02
「ここです。」
陽平がそう言い、ドアをコンコンと叩くと中から「どうぞ~」と明るい声が聞こえた。
ドアを開け、中に入る陽平に続いて入り込む女性。
部屋の中には白衣を着た女性が座っていた。
「ようこそ~!って明るく言うような所じゃないんだけど~!」
あはは、と笑いながら女性は立ち上がり近付く。
「今日は女の人なのね~。じゃあ陽平、あんた外に出て。」
陽平は言葉に従い、軽く頭を下げて部屋を後にする。
外に出たのを確認し、女性に椅子に座るように託す。
「初めまして。私は総龍会黒龍専属医師の佐々木 麗華と申します。」
ニコッと明るい笑顔を見せる。
「あ、えっと、私は山内 瑠璃です。
よ、よろしくお願いします。」
「瑠璃ちゃんね、おっけー!」
麗華は胸元ポケットに刺してあったボールペンを取り出し、デスクの上の紙にサラサラと文字を連ねる。
「襲われたのかな?大丈夫?」
麗華は視線を瑠璃に戻し、優しく声をかけた。
「大丈夫です。」
瑠璃は少し下を向いたままそう返すと、勢いよく後ろの扉が開かれた。
「麗華!」
瑠璃は背後から聞こえた声に、ドキンと胸を跳ねさせた。
「ちょっと~!今診察中なの!せめてノック位しなさいよね!」
麗華は少し眉間に皺を寄せながら立ち上がる。
「で、何の用?」
「ここに連れてこられた女、手怪我してっから。それだけ。」
麗華は目を大きく開き、瑠璃の手を取る。
「手、見せてね。」
そう言うと強く握りしめられた瑠璃の指を優しく1本ずつ解す。
掌には浅い傷と滲み出た血が付着していた。
「この傷は…自分で?」
麗華にそう問われ、瑠璃は小さくコクンと頷く。
「凱斗ありがとう。処置するから出て行ってくれる?」
麗華がドアの方へ言葉を投げかけると、静かにドアは閉められた。
「恐怖心から強く握りしめちゃったのかなぁ?」
麗華はそう言いながら消毒を取り出す。
「少しだけ染みるかもしれないけれど我慢してね。」
軽くウインクをした麗華は優しく優しく傷を撫でた。
「さっきの人……。」
瑠璃がポツリと言葉を漏らすと、麗華は手を動かしながら答える。
「黒龍で一番の実力者。燈龍凱斗って言うの。
口は悪いしお子ちゃま思考だから頼れるのは仕事中だけだけどね~。」
麗華は笑いながらそう言うと「はい終わり!」と、道具を片付ける。
「絆創膏だけじゃ剥がれちゃうかもだから念の為軽く包帯も巻いたけど、動かしにくいようなら外してもいいからね~。」
瑠璃は自分の手に丁寧に巻かれた包帯を見る。
「さてとー、そろそろお話を……って、えぇ?!瑠璃ちゃんどうしたの?痛い?」
瑠璃は目から一筋の涙を流しながら微笑む。
「いえ、違います。嬉しくて。
人にこんなに優しくされたことないから…ごめんなさい。」
瑠璃の言葉を聞いて、麗華は眉を下げる。
麗華は涙を流す瑠璃にゆっくりと近付き、優しく包み込んだ。
暫く包み込まれたまま涙を流した瑠璃は落ち着き、息を整える。
麗華も椅子に座り直し優しく微笑みながら「そろそろ、いいかな?」と声を掛ける。
瑠璃は首縦に振り、麗華の目を見た。
「その手以外に怪我もないし、黒龍隊員が同席の元でのお話になるけど緊張はしなくていいからね。」
麗華の言葉を聞いた瑠璃が頷くと、扉が開く。
麗華は扉の方へ目をやると少し顔を歪ませた。
「なんであんたなわけ?」
その言葉に返事は無く、ドアが閉まる音がする。
服が摺れる音が近付き、瑠璃の隣を通り過ぎる。
ドスッと椅子に座ると、片足を椅子の上に乗せて気怠そうに背もたれに身を任せるその人物は綺麗な銀髪を靡かせていた。
「ねぇ!なんであんたなの!」
