の椅子に腰掛けた。「いやそこ陛下の席……」などとつっこめる人間はここにはいない。
「屍喰らいの一件も片付いてないってのに……。全員で舞踏会参加!?ふざけてんじゃねぇわよ全く……!」
我慢しきれずに舌打ちを漏らす。レミリアの反応はごもっともであった。
ステラのお茶会に乱入してきた、セレフィーナ・ローゼンベルク。派手な見た目の割に頭は回るようで、茶会に来る前に皇帝陛下と顔を合わせていたようだ。
事前連絡なしに皇帝陛下にお目通りできるセレフィーナ嬢もなかなかに肝が据わっている。が、それ以上にローゼンベルク家とは力を持った貴族なのだろう。なんせ、この皇帝陛下がこのザマである。はっきり言って雪絵から見てもかなり情けない。
「だっ、だってぇ……ローゼンベルク家のお誘いだもぉん……。簡単に断れないじゃん……」
「断われよあんた皇帝だろ!!!」
ぴすぴす涙を流す皇帝に、これまたごもっともな正論を投げつける。レミリアは盛大にため息をついた。
「しかも1ヶ月後ですって?間に合うわけねェだろこちとら仕事が山積みなんだぞ……」
屍喰らいの解析もあまり進んでいないらしく。おまけに大陸鬼狩り機構に送る報告書の作成に加えて、隊員たちの稽古に通常業務。第三者である雪絵から見ても、レミリアは多忙を極めていた。
「全員で参加ってなると、護衛に服の仕立てに……ああ、手土産なんかもいるわね。それもローゼンベルクにあげるなら、とびきりいいものを」
「無理だろ……」
ステラの言葉に、レミリアは愕然としたまま突っ伏してしまった。さすが皇族というだけあって、並の旅行というわけにもいかないようであった。
「この忙しい時期にわざわざ面倒事持ち込むなよクソッタレ」
「んー、まぁその通りなんだけど……」
ステラがチラリとこちらを見た。
「事が事だしね。セレフィーナ嬢にとってはただ事じゃないでしょう」
ステラに釣られ、その場の視線が一斉に雪絵に向く。
(何?)
さてはてどういうことか、と思考を巡らせている。すると、隣に立つシルヴィアがガックリと項垂れた。
「俺のせい……ですよね」
「ああ……まぁ、そうなるよな」
レミリアは納得したように頭を抱えた。
何も分かっていない雪絵を他所に、全員がうんうんと頷く。さっきまで撃沈していた皇帝でさえ神妙に腕を組んでいる。
ぽつんとその場に取り残された雪絵は、何が何だか分からないまま憐れみの目を向けられる。シルヴィアが申し訳なさそうに頭を下げる。ステラは苦笑し、レミリアは「チッ」と思い切り舌打ちをしていた。
※
「それはお主……女の戦というやつよ」
「戦?」
少し誇らしげに語る華は、心做しかいつもよりも大人に見える。パンプスの踵を踊るように鳴らし、華は石畳の道を歩き出す。
午前の会議で舞踏会への(強制)参加が決まったので、雪絵にもそれ相応の装備が必要となった。つまるところ、舞踏会用のドレスである。
長いこと皇族が懇意にしている仕立て屋があるとかで、採寸も兼ねて雪絵本人が向かうことになった。
無事に顔合わせと採寸を終え、活気のある街並みを抜けながら現在に至る。
「ククク……セレフィーナ嬢は気高く、何よりも負けず嫌いと聞く。要は、ぽっと出のお主に負けるのが嫌なのだろう」
「なるほど」
セレフィーナは雪絵と同じ婚約者候補という立場でありながら、その実雪絵の先輩である。プライドの高そうな彼女からすれば、競争相手を叩き潰したいと思うのも無理はないだろう。
「舞踏会に皇族全員を呼びつけたのは……私に恥をかかせるため、か」
「そうとも。それに、皇族だけではないぞ」
ふふん、と鼻を鳴らして華は続ける。
