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花霞の鬼神、嫁入りに参ります。  作者: 半月叶依
舞踏会編
23/24

女の戦


「なっっっっに考えてやがるクソジジイボゲェ!!」

 ばちこーんと軽快な効果音を伴い、皇帝陛下が3回転と半分回って壁に激突した。

「へべしッ」

 おおよそ人間が出せるとは思えぬ悲鳴(?)を最後に、皇帝陛下は床に沈んだ。

 何時ぞや既視感のある光景を目の当たりにしつつ、雪絵は天井を仰ぎみた。さすが皇帝陛下の執務室、天井まで装飾の抜かりがない。

「まぁまぁレミー、一旦落ち着きなさんな。綺麗な顔が台無しだわ」

「ぐえっ」

 床に伸びてる皇帝に更なる一撃を加えた後、ステラはレミリアをどうどうと宥めた。これまた何時ぞやで見た気がする。

 ふしゅー、ふしゅーと鼻息を鳴らすレミリアはさながら獣そのもので、見る者がみれば裸足で逃げ出すほどの威圧感を醸し出していた。隣に立つシルヴィアはガタガタ震えている。明日は我が身というやつだろうか。

 ステラのおかげで多少落ち着いたらしいレミリアは、そのままどかっと執務室の椅子に腰掛けた。「いやそこ陛下の席……」などとつっこめる人間はここにはいない。

「屍喰らいの一件も片付いてないってのに……。全員で舞踏会参加!?ふざけてんじゃねぇわよ全く……!」

 我慢しきれずに舌打ちを漏らす。レミリアの反応はごもっともであった。

 ステラのお茶会に乱入してきた、セレフィーナ・ローゼンベルク。派手な見た目の割に頭は回るようで、茶会に来る前に皇帝陛下と顔を合わせていたようだ。

 事前連絡なしに皇帝陛下にお目通りできるセレフィーナ嬢もなかなかに肝が据わっている。が、それ以上にローゼンベルク家とは力を持った貴族なのだろう。なんせ、この皇帝陛下がこのザマである。はっきり言って雪絵から見てもかなり情けない。

「だっ、だってぇ……ローゼンベルク家のお誘いだもぉん……。簡単に断れないじゃん……」

「断われよあんた皇帝だろ!!!」

 ぴすぴす涙を流す皇帝に、これまたごもっともな正論を投げつける。レミリアは盛大にため息をついた。

「しかも1ヶ月後ですって?間に合うわけねェだろこちとら仕事が山積みなんだぞ……」

 屍喰らいの解析もあまり進んでいないらしく。おまけに大陸鬼狩り機構に送る報告書の作成に加えて、隊員たちの稽古に通常業務。第三者である雪絵から見ても、レミリアは多忙を極めていた。

「全員で参加ってなると、護衛に服の仕立てに……ああ、手土産なんかもいるわね。それもローゼンベルクにあげるなら、とびきりいいものを」

「無理だろ……」

 ステラの言葉に、レミリアは愕然としたまま突っ伏してしまった。さすが皇族というだけあって、並の旅行というわけにもいかないようであった。

「この忙しい時期にわざわざ面倒事持ち込むなよクソッタレ」

「んー、まぁその通りなんだけど……」

 ステラがチラリとこちらを見た。

「事が事だしね。セレフィーナ嬢にとってはただ事じゃないでしょう」

 ステラに釣られ、その場の視線が一斉に雪絵に向く。

 (何?)

 さてはてどういうことか、と思考を巡らせている。すると、隣に立つシルヴィアがガックリと項垂れた。

「俺のせい……ですよね」

「ああ……まぁ、そうなるよな」

 レミリアは納得したように頭を抱えた。

 何も分かっていない雪絵を他所に、全員がうんうんと頷く。さっきまで撃沈していた皇帝でさえ神妙に腕を組んでいる。

 ぽつんとその場に取り残された雪絵は、何が何だか分からないまま憐れみの目を向けられる。シルヴィアが申し訳なさそうに頭を下げる。ステラは苦笑し、レミリアは「チッ」と思い切り舌打ちをしていた。



 ※



「それはお主……女の戦というやつよ」

「戦?」

 少し誇らしげに語る華は、心做しかいつもよりも大人に見える。パンプスの踵を踊るように鳴らし、華は石畳の道を歩き出す。

 午前の会議で舞踏会への(強制)参加が決まったので、雪絵にもそれ相応の装備が必要となった。つまるところ、舞踏会用のドレスである。

 長いこと皇族が懇意にしている仕立て屋があるとかで、採寸も兼ねて雪絵本人が向かうことになった。

 無事に顔合わせと採寸を終え、活気のある街並みを抜けながら現在に至る。

「ククク……セレフィーナ嬢は気高く、何よりも負けず嫌いと聞く。要は、ぽっと出のお主に負けるのが嫌なのだろう」

「なるほど」

 セレフィーナは雪絵と同じ婚約者候補という立場でありながら、その実雪絵の先輩である。プライドの高そうな彼女からすれば、競争相手を叩き潰したいと思うのも無理はないだろう。

