06
アンラはカッと目を見開くと凱斗に飛び掛る。
「凱斗さん!!」
桜庭が剣を構え凱斗の方を見ると、凱斗は優しい笑みを浮かべていた。
そんな凱斗の表情を見た桜庭はその場で固まった。
アンラは凱斗の右腕に噛み付き、凱斗は剣を地面へと落とした。
「はは、そうだな。お前の言う通りだ。」
腕に深手を負い血を垂れ流しながらも優しく微笑み続ける凱斗を見たアンラは、困惑の表情を見せる。
「人間が偉いわけじゃない。人間に力がある訳でもない。俺達人間は、凄く弱い生き物だ。」
凱斗はそう言うと左手で剣を拾いそれを支えに立つ。
「俺は沢山の仲間を失った。お前の仲間達の手によって奪われた。
だが、俺達もお前の仲間達を奪っていた。同じ事をしているんだよな。」
凱斗は息を荒くしながら続ける。
そんな凱斗を見たアンラの目は赤みを失っていく。
「お前達は凄いよ。回復も出来る。
ははっ、俺のザマを見ろよ。回復なんて出来ねぇから今にも倒れそうだ。」
桜庭はそんな凱斗を見てお父さんの方へと視線を移すと、お父さんも黙って凱斗を見守っていた。
「でもなあ、食屍鬼と共存なんてのは許さないって奴が殆どだ。
自分が危険にさらされるかもしれないと思うからな。
だからお前を生かしておいてやる事は出来ない。」
アンラは凱斗の言葉を聞くとまた少し赤みを帯びるがそれは一瞬にして失われた。
凱斗はアンラに近寄り優しく抱き締めたのだ。
アンラは戸惑い動けないままでいた。
桜庭は目を丸くし、お父さんは静かにそれを見続けた。
「色々考えた。
ここに居るのは紛れもなく俺のお父さん。
姿を変えてもお父さんなんだ。それに向こうで出会ったのは、俺のお母さんと妹。
やっと会えた。会えたんだ。
ずっと会いたかった。ずっとずっと、会いたかった。
俺は別に食屍鬼を無差別に殺したくて黒龍にいるわけじゃない。
お父さんやお母さん、妹を奪った食屍鬼を殺したかっただけなんだ。
……俺のお父さんとお母さんの姿は変われどその二人から生まれたというのならば、お前は俺の弟なんだろう。
あの女の子は妹で、向こうで戦ったやつも弟で。
……俺はたまたま人間なだけで、お前達はたまたま食屍鬼として生まれたってだけの話だ……。」
凱斗は少し離れると、涙を流しながら微笑んだ。
アンラは予想外の凱斗の言動に戸惑い続けた。
「俺は黒龍の隊長だから、食屍鬼を殺さなくちゃいけない。
国民を守るために動かなきゃいけない。分かってくれるか?」
アンラは小さく息を吐くと、コクリと頷く。
「いい子だ。」
凱斗は血を垂れ流し今にも落ちそうな右腕をゆっくり上へとあげると、アンラの頭を優しく撫でた。
凱斗の手が触れた時、アンラの中で初めての感情が芽生え、自然と涙が溢れ出た。
「お兄ちゃん……ごめんなさい。僕を、僕を今すぐ殺して。」
アンラは声を震わせながらそう言うとその場に座り込み、溢れ出る涙を拭った。
凱斗はアンラの前に座り込むとまた優しくアンラを包み込んだ。
「ああ、楽にしてやる。次は仲の良い兄弟として生まれ変わろう。」
凱斗は立ち上がり、左手に持つ剣を構えると悲しそうな目でアンラを見る。
「最期に何か言いたいことはあるか?」
凱斗の言葉にピクリと反応したアンラはゆっくりと凱斗を見上げ、微笑む。
「最期に、ヒトに優しくされて嬉しかった。それがお兄ちゃんで嬉しかった。
本当は、こんな事したくなかった。僕も、ヒトとして生きたかった。
ずっと不思議だったんだ。どうして争わなくちゃいけないの?って。
なんの為に僕は生まれてきたの?って。
そんな人生に望みも何もなかった。
お兄ちゃんが終わらせてくれるんだよね?
次は、同じ種族の兄弟として……また会いたい。ごめんなさい。」
アンラはそう言うと涙を流し目を閉じた。
凱斗は大きく息を吸い込むと、左手を翳しソレをアンラの首へと振り下ろす。
優しく満たされた表情の顔はその場に崩れ落ちた。
「またな、アンラ。」
凱斗はその場に剣を落とし座り込む。
「凱斗さん!」
桜庭はハッとし凱斗へと駆け寄ると、凱斗は桜庭をゆっくりと押し退けた。
「凱斗……さん?」
凱斗はハァハァと息を荒くし、その場で蹲る。
桜庭がもう一度凱斗の元へと近寄ろうとした時、遠くの方から声が聞こえた。
「アニキー!桜庭さーん!!」
湖への入り口から隊員達がゾロゾロと集まってくる。
隊員達は別れた時よりもズタボロになっており、桜庭は慌てて隊員達へと声を掛けた。
「一体何があったのですか!?」
桜庭の声を聞いた陽平がヘラヘラと笑いながら手を振る。
「手を振っている場合ではないでしょう!何があったのか説明してください!!」
桜庭の怒鳴り声に体をピクリと跳ねさせ、陽平は大きな声で叫ぶ。
「食屍鬼の集団が襲ってきました!
ですが急に叫び声のようなものが聞こえたと思ったら食屍鬼全員が此方へと走り去っていきました!
隊員達は全員無事で……その、アニキのお母さんと妹も護れました!!」
陽平はニコッと笑うと後ろを歩く隊員二人が抱えるソレを指差す。
隊員達は湖周りに転がるモノを見て顔を引き攣らせながら桜庭や凱斗達の方へと向かって歩く。
途中で大橋に助けを求められる隊員達もいたが、皆大橋には気にもとめず、桜庭と凱斗の前へと整列した。
「アニキ……?」
陽平は蹲る血塗れの凱斗を見て目を大きくすると、凱斗の後ろに立つ食屍鬼を睨み抜刀する。
「お前がアニキを?!許さない!」
陽平が食屍鬼に向け走ろうとした時、凱斗が左手をあげた。
それを見た陽平はすぐにその場に立ち止まると、心配そうに凱斗に声を掛けた。
「アニキ?すぐに外に出て医者に見てもらいましょう!」
凱斗は陽平の言葉に反応せず、ゆっくりと手を下ろすとまた息を荒くする。
陽平は泣きそうな顔をしながら桜庭を見つめる。
桜庭は凱斗の隣へと座り、優しく背中を摩った。
「凱斗さん、陽平さんの言う通り外に出ましょう。」
凱斗は暫くそのままの状態でいたが、ゆっくりと体を持ち上げると桜庭の手を掴み目をじっと見つめた。
「桜庭に……頼みが……ある。聞いて……くれる……か?」
息をするのも話すのもやっとな凱斗の姿を見て桜庭は涙を必死にこらえながら頷いた。




