04
桜庭は自室に戻り、そのまま深い眠りについた。
緑生い茂る原っぱの真ん中に幼い凱斗が立つ。
その隣には優しい眼差しで凱斗を見つめる男が立っている。
「燈龍さん……。」
桜庭はポツリと呟く。
憧れ敬った上司の姿を見るのはいつぶりだろう。
凱斗は目を輝かせニコニコと笑っていた。
目の前に立つ二人はとても幸せそうで、それを見つめる桜庭は懐かしくも悲しい気持ちになった。
凱斗は父にくっつき嬉しそうな顔を見せる。
父もそんな息子を見て嬉しそうに不器用に微笑む。
食屍鬼が現れなければ今も親子で微笑みあえていたのだろう。
そんな事を思いながら二人を見ていると、ビュウッと強く黒い風が吹き辺りは暗闇に覆われる。
緑は枯れくっつく親子は少しずつ離れて行く。
「お父さん!!!」
先程までニコニコと笑っていた凱斗から笑顔は消え、涙で顔を濡らし叫ぶ。
父も必死で手を伸ばすが、黒い風が父の体を覆いゆっくりゆっくりと引き離される。
桜庭は動こうとしても動けず、ただ黙ってその光景を見ることしか出来なかった。
「お父さん!嫌だ!行かないで!!置いていかないで!!!」
凱斗は必死に叫び、走って父に近付こうとするが距離は離れるばかりだった。
父を覆う黒い風はスッと父から離れると、一つの塊になり父の前に立つ。
その塊は少しずつ形を作り、ニタリと不気味な笑みを浮かべる。
体の自由を取り戻した父は目付きを鋭くし睨み付けるがその塊はニタリと笑ったまま父を見る。
「お父さん!お父さん!!」
凱斗は必死に父の元へと走る。
「凱斗!来るな!」
父は塊を睨みつけたままそう叫ぶと、凱斗は体をビクリとさせその場に立ち止まる。
塊はグリンと首を回転させ凱斗を見ると液体をボタボタと零す。
「イイ、ニオイ」
「貴様の相手は私だ!凱斗に手は出させないぞ!」
父は塊を目掛け拳を振り下ろす。
塊に拳が当たると「イタイ、イタイイタイ、イタイ」と叫び笑う。
「イタイ、タダキ、イタイタダキマッス」
塊はニタリとした口を大きく開き父の拳を目掛けて飛びかかる。
が、父は素早くそれを避ける。
避けられたことにより転がる塊は、不気味に笑いながら立ち上がる。
父は勢いをつけ塊に飛びかかるが、次は塊がそれを避け凱斗の方へと走る。
「凱斗!!」
父が振り返り叫ぶと、塊は凱斗の片腕を掴み持ち上げ、父に不気味な笑みを見せる。
「お父さん!痛いよ、助けてぇ!!」
泣く息子を見て父の目の色が変わる。
暗い闇に覆われ光を無くした眼を塊に向ける父の姿を見た桜庭は震えた。
「今の……今の凱斗さんと同じ眼……。」
父は力強く地面を蹴ると勢いよく塊に向かって走り出す。
塊は凱斗を掴んだ腕を大きく振りながら、自分の元へと向かってくる父を眺めていた。
凱斗は細い腕に掛かる体重に耐えきれず涙を流すが、自分を守ろうとしてくれる父の姿を捉え続けた。
「凱斗を離せ、化け物。」
父は凱斗を掴む塊の腕を掴むと、力を入れる。
「イタイ?イタイ、タイ、クナイ、イタクッナイッ!」
塊はパッと凱斗の腕を離すと凱斗にニタリと笑いかけもう片方の手を父の腹に突き刺した。
「カハッ…」
腹に突き刺さる手がゆっくりと引き抜かれると、父はその場に倒れ込む。
「ヨワイ、ヨワ、イネ」
うわぁっ!と泣き叫びながら父に覆い被さる凱斗の髪を掴み目を合わせる塊からは不気味な笑みは消えていた。
「凱斗さん!逃げて!」
桜庭は精一杯叫ぶが凱斗には聞こえていない。
「オトサン、ヨワ、イネ?ネ?」
