01
「遅かったね、お兄ちゃん。」
凱斗の前に立つ少年はニコリと微笑む。
「待ちくたびれちゃったー!って……あっはは、モロクの臭いがするね?殺っちゃったんだ?」
少年の隣に立つ少女はケタケタと笑う。
隊員達は剣を構え二人を視界に捉える。
桜庭も剣を構え、凱斗は二人をジッと睨み付けた。
「おっと、僕達と殺り合うつもりなんだろうけど少し待って欲しい。」
少年はそう言うと両手を上にあげる。
「待って欲しい、だと?」
凱斗が不機嫌そうな声でそう言うと、少年は静かに頷いた。
「先生がねー、怪我しちゃったの。先生と黒龍は知り合いでしょ?助けてよ」
少女の言葉を聞いた桜庭は眉をピクリと動かす。
「先生、とは……大橋さんの事ですか?」
桜庭の問いかけに少年と少女は目を合わせ笑う。
「あはは、その人以外に誰がいるの?」
少女が笑いながらそう言うと、桜庭は「やはりそうでしたか……。」と下を向いた。
「そんな事よりー、早く治して。」
少女は凱斗をジッと見つめる。
凱斗は少女をジロリと見ると剣先を少女へと向けた。
「大橋はどうして怪我をした?」
凱斗が少女に問い掛けると、少女は眉を下げる。
「お父さんが暴れちゃったの。今は落ち着いているけれど、暴れた時に先生の足を怪我させちゃったの。」
「お父さん?」
「そう、お父さん。お父さんも久しぶりのお外でテンションが上がっちゃったのかもしれないねー!ね、アンラ?」
少年は両手を上にあげたまま小さく頷いた。
「で、大橋とそのお父さんはどこにいる?」
凱斗は少女に剣先を向けたまま二人に問いかけた。
「この奥にいるよ。
ただ、お兄ちゃんと隣に居る眼鏡の男性だけ来て欲しい。大勢で行くとまたお父さんが暴れ出すかもしれない。
流石に次に暴れ出したとしたら僕達はお父さんを殺らなきゃいけなくなる。僕達もお父さんは殺したくはないんだ。」
少年はそう言うと手を下げ奥へと続く道を指差す。
「お兄ちゃん、一緒に来てくれるよね?」
赤く染った目で凱斗を見つめながらそう言う少年の声は冷たかった。
「凱斗さん、どうしますか?」
桜庭は小声で凱斗に話しかけると、凱斗は二人を見たまま「行くぞ。」と一言だけ言い、隊員達にはここへ残るように伝えた。
隊員達は不満を漏らすが、クルリと隊員達の方へと向いた凱斗を見て口を閉じる。
「すぐに戻る。30分経っても俺達が戻らない、またはこの食屍鬼が此方へ戻ってきたらその時はお前達が暴れていい。」
隊員達はビシッと敬礼をする。
それを見た凱斗はアンラとマナフへと視線を戻す。
「それじゃあ、行こうか。お兄ちゃん。」
アンラはそう言うとマナフの手を取り奥へと続く道を進み出した。
その後ろを凱斗と桜庭がついて行き、暫くすると姿は見えなくなった。
暗い森の中へ取り残された隊員達は心配そうに二人が向かった道を見つめる。
「アニキと桜庭さん大丈夫かな…。」
陽平がポツリと呟くと、隣にいた悠司が陽平の肩を叩いた。
「最近のアニキは情緒が不安定だな、って心配していた。
だけど、さっき俺達を見たあの目は俺達が憧れ目指していたアニキの目だった。
さっきの食屍鬼といい瑠璃さんといい何が何だか俺には理解し難い事が多いけれど、アニキは何か得る物があったのかもしれないな。」
悠司は凱斗達が進んだ道を見つめながらそう言うと、陽平の顔をチラリと見て微笑む。
「大丈夫だよ。俺達のアニキだぞ?俺達が信じなきゃ。」
陽平は悠司の言葉を聞くとコクリと頷いた。
「そうだよな。俺達のアニキは強いんだ。俺達が信じなきゃな!」
陽平と悠司は笑い合った時、周りにいた隊員達が騒ぎ出した。
「それにしても、屋敷を出る時に渡された布袋の中に瑠璃さんが入っているだなんて思いもしなかった。」
「あの食屍鬼、やっぱり瑠璃さんだよな?俺の見間違いとかじゃないよな?」
「俺達の屋敷に食屍鬼が居たってことか?」
「それをアニキは知っていた。でも俺達には黙ってたってことかよ?」
「俺達は下手すりゃ喰われていたかもしれない……んだよな?」
「でもアニキの事だから何か考えが?」
「桜庭さんは知っていたのか?」
「麗華さんは?仲良かったよな?」
「もしかして、隊員だけが知らされていなかった……?」
各々思いを漏らし困惑する。
陽平と悠司も瑠璃の事に関して驚きを隠せないでいた。
どうして?いつから?なんの為に?
隊員達の中で、凱斗を信じたい気持ちと困惑がぶつかり合う。
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その頃アンラとマナフ、凱斗と桜庭は道なりに進んでいた。
暗くジメジメとした森は居心地が悪く、進むにつれ酷くなる悪臭。
凱斗は眉間に皺を寄せたままアンラとマナフについて歩く。
アンラとマナフはまっすぐ前を向き攻撃してくる素振りは見せない。
「大橋がそんなに大事なのか?」
凱斗が小声でボソリと言うと、アンラとマナフは立ち止まり振り返った。
「先生は大事だよ。
そうじゃなきゃ今頃お兄ちゃんと眼鏡の男性はここには居ない。」
アンラはニコリと笑うとまた前を向いて歩き出し、マナフもクスクスと笑いアンラの後を追った。
「凱斗さん、行きましょう。」
桜庭はそう言うと凱斗の背中に手を当てゆっくりと進む。
「大橋が鍵って事には間違いなさそうだ。怪我の具合にもよるが話を聞かせてもらおう。」
桜庭はチラリと凱斗の顔を見て頷いた。
あれから数分歩き辿り着いたのはあの日訪れた湖だった。
湖の向こう側には小さなテントがあり、明るく照らされていた。
そのテントの隣には一匹の食屍鬼が湖を眺めながら座っている。
「ただいま、お父さん。」
その食屍鬼にアンラが声をかけても食屍鬼は反応を示さなかった。
そんな食屍鬼を見たアンラとマナフはやれやれと呆れ顔をする。
「お父さん、お客さんもいるよ。臭いで気付くと思ったんだけど。」
アンラの言葉を聞いた食屍鬼は小さく鼻を動かすと、ピクリと体を震わせ顔を上げた。
凱斗を視界に捉えた食屍鬼は目を大きく見開く。
「お兄ちゃんには今から先生の事を診てもらう。邪魔しないでね、お父さん。」
アンラはそう言うと凱斗達に手招きをしてテントの中へと姿を消した。
マナフはテントの隣に座り込み、ジッと凱斗と桜庭を見つめた。
凱斗と桜庭はゆっくりとテントへと近付き、食屍鬼をチラリと見ると、食屍鬼は何か言いたげな顔をしたまま俯いてしまった。
「ちょっと、早く先生の怪我を見てよ。」
マナフは立ち上がりテントを指差す。
「凱斗さん、ここは一先ず言うことを聞きましょう。」
桜庭はそう言うとテントの中を覗き込んだ。




