06
暫く車を走らせると食屍鬼に出会すこともなく無事に森を抜けた。
車内は沈黙のまま光で照らされる街を抜けまた暗い道を進む。
「すっかり日が暮れたな。」
凱斗がそう言うと桜庭は外を見ながら「ここ数日一日が早くも遅くも感じます。」と呟いた。
凱斗は外を眺めたまま頷く。
車は黒龍の屋敷近くを通り過ぎそのまま総龍本部へと向かう。
「朝は隣で笑っていたやつがたった数時間後にはもう居ない。
俺は何をしているんだろうな、桜庭。」
山の中に薄らと見える赤い光を見つめ凱斗は桜庭に問い掛けるが、桜庭は言葉を詰まらす。
「今はちょっと弱ってる。……弱音を吐いてすまない。」
そう言う凱斗の声は少し震えていた。
桜庭は目を閉じ悲しみが溢れるのをぐっと堪える。
車はどんどんと進んで行き、総龍本部へと到着した。
凱斗達は助手にお礼を言い車を下りると、入り口に待機していた総龍隊員達に屋敷中央広間へ案内された。
凱斗達が隊員達と共に中央広間へ行くと、前列中央にある大きな椅子に座る会長がいた。
会長の瞳は暗く地面を見つめていたが、凱斗達が来た事に気付き顔を上げ笑顔を見せ「おかえり。無事でなにより。」と声を掛けた。
一瞬だけ見えた会長の暗い瞳に気付いたのは凱斗だけだった。
凱斗を先頭に隊員達は整列し、会長に挨拶をする。
会長は笑顔を崩さぬまま皆に座るように言うと、隊員達はゆっくりと腰を下ろした。
会長はゆっくりと立ち上がりマイクを手に取る。
「アビス地区に残った隊員達ももうすぐ帰ってくるだろう。
ひとまず君達にはお疲れ様、と伝えよう。」
隊員達は黙って頭を下げる。
「猫八の事は大橋から聞いた。
食屍鬼を相手にすると決めた猫八、それに君達全員自分の死を覚悟した上で挑んでいると思う。
今まではたまたま生き延びてこれた。
今回の事はとても残念に思うが、猫八はよくやったと褒めてやろう。」
会長はそう言うと少し上を向き鼻をすすり、隊員達は暗い表情のまま会長を見つめる。
「はは、すまない。年をとるとどうも涙脆くてな。困ったもんだ。」
震える声でそう言う会長の笑顔は涙で濡れる。
「私は総龍会の会長になってから、幾人の死を目の当たりにしてきた。
その度に悲しみに押しつぶされる。
だが、いつまでも泣いていたって何も変わらない。
それに命を落としたものはそんなことを望んではいないだろう。
泣いた後に言うのもなんだが、君達は今日沢山の後悔や悲しみを流し、明日からは猫八、それに命を落とした隊員達の分まで頑張ってもらいたい。」
会長はそう言うとマイクを置き椅子に座った。
隊員達は次々と声を上げ涙を流した。
食屍鬼に対して憎しみが膨れ上がり叫び泣く者。
その憎きモノから護れなかったと後悔する者。
猫八の優しさを思い出し寂しさに潰される者。
泣き疲れ寝ていた陽平は総龍会につき少し寝惚けながら広間へやってきたが、また声を上げ泣く。
桜庭は静かにハンカチで目元を押さえる。
凱斗は真っ直ぐ会長を見つめる。
凱斗の視線に気付いた会長は凱斗の方へ視線をやり身震いした。
「凱斗、お前……。」
会長は立ち上がると凱斗に駆け寄り強く抱き締めた。
「凱斗、凱斗、お前はなんて眼をするんだ…。」
会長に抱き締められてもビクともしない凱斗の頭を優しく撫でる。
「凱斗、数日屋敷でゆっくりしなさい。分かったな?」
会長がそう聞いても凱斗は返事も何もしないまま一点を見続けた。
その眼は今まで以上に漆黒に染まり中でゆらゆらと燃える怒りの炎は大きくなり瞳を覆う。
会長はあの時よりも怒りや憎しみを増した眼をする凱斗に不安を抱く。
「やっと落ち着いたのにな……食屍鬼はお前を狂わせる……。
私はお前が総龍会に入ってよかったのか?とまた疑問に思うよ……。」
会長は凱斗の頭を撫でながら呟いた。
