01
「平和ですね。」
食堂でくつろぐ凱斗に桜庭が声をかけた。
「あぁ。ここ数日食屍鬼に襲われる所か目撃情報すら上がってこねぇ。」
凱斗は新聞を広げ目を通したまま答えた。
「平和なのは良い事なのですが、急に大人しくされるとこの後暴れ出すのではないかと少し不安な気持ちになりますね。」
「大人しくする事で俺達が動かない、とでも思っているならそれはそれで好都合。
隊員達も仕上がっている。
会長からの号令が掛かれば直ぐにでも落としに行ける。」
新聞をテーブルの上に置き桜庭の方を向く凱斗の口元はニヤリと笑っていた。
「その時は私もお供させていただきますので。」
桜庭は膝を地につけると頭を下げた。
「俺達が望んだ世界はすぐそこにある。一緒に目指そう。」
凱斗は立ち上がりテーブルの上に置かれた新聞とグラスを手に取りシェフの元へと向かう。
「ご馳走様でした。」
カウンターにグラスを置いてシェフに声を掛けると、夕飯の準備をしていたシェフが振り返り頭を下げた。
凱斗はニコリと笑うと食堂を後にした。
凱斗は長い廊下をゆっくりと歩く。
すれ違う隊員達は汗をかき良い笑顔を見せ頭を下げる。
食屍鬼の目撃情報も無く警察からの協力要請もない今、隊員達は訓練に集中することが出来た。
まるでこれから戦う相手に立ち向かう為に力をつける時間を与えられているようだった。
歩く途中医務室の前を通りかかると少し開いた扉の中から麗華と瑠璃の笑い合う声が聞こえた。
凱斗はチラリと扉の方へと目をやるが歩みを止めることは無かった。
会議室の前につきドアノブに手を掛けた時、後ろからパタパタと走り近寄る足音が聞こえた。
振り返るとそこには桜庭が居て、大量の紙を抱えていた。
「今日は高山さんと会長からお話を伺える日。
私なりに纏めた情報もお伝えしようと思います。」
ニコニコと笑いそう言う桜庭を見て凱斗も笑う。
二人は会議室の中へと入り会長の到着を待った。
「凱斗さん。」
桜庭は折りたたみ式の小さな机を前に置き紙を並べる。
「何?」
凱斗は椅子の上で胡座をかきながらその様子を眺める。
「この前会長とお二人で話されていた事、お伺いしても宜しいですか?」
凱斗は少し首を傾げる。
「会長と二人で……あぁ、あれか。
桜庭が部屋の前で一人でボソボソ言ってた時か。」
桜庭はバッと凱斗の方を向き顔を赤くする。
「ははっ、そんな怖い顔するなよ。会長と研究者が来たら話すよ。」
凱斗はニヤニヤとしながらそう言うとブゥンと機械音が鳴った。
「こんにちは、凱斗。」
画面に映し出された会長が優しい表情を見せる。
「こんにちは、会長。」
凱斗もニコリと笑い返事をすると、もう一つの画面に白衣を着た女性が映った。
「初めまして。高山と申します。」
女性はそう言うと頭を下げ、それを見た桜庭も頭を下げる。
「此方は黒龍隊長の燈龍、私は黒龍幹部の桜庭と申します。」
桜庭は挨拶を済ませると凱斗の隣に座る。
凱斗は何も言わないまま女性をジィッと見つめた。
「どうした凱斗?そんなに見つめられると高山も緊張してしまうぞ。」
会長がそう言うと凱斗はふと目を逸らし会長の方へと視線を戻す。
「食屍鬼の研究者っていうからてっきり大橋みたいな不潔な見た目の人が来ると思ってたから、清潔感があって可愛い人が映って驚いた。」
凱斗の言葉を聞いた高山は少し恥ずかしそうに謙遜した。
「なんだ凱斗、一目惚れでもしたか?そうなら応援するぞ。」
会長が冗談交じりに笑って言うと、凱斗はジトッとした目で会長を見る。
「俺は特定の人は作らねぇの。
惚れるとかそういう気持ちもよく分かんねぇ。」