「舞踏会に皇族全員を呼びつけたのは……私に恥をかかせるため、か」

「そうとも。それに、皇族だけではないぞ」

 ふふん、と鼻を鳴らして華は続ける。

「アルカイダ国内の大貴族、それに著名な作家や芸術家、果ては商人まで招待したそうだ。大勢の前でお主が下手を打てば、たちまち今の立場を追われるだろうな」

「……なるほど」

 とは言うものの、今の雪絵立場とは何ぞや、と内心疑問に思う。婚約者候補であるのは間違いないが、それにしては裏の事情が多すぎるのだ。

 (私は、この国にとっての都合のいい兵器……。シルヴィアとの婚約が決まれば、それも決定的なものになる)

 ジリッ、と何かが胸を焼く感覚。

 (私、ここで何がしたいんだろう)

 自分で進む道は、自分で選ぶと決めた。そのためにシルヴィアと、この国のこと。雪絵の知らない世界を知りたいと願った。

 だが知りたいという欲求は知的好奇心のようでありながら、雪絵にとっては抽象的なものに他ならない。故に、今もこうして迷っている。

 セレフィーナからの招待は苦難のようでありながら、雪絵の道を照らす明かりになるとも言えるだろう。彼女という人間を知れば、雪絵の世界はさらに広がる。この機会をどう生かすかは、全て雪絵次第というわけだ。

「あのぉ……」

 などと思考に耽っていると、遠慮がちに声をかけられた。

「なんだ?小童」

「え?いや……。なんで俺、ここにいるのかなぁ……って」

 両手いっぱいに荷物を持たされたレオが、居心地悪そうに尋ねる。

「お主は荷物持ちだろう?」

「いやいや、他にいい人いたでしょ!」

「レミリアは、一応護衛って言ってた」

「雪絵さんがいれば事足りるのでは!?」

 はて、と雪絵は考え込む。確かにこのメンバーの中で1番強いのは雪絵だ。

「そうね」

「……そこはッ、なんというかこう……フォローが欲しかったり、しません?」

「フッ……。雪絵の無神経は世界一品ぞ。期待するだけ無駄だ」

 ワッハッハーと華が豪快に笑った。

 人通りの多い往来を背景に、ポンポンと小気味良い会話が流れていく。既視感があるなと思い返せば、シルヴィア話していた時の華とそっくりだった。

 当たり前のように人と繋がって、当たり前に笑える。

 そんな華が、少しだけ羨ましく思えた。

 街ゆく人々は誰も彼も、燦々と輝く太陽の下を楽しそうに闊歩している。

 食料を売る者、忙しなく時計を見つめる者。店を営む若い夫婦に、じゃれ合う子供たち。中には、赤ん坊を抱く若い女性もいた。

 雪絵が知らなかった、けれど確かにここに息づく命。

 彼らを眺めていると、雪絵の中に温かいものが灯ると同時に、胸が空っぽになる思いがする。

 (……花霞は、今頃どうなっているのだろうか)

 脳裏を過ぎるのは、未だ捨て切れぬ故郷。

 いっその事捨てられたら、どれほど楽だろうかとも思う。

 今の雪絵には、選ぶことができない。心の中の鉛が、選択の邪魔をする。どっちかに割り切れたら、こんなにも惨めな思いをしなくて済むのに。

「……」

「雪絵?」

 ひょっこりと覗かれて、慌てて顔をあげる。いつの間にか俯いていたようだ。

「……いいえ。何も」

「そう?」

 不思議そうに首を傾げつつ、華は雪絵の前を行く。

 雪絵もその後に続こうとした、その時だった。


「おーっほっほっほっほ!!!」


 聞き覚えある高笑いが人混みの向こうから飛び込んできた。

 やがて人並みが真っ二つに割れ、その向こうに派手な赤いドレスが現れた。カツカツ、と高らかにヒールを鳴らし、雪絵の前に悠々と姿を表す。

 ウェーブのかかった黒髪に赤い瞳。人を魅了してやまない薔薇のような雰囲気。

 セレフィーナ・ローゼンベルク。今回の台風の目というか、台風そのものである。

 セレフィーナはパチンと扇を鳴らし、真っ直ぐに雪絵を指さした。

「霜月雪絵、さん?少々お時間よろしくって?」

 赤い瞳の奥に、怪しげな光が灯った。

 

 

 

 

 


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