麗華は少し声を大きくして問い直すと、少し身を起こしジトーっとした目で見つめながら答えた。
「単独行動した罰。」
凱斗はそう言うと、もう片方の足も椅子の上に乗せ胡座をかく。
「態度が悪すぎるでしょ!瑠璃ちゃんが怖がっちゃうから辞めてよ!」
麗華がそう言うも凱斗は聞く耳を持たず、瑠璃の方をジッと見つめた。
「怪我、あれ何?」
凱斗の鋭い眼差しで捉えられた瑠璃は萎縮し言葉を詰まらせた。
「何?言えねぇの?まさかヤツらに噛まれたとかじゃねぇだろうなぁ?」
凱斗は少し声を低め圧をかける。
「違う!自分の爪で傷がいっちゃったの!」
横から麗華がそう言うと「ふぅん。じゃあいいけど。」とまた背もたれに身を任せた。
「もう!女の子相手にそんな威圧的に話さなくてもいいでしょ!」
「女も男も関係ねぇだろ。平等に接してるだけだろーが。」
凱斗は大きく息を吐き、また身を起こして口を開く。
「聞きたいこと聞いたら出て行くんで偽りなく答えるように。」
瑠璃の目を見てそう言うと返事を待たずに続ける。
「あんたあそこで何してた?」
まだ少し威圧的に話す凱斗に怯え、やはり言葉を詰まらしてしまう。
「何、してた?」
そんな事お構い無しで続ける凱斗の肩をペシーンと麗華が叩いた。
「ってぇな!」
「私が変わりに聞くから!凱斗は黙って聞いてて!」
麗華は凱斗の口に手を当てると、凱斗はその手を掴んでジトッとした目で麗華を見て口を開く。
「消毒臭い。」
その言葉を聞いた麗華は眉をピクピクさせながら笑顔を向ける。
その顔を見た凱斗は左口角を少し上げて、手を離す。
麗華は咳払いをして、背筋を伸ばし瑠璃の方へ体を向けて優しく微笑みかけた。
「瑠璃ちゃんは、食屍鬼と接触したんだよね?」
瑠璃はコクンと頷く。
「その食屍鬼と接触した場所に居た理由を教えてもらってもいい?」
瑠璃は何かを考え込んでいるような表情で黙ったまま少しだけ下を向いた。
そんな瑠璃を見て麗華は優しい表情のまま黙って待つ。
瑠璃が言葉を発するのを待ち、1分、また1分と時間が経つ。
「遅せぇ」
時計の秒針の音だけが響いていた部屋に、低い声が上乗せされる。
「いつまで黙ってんだ?嘘つこうとしてんのか?」
胡座をかいたまま貧乏揺すりをしだす凱斗の足をペチペチと麗華が叩く。
「襲われた後で怖くて話せなくなる事もあるでしょ!少しは待ちなさいよ。」
「待っただろ?」
麗華と凱斗はギャアギャアと言い争い出す。
「だからあんた嫌なのよ!いっつもいっつも!人が話すのを急かすし圧はかけるし!」
「俺だってこんなつまんねぇ時間嫌だね!俺はその場で守れりゃそれでいい。」
「嫌なら勝手な行動しなけりゃいいでしょ!?」
「っせぇなぁ!アイツらと合流しようとした時に見かけたんだから殺るしかねぇだろ!」
麗華と凱斗は、フンッと頬を膨らましそっぽを向く。
その光景を見た瑠璃は、ふふっと笑う。
そんな瑠璃に気付いた麗華は、また咳払いをして姿勢を正す。
「何笑ってんだテメェ。早く話せよ。」
凱斗がそう言うと、瑠璃は背筋を伸ばし凱斗の目を見る。
「デートです。」
瑠璃の言葉を聞いて、麗華は目をパチパチとさせる。
「デート?あの場にはお前と食屍鬼しか居なかっただろ。置いて逃げられたか?」
凱斗がそう言うと、瑠璃は少しだけ目を潤ませながらゆっくりと口を開いた。
「その…食屍鬼とデートをしていました。」
「は?」
「だ、だから!貴方が殺したあの食屍鬼は!……あの食屍鬼は…私の彼だったんです!」
瑠璃はそう叫ぶと、涙を流した。
「食屍鬼が彼氏、ねぇ。
あんた自分の彼氏が化け物って気付いていたのか?
