↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/38

揺らぎ


「レミリア隊長ッ!」

 レオが絞り出すように叫ぶ。

 その合間に、雪絵は圧縮術式を宿した結晶石を砕き、圧縮術式を展開した。狙いを定めようとし、ハッと我に返る。このままの威力で射出すれば、レミリアも無事ではすまない。

 (威力を組み直さないと……でも、そんな時間は)

 屍喰らいは気色の悪い笑みを浮かべたまま、レミリアを振り回す。さもおもちゃで遊ぶがごとく、この状況を楽しんでいるように見える。

 雪絵は唇を噛み締めた。術式を使えば、屍喰らいは確実に仕留められる。それだけの実力が雪絵にはあるのだから。

 (任務が、優先。レミリアも分かってるはず。……なのに)

 体が動かなかった。

 頭で理屈を推し並べても、頭の中に何かが引っかかって、それが邪魔をする。術式を使わなければどうにもならないのに、やめろと泣き喚くのだ。些細な引っ掛かりが雪絵を万力の如く縛り付ける。

 (レミリアが……私の何だっていうの?)

 雪絵にとって彼女は上司であり、言うなればそれだけしか繋がりがない。雪絵が花霞の人間である以上、アルカイダとは永続的に友好関係を築ける確証もない。それに、レミリアは雪絵を警戒している。敵対視とまではいかなくとも、いつか敵になるかもしれない存在だ。

 体が動かない。思考だけが回る。考えている時間はない。全ては無駄だと分かっているのに、なぜ。

「隊長!」

 シルヴィアの腕が雪絵掴んだ。そのまま後方に跳躍すると、さっきまでいた場所に屍喰らいの腕が振り下ろされる。

 ドォオオン!まるで地響きのように唸りをあげ、振動が体を貫いた。通常の鬼には有り得ない力に息を呑んだ。レミリアを片手にぶら下げたまま、奴はニタニタと笑う。

 (もう、悩んでいる暇は……)

「何もしないでください!」

 結晶石を砕こうとしたその瞬間、シルヴィアに手を握られた。奥歯を噛み締め、首を横に振っている。

「レミリアを、見殺しにするの?」

「違います!姉さんはあの程度では、」

 シルヴィアが固まった。次の瞬間、雪絵はレオとともに小脇に抱え込まれた。視界に端に防護障壁が映る。

 一体何が、と考える暇すらなく。

「どおぉおおりゃああああ!!!!」

 雄叫びが耳を貫いた。

 数コンマおいて、上空に黒い影が舞う。

 『グオぉオ?』

 一拍置いて、ドシン!と地震のごとく揺れが体を震わせた。またも衝撃波が雪絵を襲う。

 しばらくして目を開け、雪絵は唖然とした。

 あの屍喰らいが、巨体を大の字にして地面に伸びていたのだ。投げ出された四肢はピクリとも動かず、言葉にならぬ苦悶の呻きをあげている。

 まさか、奴を投げ飛ばしたのか?レミリアのいた方に目を向けると、土煙の向こうに小柄な影が見えた。

「ッたく!麗しき乙女に何してくれてんのよ」

 パンパンの手をはたき、やれやれと言わんばかりに肩を竦める。数秒前まで鬼に鷲掴みにされていた……はずなのだが。

 シルヴィアが防護障壁を解除した。恐る恐るレミリアの元に駆け寄る。

「……レミリア」

「あら雪絵さん。そんな顔しなくても大丈夫よ。この通り怪我ひとつしてないから」

 にこやかに微笑まれ、雪絵は言葉を失った。怪我がないのは何よりだ。だが雪絵が言いたいのはそういうことじゃない。

「えっと、その……無事で、よかった」

「あの程度で死にゃしないわ。ウチ、こう見えて腕っ節には自信あるの」

 ニッ、と口角をあげ、力こぶを見せつける。山のごとく膨れ上がった筋肉は、それはそれは見事だった。腕っ節がどうとかの次元じゃない気がするが。

シルヴィアがハハッと乾いた笑みを漏らす。

「相変わらずの腕力ですね……」

「そうかしら?大したことをしてるつもりはないんだけど」

 人差し指を顎に添え、あどけなく小首を傾げる。レオが「うわぁ……」と思わず声を漏らす程度には、その光景はイカれていた。鬼狩りとはいえ、生身の女の子が素手で鬼を投げ飛ばし、平然としているのだ。綺麗な顔してなんてことしやがる。

