08
「大橋さん、瑠璃さんに使った抑制剤。あれは今ないのですか?」
光の無い目をした桜庭が冷たい声でそう言うと、その場に居た者達皆が黙った。
「答えなさい。」
今まで見た事のない桜庭の姿を目の当たりにした隊員達の体が震えた。
大橋は桜庭と目が合うとブルルと震える。が、ニタリと笑うと口を開いた。
「さすがは元総龍隊員であり黒龍幹部。
やはりそこらの人とは圧が違いま ギャアアアア!!」
「余計な事は話さなくて結構です。私の質問にだけ答えなさい。」
桜庭が剣に付いた赤い液体をハンカチで拭き取ると、大橋は支えてくれている隊員の手を退けその場に座り足を押える。
「で、抑制剤はありますか?」
桜庭の問い掛けに大橋は慌てて大きく頷いた。
「ではそれを凱斗さんに。
少しでもおかしな行動を取れば、貴方を生かしておく保証は無いのでご了承くださいね。」
桜庭はそう言うと隊員に凱斗の元へ大橋を連れて行くように指示した。
隊員達は大橋の両腕を掴むと凱斗の元へと向かう。
その後ろを桜庭と他の隊員も付いて歩く。
桜庭の手に持たれるキラリと光る剣が大橋の首を狙ったまま。
凱斗の隣に腰を下ろした大橋は胸ポケットから小さなライトを取り出すと凱斗の瞼を上へと持ち上げ照らし眺めた。
「本当に今感染したのでしょうか?と疑いたくなる程の早さですねぇ。」
大橋はそう言うとそっと凱斗の瞼から手を離しライトを直すとポケットの中から小さな箱を取りだした。
「錠剤型の抑制剤です。凱斗くんが上手く飲んでくれると良いのですがね。へっへへ。」
大橋は箱を開け隊員と桜庭に錠剤を見せる。
「それは本当に抑制剤ですか?」
桜庭は大橋に疑いの眼差しを向けたまま問い掛ける。
大橋はやれやれと首を振り小さく口を開いた。
「桜庭くん、私は食屍鬼を残したまま自分の命を落とすわけにはいかない。そこまで馬鹿ではないですよ。」
大橋がニタリと笑みを浮かべると桜庭は小さく頷きそれを凱斗へ与えるように伝えた。
大橋は凱斗の口をゆっくり開かせると錠剤をポイと放り込み口と鼻を手で押えた。
息が出来なくなった凱斗はカッと大きく目を見開くと暴れ出す。
「隊員の皆さん!凱斗くんを押さえて!私一人では無理です!錠剤を飲み込むまでどうか!!」
大橋は凱斗に睨みつけられながらも必死で押さえ込み、隊員達も慌てて凱斗の手足を押さえ付けた。
「凱斗くん、一度ゴクンと喉を鳴らしてください。そうすれば楽になります。さあ、早く!」
大橋がそう言うと凱斗は眉をひそめたまま喉を鳴らす。
それを確認した大橋はそっと凱斗の口と鼻から手を離すと、凱斗は大きく息を吸い込み体を起こして再び大橋を睨み付ける。
「俺はお前に殺されたいわけじゃねぇんだよ馬鹿。」
不機嫌そうにそう言う凱斗の目は少しずつ赤みが消えていく。
凱斗の目をジッと見つめる大橋を睨み続ける凱斗は少し居心地が悪くなったのかフイと目を逸らし桜庭を見る。
「俺はお前に頼んだの。どうして大橋が……。」
「申し訳ないですが、今回の命令は聞けません!」
桜庭は凱斗の言葉に被せてそう言うと納刀し凱斗を優しく包み込んだ。
「貴方はまだ黒龍の隊長です。
貴方はまだ私達を導いてくれなきゃ困る存在です。
貴方は、貴方はまだ……私達黒龍、それに他の龍や総龍の者達から必要とされています。
貴方のお父様、燈龍さんもきっと貴方が今来る事を望みません。
そう思いませんか?凱斗さん。」
震える声でそう言う桜庭に対して凱斗は黙ったままでいた。
暫くして総龍隊員達がやって来て、目の前に広がる光景に言葉を失い立ち止まった。
が、すぐさま黒龍隊員達の元へと駆け寄り事情を聞き始める。
総龍隊員と共に来た白衣を着た者達は凱斗と大橋の怪我を簡単に手当てをすると、凱斗と大橋は担架に乗せられそのまま森を後にした。
食屍鬼との戦いで軽傷を負った者達も手当てをして貰いその足で森を後にする。
暗く薄気味悪い森は隊員を静かに送り出した。
森に転がる命を落とした食屍鬼は総龍隊員達に布袋へと詰められるとそのまま外へと連れ出される。
酷い悪臭を漂わせるその場にいた隊員達の中には不調を訴える者も少なくはなかった。
燈龍夫妻と娘の香夜と思われる食屍鬼は丁重に布袋の中へと入れられるとそのまま総龍本部へと運ばれた。
道中に転がっていたモロク、そして瑠璃も袋に詰められると新たな研究材料として総龍本部へと連れて行かれる。
アンラとマナフは凱斗からの願いで同じ袋に詰められ、総龍本部へと連れて行かれた。
総龍隊員と桜庭から報告を受けた会長はすぐさま会議を開いた。
赤龍と青龍隊長の二人、そして研究者の高山は会長の話を黙って聞くと、力になることが出来なかったと悔やんだ。
サルワの森は再び頑丈に施錠され、龍の幹部以上の者以外の立ち入りを禁止した。
夜が明けて総龍幹部、そして青龍赤龍幹部がサルワの森へと再び足を踏み入れると隅々まで捜査した。
隠れている食屍鬼は見つからなかった。
が、湖にあった大橋が用意したであろうテントを退けるとその下の地面に扉があり、その扉を開けると不思議な通路が顔を出した。
その先は地下へと続き何股にも道が分かれており、手分けして各道を進むとそこはゼファー地区、クレセント地区、アズール地区、アビス地区、そして各龍の地区へと続いていた。
道中には息絶えた食屍鬼が転がっていたり、肉片が飛び散っていたという。
各場所の出入口となる場所は封鎖され、全て龍の関係者以外立ち入り禁止となった。
黒龍と白龍の隊長が不在の今、赤龍と青龍の隊長が筆頭となり各地区の見回りに出たが食屍鬼の目撃情報や被害報告は一つも無かった。
あの日から一ヶ月間休むことも無く総龍会、黒龍隊員、白龍隊員、青龍、赤龍は各地区を隅々まで調べ上げた。
朝から夜まで交代制で見回り続けたが、報告を受けるのは人間の悪行ばかりで食屍鬼は何一つ絡むこと無く、姿も現さなかった。
そして研究者の高山から「食屍鬼は絶滅したと考えるのが妥当。」と報告を受けた龍達は総龍本部へと戻った。




