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プツンと何かが切れる音がした。
ガタガタと音を立て何かが崩れ落ちた。
流れ落ちる雫と共に悲しみは去り、残ったのは強い怒りと憎しみだけだった。
凱斗は猫八を大事に抱えたまま隊員達の元に戻り、心配する隊員達に屋敷に戻ると伝え車の後部座席へと乗り込む。
屋敷から駆け付けた隊員達は凱斗が抱えるモノを見て言葉を失った。
凱斗を乗せた車は膝の上に猫八を乗せたまま屋敷へと向かう。
赤提灯が眩しく照らす屋敷の前には心配そうに立ち尽くす桜庭と隊員達が待っていた。
停車すると桜庭が走って後部座席のドアを開け、凱斗と抱えるモノを見て目を大きく見開いた。
凱斗は桜庭に声をかけることも無く、大事そうに抱えたまま静かに車から降りると屋敷へと向かい歩き出す。
待っていた隊員達は凱斗にかける言葉が見つからず、ただ黙って頭を下げることしか出来なかった。
屋敷へと入った凱斗は中央広間へ行くとそこに猫八を寝かせ、隣に寝転んだ。
手を大きく上へと伸ばすとそのままギュッと拳を作りそのまま下へとおろす。
ドンッと音を立て床にぶつかった拳は少し赤く染った。
凱斗の瞳に灯る光は無くなり、前よりも更に闇を深くした。
そんな凱斗の姿を遠くから見ていた桜庭は哀しそうな表情を浮かべその場を去った。
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猫八との再会を果たしたあの日から数日、凱斗は誰とも話すことなく訓練所で一人剣を振り続けた。
猫八は総龍会と白龍に引き取られ、研究者の高山の所へと連れて行かれた。
瑠璃は凱斗と桜庭の話を盗み聞きし、困らせてしまったと思い込み外に飛び出し、そこで食屍鬼と出会し猫八に助けられた。と桜庭に話した。
凱斗が話さない限り何の情報も得られないので桜庭はどうにかして話そうと試みたが、凱斗の瞳には何も映らず、声も届いていないようだった。
食堂にも行くことはなくなり、部屋の前に置かれた料理にも手をつけない凱斗は日が経つにつれ顔色を悪くしていった。
心配した桜庭が凱斗の部屋の中まで料理を運び凱斗の前に置くが、凱斗はそれをただボーッと見つめるだけで手をつけようとはせず、部屋には水が入っていたペットボトルが数本転がっていた。
桜庭がスプーンで料理をすくい凱斗の口元まで運ぶがそれでも食べようとはせず、スクリと立ち上がり訓練所へと向かう。
そんな日が一週間経った時、桜庭はいつものように剣を振る凱斗と話す事を試みようと訓練所のドアを開く。
だが、桜庭は凱斗の姿を見て声をかけることをやめた。
暗く暗く奥が見えない眼に光が灯り、ニヤリと口角を上げ笑いながら訓練用模型を切り刻むその姿は、今までよりも力強く正確に剣を振り下ろし、確実に仕留めていた。
訓練所の壁や床には所々血がついており、それは凱斗の血だとすぐに分かった。
床を蹴り上げ、そのまま壁に向かうと次は壁を力強く蹴り高く飛び上がる。
その蹴った場所が次々と赤く染る。
大きな剣を軽々しく扱い、まるで重さを感じていないような涼しい顔を見せる凱斗とあの日以来初めて目が合った。
桜庭が言葉を詰まらせていると、凱斗は剣をポンと肩に乗せトントンと叩きながら桜庭の方へと歩いてくる。
桜庭の目の前に立つと剣を収め深々と頭を下げた。
「心配かけた。ごめん。」
桜庭はあたふたとしながら凱斗に頭を上げるように言うと、凱斗は静かに頭を上げ桜庭をジッと見る。
「いえ、私や隊員達は大丈夫です。お気になさらないでください。……凱斗さんには伺いたい事がいくつかありますが……その前に食堂へ行ってもらえますか?シェフが料理を作ってお待ちですよ」
ニコリと笑う桜庭を見て凱斗もつられてニコリと笑った。
二人は食堂に向かい、桜庭の後に凱斗が食堂内へと入ると、シェフと食堂に居た隊員達は驚いた後喜んで凱斗を囲んだ。
シェフは張り切って次々と料理を出し、それを皆で分けて食べた。
ニコニコと笑いながら料理を頬張る凱斗を見て皆安心した表情を見せる。
食事を済ませ風呂に入り、凱斗と桜庭は会議室へと向かった。
凱斗の後ろを歩く桜庭は、前よりも逞しくなった背中をジッと見つめる。
会議室に付いた凱斗と桜庭は椅子に座り会長を待つ。
静まり返った空間で桜庭が何か話そうと必死に考えている時、先に言葉を投げかけたのは凱斗だった。
桜庭は凱斗の言葉を聞き、凱斗の顔をチラリと見る。
桜庭の瞳に映る黒龍隊長の姿は前よりも増した力強い黒いオーラを纏っており、口元は怪しく笑っていた。
会長が到着し凱斗の姿を見て目をぱちぱちとさせた。
凱斗は少しだけ会長と二人で話したいから五分程外で待っていて、と桜庭に言う。
桜庭は立ち上がり凱斗と会長に頭を下げると速やかに部屋を出た。
会議室の扉を閉め背を向けた桜庭はその場に座り込む。
「今までみたいに口だけじゃなく行動で示すから。
これから出会う食屍鬼は一匹残らず全部俺が殺す。
楽しみにしててくれ。」
凱斗に言われた言葉がグルグルと桜庭の頭の中を巡る。
「今までも、誰よりも頑張ってきたじゃないですか。
貴方って人はまたそうやって一人で抱え込んで……どれだけ闇を大きくすれば貴方の気は済むのですか?どれだけ抱え込めば気が済むのですか?
私は貴方を誰よりも近くでずっと見続けてきました。
日に日に逞しくなり、人から慕われ好かれてきた貴方を近くで見てきたんです。
誰よりも努力をして、それを周りに隠しながら生きてきたことを知っているのです。
貴方が誰よりも辛く悲しい思いをした事も知っているのです。
もしもここにいるのが私ではなく燈龍さん……お父様なら頼っていたのでしょうか?私では頼りないのでしょうか……?
今の貴方を見た燈龍さんなら、貴方に……凱斗さんにどんな言葉をかけるのでしょう?」
桜庭は手で顔を覆いながら小さく息を吐く。
「凱斗さん……貴方の覚悟しかと受け取りました。
私も更なる覚悟を決めこれからの明るい未来を貴方と共に迎えられる事を信じついていくのみ。
貴方の今のその姿は、私が憧れた貴方のお父様と瓜二つ。
凱斗さん、私は貴方の本当の笑顔が見たいのです。貴方が心から笑える日を早く迎えられるよう私にも頑張らせてください。」
桜庭はフゥと息を吐き、目をキリッとさせ立ち上がると同時に会議室の扉が開いた。