凱斗は机に並べられた紙を一枚手に取り「もういいから本題に入ろう。」と声を掛けると皆姿勢を正した。
「私が知っている事は高山からの研究報告だ。
前にも少し話したが今日は高山からきちんと説明してもらおうと思う。」
会長がそう言うと高山は、はい。と返事をし凱斗と桜庭を見る。
「まず始めに、黒龍の方達から提供された錠剤。
会長からお話は伺っているかと思いますが私からもう一度ご説明させていただきます。」
高山はファイルから紙を取り出し、説明を始めた。
「この錠剤は世間一般で言われる違法薬物ではありません。
しかし、医者から処方される薬とも違います。
研究した結果この薬はある成分を含んでいる事が分かりました。」
高山は手元の紙を一枚捲り続けた。
「私達研究者は食屍鬼を解剖し、同じ成分を採取する事に成功致しました。
私達の考えは、この薬を服用する事によって自らを食屍鬼に変化させるのではないか?と睨んでいます。」
凱斗は頭をポリポリとかきながら高山に問い掛けた。
「どうしてわざわざ食屍鬼になろうとする?」
高山は凱斗の質問に少し困った顔をしながら答える。
「服用した人物の考えまでは分かりません。
ですが、違法薬物とは違うと申し上げましたが……違法薬物と同じような作用をする成分も微量含まれていた事を考えると、違法薬物だと思い購入し服用した、と考えることも出来ます。」
凱斗はうーんと首を傾げながら口を開いた。
「購入者は違法薬物だと思い込んで大金払って購入し、服用して一時の高揚感を味わいながらも知らない内にジワジワと食屍鬼化していった?」
凱斗の言葉を聞いた高山は頷く。
「一体なんのためにそんな事を……。」
桜庭は眉をひそめながらポツリと呟く。
「桜庭、俺からお前に質問だ。」
凱斗がクルリと桜庭の方を見ると桜庭は目をパチパチとさせる。
「はい、なんでしょう?」
「食屍鬼に含まれる成分を薬として出すことが出来るのは次のうち誰でしょう?」
凱斗は右手の人差し指を立てる。
「1、研究者の高山。」
凱斗は右手の中指を立てる。
「2、研究者の大橋。」
凱斗は右手の薬指を立てる。
「3、俺たちが知らない研究者。」
凱斗は右手の小指を立てる。
「4、食屍鬼に関わる研究者では無い何者か。」
凱斗の指を見ながら桜庭は考える。
「この中の誰でも有り得るかと思いますが……高山さんはこうして研究報告をくれていますし、大橋さんも長年に渡り研究を続け協力してくれています。
なので3か4だと思います。」
凱斗は「なるほどね。」と言い画面へと視線を戻す。
桜庭は困惑しながら凱斗を見る。
「俺も誰とは言いきれないし協力をしてくれている高山は信用したい。が、大橋は別だ。
お前はもう忘れたか?俺達の前で命を奪われた猫八を預けたのは何処なのか。」
桜庭はハッとし画面を見る。
「まさか……大橋さんが…?」
会長は険しい顔をし、高山は黙って下を向く。
「仮に大橋さんがそうだとして……それは一体何の目的で?」
凱斗は目を閉じ小さく息を吐くとゆっくりと目を開け、鋭く冷たい視線を天に向けた。
「ここからは俺が猫八から聞いた話をする。」
会長と高山と桜庭は凱斗に注目した。
凱斗はあの時の会話を思い出す。
もう二度と戻れない日々が頭を巡る。
かけがえの無い大切な人が笑顔を向ける。
その笑顔を守れなかったあの時の情けない自分が脳裏に浮かぶ。
怒りで手を震わせるだけで、何も出来なかったあの時の自分を、真っ暗な世界へと落とす。
弱い俺はもう二度と戻ってこなくていい。
凱斗は大きく深呼吸をして、三人と目を合わせ、柔らかい表情を見せ口を開いた。




