02
テントの中には右足を押さえ唸る大橋がいた。
「大橋さん、桜庭です。」
桜庭が声をかけると、大橋は顔を上げニタリと笑う。
「とうとうこの日が来てしまったのですねぇ。」
大橋はアンラに小声でボソボソと話すと、アンラは大橋を抱きかかえてテントから出た。
入口にいた桜庭はサッと避け凱斗の隣へと立つ。
「おや、凱斗くんもいらっしゃいましたか。」
大橋はヘラヘラと笑いながら凱斗に手を振るが、凱斗は大橋を冷たく睨み付けた。
「死にかけるくらいの怪我でもしてんのかと思ったが、ただのかすり傷じゃねぇか。」
凱斗は大橋の足を見てため息をついた。
「私は普通の人間ですよ?これはかすり傷では無く大怪我ですよー。」
大橋はそう言うとわざとらしく痛がる素振りを見せる。
「あ、そ。それだけペラペラ話せるなら大丈夫だろ。」
凱斗の言葉を聞いた大橋は「相変わらず私に冷たいですねぇ凱斗くん。」と笑った。
凱斗と桜庭は剣に手をかけ大橋をジッと見る。
大橋はアンラに下ろしてもらい座ると両手を上げた。
「凱斗くんとは一度ゆっくりお話をしたいと思っていたのですよ。」
大橋はそう言うと、アンラとマナフに下がるように伝えた。
アンラとマナフはテントの横に座ったままでいる食屍鬼の隣に座る。
「お兄ちゃん、先生に変な事したら許さないよ。」
アンラは冷たくそう言うと湖の方へと視線を向けた。
マナフは少し膨れっ面をしたままアンラの隣で湖を眺める。
凱斗と桜庭はそんな二人からまた大橋へと視線を戻すと、不気味な笑みを浮かべた大橋が此方をジッと見つめたままでいた。
「凱斗くんも私に聞きたいことは沢山あるでしょう?ふふ、ゆっくりお話しましょう。」
「俺と話す為にソイツら使って呼び出したってわけか?」
「怪我をした所は本当に痛いのですよ?」
大橋は怪我をした足を指差す。
「大した事ねぇ。大袈裟なんだよ。」
凱斗は冷たく言い放つとキッと睨みつけた。
大橋は凱斗を見て「では、少しお話しましょうか?」とニタリと笑みを浮かべた。
「凱斗くん、貴方は本当によく頑張りましたねぇ。
私の想像より少し弱い出来ではありますが、それでも良質と言えます。」
大橋は凱斗を下から上へと舐めるように見ると、不気味に笑った。
凱斗は黙ったまま眉間に皺を寄せ睨みを強くした。
「貴方が8歳の時から、私の計画は実行されていました。」
凱斗は眉をピクリと動かす。
「あの日の悲劇は、忘れられないでしょう?あの日の絶望は忘れられないでしょう?」
「大橋、お前は俺に何が言いたい?」
「貴方のお母様と妹の香夜ちゃんは私が育てていた可愛い子が食しました。
先程モロクと共に居たでしょう?どうです?可愛かったでしょう?」
凱斗はカッと大きく目を見開くと剣を構える。
が、それと同時にアンラとマナフが立ち上がり大橋の前へと立つ。
「お兄ちゃん、先生に剣を向けるという事は僕達に喰われる覚悟があるとみなすよ。」
アンラは低く冷たい声でそう言うと目を赤く染め凱斗を捉えたまま離さない。
そんなアンラの隣でマナフも目を赤く染め尖った歯を見せる。
「アンラ、マナフ、下がりなさい。
大丈夫、凱斗くんは私に手は出せない。」
大橋がそう言うとアンラとマナフは凱斗を睨み付けたまま大橋の後ろへと下がる。
「すみませんねぇ、この子達はまだ若いもので。へっへへ。」
大橋が笑って話す姿を凱斗は闇の中で捉え続ける。
「凱斗くんのお父様、燈龍光斗。私の目的はこの人だったのです。
ですが、彼は私の想像を遥か下回った。
人を食そうとはせずただひたすらに座り黙り続けた。
捕らえたあの日から12年間の間に私はこの子孫を残すべくあらゆる手を使いましたよ。
ここにいるアンラとマナフ、それにモロクは唯一の成功体。
他は皆失敗し総龍に殺られてしまいました。」
大橋はニタリと笑ったまま続ける。
「貴方が黒龍隊長になった時、私は感動しました。
お父様よりも力があるのではないか?と。
神は私に期待しても良いと告げたのです。
へっへへ、凱斗くん。貴方の戦いぶり見事な物でした。
貴方が国民を守るために殺してきた食屍鬼の殆どは貴方の親族にあたるもの達。
貴方の父親を吸収したこの子と貴方の母親と妹を吸収したあの子との間に出来た子達から次々と増えていった。
失敗は多くとも、繁殖には成功した。
中には人間から食屍鬼に変わった者も含まれますが……よくご存知でしょう?山内親子。あれは失敗です。」
凱斗は剣を握る手を震わせながらも、大橋の言葉を聞いていた。
隣で桜庭は怒りに満ちた目を大橋へと向けていた。
そんな二人を見て小さく笑うアンラとマナフ。
湖を眺めたまま動かない食屍鬼。
「山内親子の父親は私が開発した薬を求めました。
気分が上がりなんでも出来る気になる最高の薬を。
その薬を摂取していけば徐々に体内から侵され私の可愛い子になるという事も知らずに、彼は求め続けましたよ。
娘にも摂取させていたなんて最初は知りませんでした。
ですが、求める頻度が他のものより早かったので問いかけてみたのです。
そこで発覚した親子での摂取。
へっへへ、私の子が増えると喜び与え続けました。
するとどうですか?娘の方が先に侵されてしまったのです。」
大橋は下を向いて肩を震わせた。
「ですが、その時凱斗くんが頻繁に黒龍地区へ見回りに来ていることを知りました。
私は娘を研究所へと連れ帰り抑制剤を投与し一時的に侵食を止めました。
彼女には記憶が残っていたようで酷く怯え、震え、泣いていましたねぇ。
あの顔、忘れられませんねぇ。」
大橋は顔を上げ嬉しそうに笑う。
凱斗と桜庭は顔色一つ変えずに大橋を睨み続けた。
「彼女には、錠剤型の抑制剤を渡す事を条件に、黒龍の事を調べて欲しい、と頼みました。
彼女はすんなり受け入れましたが、彼女の彼氏が邪魔でしてねぇ。
……彼は凱斗くんに始末してもらおうと考えたのです。
私は彼女に薬を渡し、彼に摂取させるように告げると彼女はそれに従いました。
人というのは残酷な生き物ですねぇ?
自分さえ良ければ、それまで力になってくれていた人や大切にしてくれていた人を陥れる事も朝飯前。
彼女を信用していた彼は、薬が混ぜられた彼女の手作り料理を嬉しそうに頬張ったそうですよ。
回数を重ねるうちに依存し、彼から求めるようになりました。
そしてあの日の夜、侵された彼を凱斗くん、貴方が殺ったのです。」




