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花霞の鬼神、嫁入りに参ります。  作者: 半月叶依
屍喰らい編
14/21

鬼神の教育係


 レオニクス・アルヴェリオンは、派手な名前に反して凡庸な男である――と自負している。

 自分を表す言葉は、平々凡々。特筆すべき特徴などまるでない、強いて言うなら糸目がチャームポイント。

 アルカイダにおける"普通"を体現したような人生。皆と同じように勉学に励み、体を動かしたり。成績は中の下ながら、派手にグレる自信もなく。親に小言を言われつつ、淡々と過ぎ去る日常を謳歌する。

 変わったことといえば、友人に皇太子がいたことぐらいかもしれない。

 そんなレオニクスにも、人生の分かれ道というのはあった。

 すなわち、進路である。

 アルカイダ帝国において、明確に人生を分けるのは12歳に訪れる高等学校への進学だ。

 12歳までは、初等教育として一般的な読み書き、その他常識なんかを教えこまれる。一般教養が身につけば、後は個人の選択に委ねられる。進学、商人、農家を目指す者もいる。勉強をしたいなら普通教育を受けられる学校へ。農業ならその道の高等学校に、商人ならば手っ取り早く弟子入りしたり……手段は色々だ。良くも悪くも子供の自由意思に委ねられる、人生の選択肢というやつだった。

 ここで選択を間違えたのが、レオニクスの運の尽き。

 レオニクスの祖母は、かつて鬼狩りであった。そりゃもう強い女傑だったそうで、迫り来る鬼を切り捨てては投げ、投げては切り捨てていたらしい。そんな祖母に少しだけ憧れてしまっていた。レオニクスは、ちゃんとした年頃の男の子だったのだ。純粋な強さというものは、やはり男のロマンというものだろう。

 他にやりたいこともなかったので、軽い気持ちで鬼狩りの養成機関に志願した。友人も同じ道を選んでいたので、特に迷うこともなかった。

 ここが、レオニクスの転機だったのだろう。

 (……俺、そのうち死んだりするんかな)

 今、レオニクスの前には、噂に名高い花霞の鬼神が座っている。隣には当たり前のようにシルヴィアが陣取っていた。

 事の発端は昨日。

 急にレミリア隊長の執務室に呼び出され、何事かと急いで足を運んだ。肝を冷やしつつ事情を聞くと、

 『あなたに霜月雪絵の教育係を頼みたい』

 と言われた。新手の冗談かと思ってもう一度聞き返してしまった。レミリア隊長の憐れみの眼差しが、痛いくらいに心に刺さった。

 教育係を任せる関係で、屍喰らいの任務にも出向いて欲しいとのこと。ナマ言ってんじゃねぇ、こちとらあんたと違って普通の人間なんだよ――と叫びたい気分だったが、上司に不服を申し立てる訳にもいかず。渋々ながら任務を受けるしかなかった。下っ端はどの組織においても辛いものである。

 教育係を任された以上、仕事はやるしかない。立場上、レオニクスは花霞の鬼神の上司となるわけだ。はっきり言ってとても胃が痛い。さっきから手汗が止まらない。膝の裏で手汗を拭いつつ、ちらりと視線を上げる。

 腰まで真っ直ぐに伸びた、黒檀の黒髪。紅玉の名に相応しい瞳の中には、花びらの模様が咲いている。白い肌は透明感に溢れ、顔のパーツのバランスが完璧だった。さも、完成された人形を見ているようだ。

 ガタン。馬車が大きく揺れた。黒髪の束が流れ落ちる。

「彼が隊長の教育係になる、レオニクス・アルヴェリオンです。無駄に長いのでレオって呼んであげてください」

「おい白髪ハゲ」

 シルヴィア肩を組み、無理やりこちらの座席に寄せる。大きめの馬車を取ってくれて本当に助かった。内緒バナシができるだけのスペースがあることに感謝。ありがとうレミリア隊長、と後続に続く上司にお礼を言う。

「いやだなぁレオ。俺まだハゲてないよ?」

 殿下殿はあくまで笑みをたやさず、しらばっくれるつもりのようだ。無意識に眉間に皺が寄ってしまう。

「陛下の血筋はハゲる宿命なんだよ!――隊長から話は聞いてんだ!俺を教育係に推薦したってな」

「そ。レオなら安心かなって」

 簡単に言ってくれる。

「ナマ言ってんじゃねぇぞガキコラ」

 窓の外には長閑な風景が広がっている。青々と茂る草木に、それらを照らす朝の光。木の枝には小鳥が止まり、ちゅんちゅんと可愛らしい鳴き声で会話をしている。しかしそんな光景に見とれてる余裕はない。