「アルカイダ国内の大貴族、それに著名な作家や芸術家、果ては商人まで招待したそうだ。大勢の前でお主が下手を打てば、たちまち今の立場を追われるだろうな」
「……なるほど」
とは言うものの、今の雪絵立場とは何ぞや、と内心疑問に思う。婚約者候補であるのは間違いないが、それにしては裏の事情が多すぎるのだ。
(私は、この国にとっての都合のいい兵器……。シルヴィアとの婚約が決まれば、それも決定的なものになる)
ジリッ、と何かが胸を焼く感覚。
(私、ここで何がしたいんだろう)
自分で進む道は、自分で選ぶと決めた。そのためにシルヴィアと、この国のこと。雪絵の知らない世界を知りたいと願った。
だが知りたいという欲求は知的好奇心のようでありながら、雪絵にとっては抽象的なものに他ならない。故に、今もこうして迷っている。
セレフィーナからの招待は苦難のようでありながら、雪絵の道を照らす明かりになるとも言えるだろう。彼女という人間を知れば、雪絵の世界はさらに広がる。この機会をどう生かすかは、全て雪絵次第というわけだ。
「あのぉ……」
などと思考に耽っていると、遠慮がちに声をかけられた。
「なんだ?小童」
「え?いや……。なんで俺、ここにいるのかなぁ……って」
両手いっぱいに荷物を持たされたレオが、居心地悪そうに尋ねる。
「お主は荷物持ちだろう?」
「いやいや、他にいい人いたでしょ!」
「レミリアは、一応護衛って言ってた」
「雪絵さんがいれば事足りるのでは!?」
はて、と雪絵は考え込む。確かにこのメンバーの中で1番強いのは雪絵だ。
「そうね」
「……そこはッ、なんというかこう……フォローが欲しかったり、しません?」
「フッ……。雪絵の無神経は世界一品ぞ。期待するだけ無駄だ」
ワッハッハーと華が豪快に笑った。
人通りの多い往来を背景に、ポンポンと小気味良い会話が流れていく。既視感があるなと思い返せば、シルヴィア話していた時の華とそっくりだった。
当たり前のように人と繋がって、当たり前に笑える。
そんな華が、少しだけ羨ましく思えた。
街ゆく人々は誰も彼も、燦々と輝く太陽の下を楽しそうに闊歩している。
食料を売る者、忙しなく時計を見つめる者。店を営む若い夫婦に、じゃれ合う子供たち。中には、赤ん坊を抱く若い女性もいた。
雪絵が知らなかった、けれど確かにここに息づく命。
彼らを眺めていると、雪絵の中に温かいものが灯ると同時に、胸が空っぽになる思いがする。
(……花霞は、今頃どうなっているのだろうか)
脳裏を過ぎるのは、未だ捨て切れぬ故郷。
いっその事捨てられたら、どれほど楽だろうかとも思う。
今の雪絵には、選ぶことができない。心の中の鉛が、選択の邪魔をする。どっちかに割り切れたら、こんなにも惨めな思いをしなくて済むのに。
「……」
「雪絵?」
ひょっこりと覗かれて、慌てて顔をあげる。いつの間にか俯いていたようだ。
「……いいえ。何も」
「そう?」
不思議そうに首を傾げつつ、華は雪絵の前を行く。
雪絵もその後に続こうとした、その時だった。
「おーっほっほっほっほ!!!」
聞き覚えある高笑いが人混みの向こうから飛び込んできた。
やがて人並みが真っ二つに割れ、その向こうに派手な赤いドレスが現れた。カツカツ、と高らかにヒールを鳴らし、雪絵の前に悠々と姿を表す。
ウェーブのかかった黒髪に赤い瞳。人を魅了してやまない薔薇のような雰囲気。
セレフィーナ・ローゼンベルク。今回の台風の目というか、台風そのものである。
セレフィーナはパチンと扇を鳴らし、真っ直ぐに雪絵を指さした。
「霜月雪絵、さん?少々お時間よろしくって?」
赤い瞳の奥に、怪しげな光が灯った。




