04
「お前幾つなわけ?俺より年上でしょ?しっかりしてくれない?あーあ、鼻水付いてるし。」
桜庭はゆっくりと凱斗から離れると「すみません。」とティッシュで凱斗の服についた鼻水を拭った。
「俺はいいからまず自分の顔どうにかして。」
ジトッとした目のまま凱斗がそう言うと、桜庭は頭を軽く下げハンカチで涙を拭いティッシュで鼻をかんだ。
「凱斗、もう二度と話せないかと思ったぞ。」
会長は凱斗の頭をクシャクシャと撫でると椅子に腰をかける。
凱斗は黙ったままテーブルの上に並べられる手紙を手に取る。
少し落ち着きを取り戻した桜庭は会長の隣に腰を下ろすと、凱斗が一枚の封筒をヒラヒラとさせながら桜庭と会長の方へ視線を移した。
「なあ、黒龍からの手紙だけすげぇ汚いの何で?」
凱斗はヒラヒラとさせている封筒を眺めながら眉をひそめた。
「あー、それはですね……。」
桜庭は眉を少し下げながら苦笑いをする。
「隊員一人一人が書くととんでもない数になるので一つの隊につき代表者が書くように指示したら……黒龍だけ大喧嘩になりまして……。」
桜庭の言葉を聞いた凱斗は「なるほどねぇ。」とニヤニヤとする。
「で、結局誰が書いたのこれ?」
「陽平さんが書いてらっしゃいましたよ。」
凱斗は「陽平か……。」と残念そうに言うが、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「なんて書いてあるのか読んだらどうだ?」
会長にそう言われ凱斗は封筒を開け中の手紙を取り出し目を通す。
「は?」
凱斗は眉を顰めてチラリと桜庭を見る。
桜庭は頭の周りにハテナを浮かべながら見つめ返す。
「えっと……なんと書いてありましたか?」
桜庭が恐る恐る尋ねると、凱斗は手紙を桜庭に渡した。
「ペットを飼う許可を下さい!」
紙にはそれだけが書かれており、手紙を持つ桜庭の手がプルプルと小さく震える。
隣から覗き込んだ会長は呆れた顔で笑う。
「あいつら俺の事よりペットなわけ?
何、大喧嘩した結果がこれ?今日帰るか?」
凱斗が指の骨を鳴らしながらそう言うと桜庭は顔を真っ赤にしながら震えていた。
「あーあ、怒ってるわ。」
「凱斗と隊員達のおかげでいつもの桜庭に戻ったようだな。」
会長と凱斗は目を合わせニコリと笑った。
「ペットの許可……ペット……。
あー、そう言えば前に、平和な世界を迎えたら犬を飼おうって話をした気がするな。」
凱斗はグッと腕を上に伸ばすと首を回し骨を鳴らした。
「会長、桜庭。本当にもう終わったのか?」
再び外を見つめながら凱斗は問い掛けた。
桜庭は震える手を抑え、会長は「終わったよ。」と応える。
凱斗は「そっか。」と呟くと微笑む。
凱斗の瞳には青空が広がる。
会長と桜庭はそんな凱斗の後ろ姿を眺めていた。
「凱斗とも話したい事がある。だがまた日を改めよう。」
会長はそう言うと立ち上がり帰る支度を始める。
「そうですね。
凱斗さん、久しぶりに声を聞けて嬉しかったです。
無礼をお許しください。」
桜庭も続き立ち上がると頭を下げる。
振り返った凱斗はジトリとした目を向けた。
「俺は何回桜庭の頭頂部を見ればいい?」
桜庭は慌てて顔を上げると、ジトリとした目に捉えられる。
凱斗はチラリと会長を見てゆっくりと口を開いた。
「会長、桜庭、俺も話したい事があるんだ。」
凱斗は真っ直ぐな目で会長を見つめると、会長も真っ直ぐ凱斗を見つめた。
「お互いに話したい事はあるが、凱斗が元気を取り戻して退院してからにしよう。」
会長がそう言うと凱斗は「うん。」と頷いた。
会長と桜庭はまた顔を見に来ると凱斗に告げ病室を後にした。
隊員を引き連れエレベーターに乗り込む。
「凱斗さんが話してくれたのは嬉しかったです。が、何故急に?」
「桜庭に謝られたのが相当嫌だったんじゃないか?」
首を傾げながら話す桜庭に会長は笑いながら応えた。
エレベーターを下り、病院前に止まっている車へと乗り込む。
会長は外を眺め、桜庭は前を向き黙っていた。
車はどんどん病院から離れていき、あっという間に見えなくなった。
帰りの車中で会長と桜庭は黙ったままだった。
そんな二人を乗せた車は総龍会本部へと到着する。
会長は桜庭を連れて屋敷の中を歩いていく。
桜庭は黙ったまま会長の後ろについて歩いた。
会長はある部屋の前で立ち止まる。
桜庭はその部屋を見て「凱斗さんの部屋……ですか。」と尋ねる。
会長はニコリと笑い部屋の扉を開けると中へと入る。
「まあ座って少し話をしようか、桜庭。」
会長はそう言うと部屋の中に入りソファーへと腰をかける。
桜庭も続きソファーへ座ると会長を見つめた。
「思い出すな、あの時の事を。」
会長は顔を上に向けると目を閉じた。
「ええ。あの時は凱斗さんが後の黒龍の隊長になるとは思いもしませんでしたよ。」
桜庭は目を細める。
「あの日からあの子は戦っていたんだよな。
辛く苦しい思いを沢山した。よく頑張ったよ。」
会長は目を閉じたまま続けた。
「凱斗の担当医の話ではやはりダメージが大きすぎた、との事だった。
無の状態になる事でギリギリの所で精神を保っている。今も尚彼は頑張っている。だから彼が自ら何かしらの行動を起こすまで見守ってあげて欲しい。
そう言われて病室へ戻ったら、頭を下げた桜庭を見てニヤニヤしている凱斗がいた。見間違いかと思ったよ。」
会長は笑いながらそう言うと、桜庭は何とも言えない表情を見せた。
「凱斗はあの時から何も変わらない。不器用で優しい子なんだ。」
会長は部屋を見渡し愛おしそうに微笑む。
桜庭は会長の話を聞きながら、幼い凱斗と今は亡き憧れの人を思い出していた。
会長と桜庭は暫く昔話をした。
あの日までの事。
あの日からの事。
誰もが辛い思いをし、悲しみ涙を流した。
そんな中で笑顔になれる瞬間があったのはとても幸せな事だったのだと。
人の辛さや悲しみは当人にしか分かり得ない。
寄り添い支え合いながら生きていく事は難しい事だった。
時にはぶつかり合い、傷つけ合った。
時には喜びを分かち合い、笑みを交わした。
居場所を失い彷徨う者へ手を差し伸べる存在。
力無き者を守るべく己の命を差し出し戦う存在。
隙をつき悪事を働く者を制裁する存在。
総龍会を筆頭に各龍は力を合わせて戦い続けた。
犠牲は少なくはなかった。
それでも足を止めることは許されなかった。
地獄だ、そう思う日も少なくはなかった。
そんな日々に終止符が打たれた。
長く長く辛い日々は終わりを告げた。