「霜月雪絵って、隊長を負かしたやべぇ術師だろ?……俺もボコされたけども」

 実は彼女の選抜試験の折、レオは模擬戦で吹き飛ばされていた。周囲から半ば強制的にやらされた流れ弾試合だったが、その実力ははっきりと分かった。

 あれは、化け物である。

 率直に、恐ろしかった。自分の命をいとも容易く刈り取れる人間が、平然とそこにいる。それを嫁にしたいなどと宣うシルヴィアの気がしれない。

「うん。俺のお嫁さん」

 満面の笑みで答えられると、いっその事清々しい。清々しいほどに殺意が湧いてきた。

「……率直に聞くけど、なんで俺?」

 実にもっともな疑問だと思う。

 あの鬼神に教育係をつけるなら、対等とはいかずとも相当な実力を持つ者が適任だろう。あとは同じ女とか、もう少しデリカシーのある奴だとか……候補なんて山ほどある。

 そこでなぜ、あまり取り柄のない自分が選ばれたのか。

 親友は底冷えする笑みを貼り付け、言った。

「俺以外の男が隊長の傍に控えるとか無理。百歩譲ってレオなら許す」

「きめぇ」

 純粋に気持ちが悪いと思ったので、そのままに言葉にした。それほどでも、とシルヴィアは謎に照れている。別に褒めていない。

「お前……急にいなくなったと思ったら、爆弾引っ提げて帰ってきやがって!何考えてんの?仮にもお前皇太子殿下よ?」

「この暴走する恋心は……誰にも止められないのサ」

 暴走している自覚はあるらしい。

 レオは盛大にため息をついた。ついでに親友の頭を盛大にシバいた。こうでもしなければやってられないのである。

「そんな怒んなくても、姉さんからの辞令はちゃあんと貰ってるよ。上司からの命令なら、これも立派な仕事でしょー?」

「ぐっ……」

 横目で鬼神に目をやる。所在なさげにぼーっと外の景色を眺めていた。人畜無害な顔をしているが、その力はレオごときには測りきれない。

 はっきり言って断りたい。

 しかしレミリア隊長直々の辞令。断れば隊内でのレオの居場所はなくなる。つまりこの仕事、受けるしかない。

 (やるしかない……やるしかないけども!)

 隣で心底楽しそうに笑ってる親友もとい皇太子殿下もといゴミカス野郎。こいつの手のひらの上で転がされることだけが気に食わない。

 実力行使に打ってでるか、はたまたこいつの恥ずかしいエピソードでもバラしてやろうか。意地の悪い作戦が3つほど脳内を駆け巡る。

 だが同時に、少しだけ感慨深くもあった。

 (あのシルヴィアに……好きな人ができたのか)

 レオから見たシルヴィアは、常に完璧な人間だった。

 文武両道、成績優秀、人当たりも良ければ振る舞いにも気品がある。当たり前のように人に囲まれる中、シルヴィアは笑顔を絶やさずに接していた。他所から見れば柔和な笑みに見えただろう。だがレオには、その奥に潜む冷酷な眼差しに気づいてしまったのだ。

 彼は全ての人が等しく愚かで、自分より劣ったものと否応なく理解している。故に、他人に興味関心が湧かない。レオが感じた冷たさの根源は、そんな諦観に近い感情だったのかもしれない。

 それに比べたら、今のシルヴィアの何と人間らしいことか。鬼神を見つめる眼差しは熱を帯び、表情も格段に生き生きとしている。

 シルヴィアにも、一端の人として得るべきものを得たのだ。これ以上めでたいことはない。

「なんかもう……いいや」

「およ?」

 目を丸くする皇太子殿下を放って、レオは鬼神の前に腰を据えた。

 赤い瞳が真っ直ぐにレオを見る。相手の力を推し量り、一片の情報も残さず観察される。一瞬にして自分の全てを見破られたような感覚。だがまぁ、レオの全てを知られたところで、鬼神にはさほど脅威にならないだろう。

 右手を差し出す。鬼神は動かない。レオの動きをじっと観察している。

「初めまして。今日からあなたの教育係になる、レオニクス・アルヴェリオンです。――レオでもなんでも、好きに呼んでください」

 鬼神の目が、真っ直ぐにレオを見ていた。

 こちらを品定めするようでありながら、その実恐れているようにも見えた。未知なるものに触れる恐怖、なのだろうか。レオのようなちっぽけな存在に、鬼神を推し量る度量はない。

「……霜月雪絵」

 差し出した右手に、か細い手が添えられる。

 酷く冷たい、生気の感じられぬ温度が伝わってきた。一瞬だけ肌が触れて、するりと手は抜けていく。まるで猫みたいだ。

 それっきり、鬼神は外に目をやってしまった。

 彼女なりの挨拶のつもりなのだろう。にしたって名前だけとはなかなかに無愛想が極まっている。

 シルヴィアは満足そうに微笑んでいた。礼儀の欠けらも無い態度だが、彼にとっては及第点らしい。相も変わらず鬼神に熱い視線を向けている。

「えっと……これからよろしく」

「……よろしく」

 ガタン。

 再び馬車が揺れた。車内は沈黙に包まれ、穏やかな朝の日差しだけが差し込んでくる。砂利道を転がる車輪の音だけが嫌に耳につく。これから行く場所は国境の近い村だと聞いている。道が舗装されていないのも当然だろうが、いささか尻が痛くなる乗り心地だ。

 (やれやれ……先が思いやられることやら)

 目的地まではかなりの時間を要することだろう。このまま気まずい時間を過ごすのも少々苦痛である。ならば、いっその事寝てしまった方が楽か。

 そう思い瞼を閉じる。相も変わらず車内はゲロ吐きそうなくらい静かで、いっその事シルヴィアが騒いでくれた方が楽な心地がした。その代わりと言ってはなんだが、小鳥のさえずりや風が吹く音がよく聞こえる。

 普段より強く感じられる自然に耳を傾けながら、レオは眠りに落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 


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