「あなたたちは術式に頼りすぎなの。いざと言う時ものをいうのは、鍛え抜かれた筋肉と、筋肉と……筋肉ね」

 乾いた風が、4人の間を吹き抜けていく。

「……筋肉」

 雪絵の頭に閃くものがあった。

 試しに力こぶを作ってみせる。だがそれはレミリアの筋骨隆々の山の如し筋肉に比べ、なんと貧弱なことか。こんなものでは屍喰らいどころか、さっきの雑魚鬼でさえ葬ることができない。

 雪絵は悟った。術式のない自分は、なんと脆弱なことだろう。

「……さすがね、レミリア」

「あら、今更気づいたの?」

 2人は熱い握手を交わした。シルヴィアは「ムキムキの隊長なんて嫌だあああ」と雪絵にすがりついていたが、筋肉に脳みそを焼かれた2人に届くことはなかった。

 ぽつんと取り残されたレオは、思考を放棄した。

『ォおおオお?ナカ』

「!」

 言葉とも取れる叫び声共に、巨体は起き上がった。幾つもある目玉がギョロギョロ動いて、4人を見下ろす。

「ま、あの程度で死ぬわけないか」

 レミリアが杖を担ぎ、地面を蹴り上げ跳躍。術式もなしに屍喰らいへひとっ飛び。奴の眼前に滞空、鈍器代わりの杖を振り上げ、

「そーれ!!!」

 景気のいい掛け声とともに顔面に1発。

『イ゙だッ』

 呻きと共に屍喰らいが体勢を崩した。その隙を見逃さずに「えいやっ」と下方から殴りつける。鈍い打撃音を伴い巨大が上空に打ち上げられ、今度は真下へ叩きつけられる。

『グオおォお!!』

 ほとばしる雄叫びが空気をビリビリと揺らす。しかしレミリアの攻撃は止まらない。

「せいやっ!」

 軽快な声とは裏腹に打撃音は鈍く重い。2、3度巨体を地面に殴りつけ、反撃には目もくれず殴り続ける。返り血代わりの黒い液体が頬を濡らすも、それに気づく素振りさえ見せない。

 あの爛々と光る眼には、もはや雪絵たちは映ってもいないことだろう。ただただ相手を蹂躙し、叩きつけ、暴力の限りを尽くす悦に浸ってる。戦闘という言葉を具現化したのなら、きっとこうなるのだ。恐ろしくも美しい光景に、雪絵は見入ってしまった。

 殴る。血のような黒い液体が飛び散り、腐った大地を汚す。屍喰らいは呻き、レミリアは杖を叩きつける。奇怪な叫び声が響く。レミリアは愉しそうに笑う。

『ャめで、い゙ダい』

 幾度目か分からぬ攻撃。振り下ろさた鈍器(杖)により、屍喰らいの腕が千切れ飛んだ。肉片は大地を転がり、舞い散る黒い液体が雪絵に降り注ぐ。奴の瀕死の抵抗(?)はあっさりとシルヴィアの防護障壁に防がれた。ちらりとその横顔を盗み見る。

 紺碧の瞳は屍喰らいに向けられたまま、言葉にならぬ憐れみを宿していた。いつかの日、雪絵に向けられた瞳だった。

「ク、ハハッ!」

 猛攻は誰にも止められない。既に屍喰らいの死は確定したようなものだ。あとはどう死ぬかの問題だけ。

 止める必要などない。あとはレミリアが嫌でも奴の息の根を止める。かくして、無事に任務は達成されたのだ。速やかに帰還し、皇帝陛下に報告を済ませれば終わり。

 ――違和感が、頭の片隅に引っかかる。

 (なんだろう……何か見落としてるような)

 雪絵が初めて奴に接触したとき、あくまでも通常の鬼の範囲に収まる個体だった。あえて挙げるなら頭部の形状と、異常な食欲が特徴的。それ以外、奴を異常たらしめるものはない。

 雪絵は何の感慨もなく、圧縮術式で脳天ごと吹き飛ばした。いつも通り、鬼は黒い塵となって消えた。

 だが、今回は違う。

 普通はありえない同一個体の復活。そして、屍喰らいは「お腹すいた」と言葉を発した。今も、痛い痛いと喚いては必死の抵抗をしている。

 ちぎれ飛んだ黒い腕が、雪絵に目に映った。

 (切られたはずなのに…消えてない?)