気付いていたのにも関わらず黙っていたとなれば罪に問われるが……」
「知りませんでした。」
瑠璃は声を震わせながらも、凱斗の問に返事をする。
凱斗は瑠璃をジッと見つめたまま息を吐く。
「大体、知りませんでした。から始まって、詰めて詰めて詰めていった所で、本当は知っていました。って漏らす奴が多い。
お前はどうだ?」
凱斗は視界から瑠璃を離すことなく、答えを待った。
「本当に知らなくて…急に様子がおかしくなって…」
瑠璃は言葉を詰まらせながら必死に答える。
そんな瑠璃の姿を見た麗華は「本当に知らなかったんじゃないの?」と凱斗に言うと、凱斗はゆっくりと立ち上がり瑠璃の前で背を屈ませる。
「付き合ってどれくらいだ?」
「え?」
「付き合った期間は?」
「3ヶ月…です。」
「3ヶ月ねぇ……。」
凱斗はそう言うと麗華の方に体を向ける。
「3ヶ月も付き合ってりゃキスもするしセックスもすんだろ?そっから感染って有り得るか?」
凱斗の問い掛けに麗華は顎に手を当て答える。
「いいえ。
今の所感染するのは食屍鬼に噛まれ、その傷口から食屍鬼の唾液が血管を通して体内に流れ込むことでおこる、とされているから…」
「食屍鬼の唾液を飲んで感染はしねぇか?」
「まず唾液を飲むなんてしないでしょ。」
「え?たまに女に口の中に唾吐いてって言われるぞ?」
「それは……あんたが付き合う女性が少し特殊なんじゃない?」
麗華が呆れた顔をして答えると、凱斗はあまり納得がいかない表情を見せた。
「でも付き合っていて気付かない、っていうのはどういう事かしらね?
瑠璃ちゃんは食屍…彼とどういった生活の送り方をしていたの?」
麗華は前に立つ凱斗を押し退けて、瑠璃に問う。
瑠璃は慣れてきたのか、真っ直ぐと前を向き口を開く。
「仕事が夜勤だから会えない、会うなら日中になると言われて、私の仕事が休みの土曜日か日曜日に少し会っていました。」
「どこで?」
押し退けられた凱斗は麗華のデスクに腰をかける。
「彼の家です。外はあまり好きではないと。」
「なるほど。じゃあなんで今日は外にいた?しかも夜に。」
凱斗の問い掛けに瑠璃は少し言葉を詰まらせるが、深呼吸をして凱斗を見上げる。
「今日は夜勤が無いから外食に行こうって連絡が来て…店に向かう途中の出来事でした。」
瑠璃の言葉を聞いた凱斗はデスクから降り、再び瑠璃の前で背を屈ませた。
「日中の奴の話し方は?」
気怠そうな姿は無く、真剣な表情を向ける。
「話し方は特に他の人と変わりませんでした。」
凱斗はうーん、と頭を抱える。
「カタコトになるのは夜だけって事か?わかんねぇ。」
窓際に行き外を眺めながら唸り続ける凱斗を横目に麗華が椅子を移動させ瑠璃の隣に座る。
「質問ばかりでごめんね?疲れてない?」
麗華は優しくそう言うと瑠璃の頭を撫でる。
「大丈夫です。」
瑠璃は少し顔を赤らめ下を向いた。
「おい、お前。なんだっけ、えーっと瑠璃?」
凱斗は此方に体を向け瑠璃に話しかける。
「は、はい!」
「まだ聞きたいことは色々ある。
でも今日はもう遅いから家に送らせる。
明日また迎えに行かせるからここに来い。」
凱斗はそう言うと部屋を出ようと扉に向かって歩き出すと、瑠璃が口を開いた。
「あ、あの!!」
突然大きな声を出した瑠璃に驚き動きを止める凱斗。
「ん?」
「私も貴方に聞きたいことが…あるんですけど……。」
瑠璃の声はまた少し震え小さくなった。
凱斗は小さく息を吐くと瑠璃の前に立ちしゃがみ込み、顔を覗き込む。
「なに?」
凱斗は初めて瑠璃に少しだけ微笑みながら返した。
「あの…えっと、その…」
瑠璃は不意に見せられた微笑みに少し動揺した。
「なぁに?」
急かしつつも少しだけ優しい口調で話す凱斗。
「あの…どうして私が怪我をしているって気付いたんですか?」
瑠璃はずっと気になっていた事を投げかける。
凱斗はポカンと口を開け二度三度と瞬きをした。
「ああ、臭い。」
「に、臭い?」
「そ、臭い。
食屍鬼殺った時にあんたにちょっと血が付いちゃったのかなーと思って玄関ではスルーしたけど、よくよく考えてみれば食屍鬼の臭いと少し違ったから。」
凱斗はそう言うと立ち上がり、腕を組みながらまた気怠そうに立つ。
「食屍鬼の血液の臭いは人間の血液の臭いとは少し違う。それだけ。」
「もういい?」と凱斗に聞かれ、瑠璃が首を縦に振ると凱斗は手をヒラヒラとさせ部屋を後にした。