凱斗は震え声を出せずに固まる。
「ホカ、ノヒトヨッリ、ツヨイ。デモッヨッワイ」
「ヲマエ、モット、ツッヨイ」
「ハヤック、タベ、タイッネ」
塊が凱斗の髪を離すとビュッと風が吹き怪しげな笑い声と共に姿を消した。
暗闇は晴れ枯れた緑は元気を取り戻した。
綺麗な原っぱの上に転がる父の亡骸を見つめる凱斗の目は闇に覆われたままだった。
「殺してやる……。」
ポツリと呟く幼い凱斗の目には紅い炎が灯り、黒く禍々しいオーラを纏う。
桜庭の目に映る凱斗の姿は、この数日でよく見かけた凱斗と同じ眼をしていた。
凱斗はそっと立ち上がると、遠くへ遠くへと歩いて行く。
動くことが出来ない桜庭はその姿を見送ることしか出来なかった。
凱斗の姿が見えなくなった時、ハッと目を覚ます。
ダラダラと汗を流し目覚めた桜庭は体を起こすと頭を抱えた。
「何故こんな夢を…あの殺られ方は猫八さんと同じ…?……脳裏にこびり付いた映像が夢として現れただけでしょう。」
桜庭はベッドからおりると着替えを取りだし浴場へと向かう。
太陽が少しだけ顔を出す。
「早い目覚めですね……。」
桜庭がハァとため息をつきながら廊下を歩いていると黒い影がサッと横切った。
桜庭はビクッと体を跳ねさせ目をパチパチとさせる。
「今のはいったい?」
桜庭は影が向かった先の廊下を覗くと、そこには誰も居なかった。
「夢のせいで幻覚が見えただけ、でしょうか?」
納得しきれていない様子で浴場の中へと入る。
桜庭が入浴を終え廊下へ出ると向かいの廊下を歩く凱斗が目に入った。
「凱斗さん?早い目覚めですね。」
桜庭は小走りで凱斗の元へと向かう。
「おはようございます!」
凱斗は背を向けたまま「おはよう。」と答えるとそのまま歩き続けた。
「今日はお早いお目覚めですね?」
凱斗は大きな欠伸をしながら頷く。
「腹が減って目が覚めた。たいして動きもしてねぇのに腹は減る。太るかもしれねぇな。」
もう一度大きな欠伸をする凱斗の後ろを桜庭は嬉しそうについて歩く。
「桜庭こそ朝風呂にしては時間早くないか?爺さんかよ。」
凱斗の言葉を聞いた桜庭は眉をキッと上げる。
「私はまだ爺さんと呼ばれるような年ではありませんよ!」
凱斗は「はいはい、ごめんごめん。」と笑いながら言った。
「何を笑っているのですか?!」
「バカお前、声がでけぇんだよ。隊員達が起きちゃうだろ。」
振り向き呆れた顔をしてそう言う凱斗を見てハッと口を押える。
凱斗はもう一度大きな欠伸をすると、クルリと方向転換し歩き出す。
桜庭も口を押えたまま凱斗に続いた。
「あんな夢を見た後だからでしょうか……凱斗さんが頼もしく見えますね。」
「ん?ごめん何?聞こえなかった。」
「えっ?!いや、なんでもないです。」
また声に出していたのか私は!と口に当てる手に力を入れる。
凱斗は首を傾げるとまた廊下をゆっくりと歩く。
太陽は顔を出し眩しく辺りを照らした。
桜庭の目に映るのは、太陽の光に照らされ綺麗に輝く銀髪を靡かせながら歩く男の後ろ姿。
夢で見た少年とは違い、程よく筋肉がつき、背中は広い。
でも、今の凱斗もあの黒いオーラを纏っているように見えた。
燈龍さんが私へ何か伝えようと見せたのかもしれない。凱斗は前より強くなった、そう伝えたいのでしょうか?
桜庭がそんなことを思っていると、凱斗が立ち止まり扉を開ける。
「お先にどうぞ。」
そう言ってこちらを向く凱斗はニコリと笑顔を見せ、扉の向こう側から射し込む光に照らされ全てが輝いて見えた。