 二の腕あたりからちぎられた腕は、今も傷口から黒い液体を流している。ドクドクと、まるで人間の血のように。

 そう、まるで――

 雪絵の意識を遮断するよう、怪物の笑い声が響いた。

『ギャはハハハッ!』

「うッ」

 レミリアが呻く。屍喰らいのもう片方の腕が、レミリアの胴を鷲掴みにしていた。

「クソッ」

 隙をつかれたのか、レミリアが悪態を吐く。奴の手の中で抵抗はしているものの、効いている様子はない。レミリアの腕力をものともしないとは、相手の力も相当なものだ。

 屍喰らいはニタリと笑い、そのまま大きく腕を振りかぶった。レミリアが反応する間もなく、小さな体が空中に投げ出される。受け身も取れないままに地面に叩きつけられた。「カハッ…」レミリアの呻き声が微かに聞こえる。

「レミリアッ!」

『キャは』

 目玉が次の標的を定めるようにギョロギョロと動き――雪絵達の方を見た。より正確には、レオの方を。

「おいおい次はこっちかよぉ!」

 レオは半泣き状態で杖を構える……間もなかった。

 巨体はこちらに向かって猛然と突進。レオ目掛けて手を伸ばす。

「……は?」

 レオが呆然とする中、屍喰らいが雪絵達の傍を通り過ぎていった。くるりと巨体が振り返り、不敵な笑みをうかべる。

 捕まえたレオを見せつけるように掲げ、奴は再びニタリと笑ったのだ。

「まさかあいつ、レオを人質に!?」

「そんな……ありえない」

 雪絵は絶句した。人質をとるなど、知性があるとしか思えない。本来あるはずのない知性が鬼にあるなんて。こんなこと、いままで一度もなかったのに。

 雪絵はえも言えぬ悪寒に襲われた。

 (それじゃまるで、この鬼が人間みたいじゃない……)

「隊長!!!!」

 シルヴィアに肩を掴まれ、意識が呼び覚まされた。目の前の紺碧の瞳がはっきりの見える。

「え、あ……」

「しっかりしてください!レオを助けなきゃ」

 肩を揺すぶられ、ようやく現状を把握する。そうだ、鬼に囚われたレオを助けなければならない。

 ――あの屍喰らいを、殺して。

「わ、かってる。……ごめん。ちょっと動揺した」

 今もレオは奴に囚われている。レミリアは地面に叩きつけられた。おそらく、戦闘は望めない。

 今ここで、雪絵がレオを助けなければ。

 首元の術式は展開している。あとは適当な攻撃術式を放てば、奴は死ぬ。レオがいる以上、もちろん加減も怠ってはならい。

「俺が奴の注意を引きます。その隙に、レオを救出して後退してください!」

「あ……う、うん」

 シルヴィアが果敢に奴の目の前に姿を表す。黒い杖を構え、攻撃術式を展開し、発射。レオが被弾しないように角度と威力を調整している。レオがいる以上、シルヴィアは本気で戦えない。

 雪絵が、奴と戦わなければならない。

 (大丈夫、大丈夫。腕さえ切り落とせば、助け出せる)

『ギャハハハはは!!』

 雪絵の葛藤を愉しむように、屍喰らいが笑っている。

 でももし、雪絵の考えが正しければ。目の前にいる怪物は、屍喰らいは――

『キャはッ』

 まるで、子供の笑い声のようだった。

 片手に握っていたレオを、躊躇いもなく放り投げる。

「なっ!?」

 シルヴィアは驚愕のあまり一瞬硬直する。

 一瞬、雪絵は迷った。今のシルヴィアの立ち位置的に、彼がレオの救助に行けば、今度はシルヴィアが間違いなくやられる。迷った末に、雪絵はレオの身の安全を優先した。彼の周囲に防護障壁を張り、ひとまず安全を確保する。

 だが、その判断は甘かったのだ。

 こうなると予測していたかのように、屍喰らいは雪絵に襲いかかった。

「雪絵――!!!」

「……え、」

 自動で展開している防護障壁が、奴の攻撃を防ぐ。目の前に、ニタニタと笑う奴がいる。シルヴィアの叫び声が聞こえる。全てがスローモーションのようにゆっくりと進み。

 奴の拳が何度も叩きつけられ、障壁が割れた。ガラスの破片のように、砕けた欠片が舞う。修正する時間はない。次の瞬間、屍喰らいの攻撃が雪絵を――

「ゆきえッ!!!」

 目の前に、紺碧の瞳があった。

 全身を強く抱きしめられる。暖かな体温が、雪絵を庇うように胸の内に抱き、

 ドゴン。

 鈍い打撃音が聞こえた。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。