暫くしてアビス地区に残っていた隊員達は皆無事に総龍会へと到着した。
猫八の死を受け入れられず、ずっと涙を流し続ける隊員達もいた。
その日隊員達は全員総龍会に泊まることになった。
「きちんと食べて、ゆっくり休みなさい。」
会長にそう言われた隊員達は食事をとるが中々喉を通らなかった。
凱斗はあの日から12年間過ごした部屋に閉じこもった。
そんな凱斗を桜庭は心配していたが、泣き疲れ眠り、魘され起きては泣くを繰り返す陽平をみるのに精一杯で凱斗の様子を見に行くことは出来なかった。
「猫八……どうしてだろうな、もうお前の笑顔が懐かしく思える。
また隣で笑って欲しい、そう思うよ。」
凱斗は窓際に座り空を眺める。
雲がなく綺麗に顔を出す月は凱斗の瞳には薄らとしか映らない。
「俺はなんの為に食屍鬼を倒している?」
「俺はあの日から何を護るために生きている?」
「俺は、誰を護れた?」
凱斗は月を眺めながら涙を流す。
「俺は、誰も護れない。」
「それは何故?」
「俺が弱いからだよ。ははは、俺は弱い。食屍鬼にも言われた。」
「俺は弱い。弱い。弱い。弱い弱い弱い。」
「じゃあ、どうすればいい?」
凱斗はサッと右手を上げると手のひらで月を隠しギュッと握る
「強くなってさ」
「全部、壊しちゃえばいいんだ。」
「ははは、自分が壊れるよりも早く、早く早く早く、相手を壊せば…護れんだろ?」
「俺と食屍鬼、先に壊れるのはどっちだろうなぁ?」
凱斗はゴロンと寝転がり、天井を見上げながら笑う。
その笑い声は地の底から姿を現した悪魔のような笑い声だった。
陽平を布団の上に寝かせ、凱斗の様子を見に来た桜庭と一緒に来た会長は扉の前で全身に鳥肌を立てた。
「桜庭、凱斗はまたあの時の凱斗に戻ってしまった。
……いや、元から変わってはいなかったのかもしれんな。
私達に心配をかけぬよう押し殺していただけなのかもしれん。
あの子は自分を押し殺す所があるから……。」
会長と桜庭は静かに凱斗の部屋から離れる。
「はい。
サルワで出会した食屍鬼……あの辺から凱斗さんの情緒は不安定になりだしました。
そこから畳み掛けるように周りにおこった不幸。
一気に崩れてしまったのかもしれません。」
桜庭は暗い声でそう言うとチラリと凱斗の部屋の方へと目をやる。
「暫く凱斗をアビス地区から離そう。
落ち着くまで屋敷でゆっくり過ごさせてやってくれ。」
会長は桜庭の肩をポンポンと叩くと、自室へと入っていく。
桜庭は扉が閉まる音が聞こえても暫く深く頭を下げ続けた。
翌日の朝。
総龍会広間にはアビスへ出向いた隊員達全員が集められ、帰る支度をしていた。
白龍隊員達は猫八の骨を受け取りに行く、と会長に挨拶を済ませ総龍会を後にした。
黒龍隊員達は桜庭と帰る準備をし、顔を出さない凱斗を待つ。
が、5分、10分、30分と経っても凱斗は姿を現さなかった。
「まだ寝ているのでしょうか?少し様子を見てきますね。」
桜庭はそう言うと広間を後にし凱斗の部屋へと向かう。
疲れのあまり寝坊しているのだろう。
そう思い部屋へ向かい、扉を前にして深く深呼吸をしてノックをする。
返事は無い。
もう一度ノックをするが返事はかえってこない。
「凱斗さん、そろそろ出ますよ。失礼しますね。」
桜庭はそう言いドアノブに手をかけゆっくりと開く。
「凱斗さん、起きてくださ──」
桜庭は部屋の中の光景を目の当たりにし言葉を詰まらせた
「凱斗…さん…?」
桜庭は目をカッと見開き、赤く染る地に転がる凱斗の元へと駆け寄り、外に向かって叫ぶ。
「誰か!医師を!!医師を呼んでください!!!
凱斗さん!凱斗さん!!」
凱斗からは返事は無く、少し微笑んだまま目を閉じていた。
桜庭は凱斗の頭を起こし自分の膝の上に乗せ名前を叫び続ける。
桜庭の声を聞きつけ部屋に駆けつけた隊員は慌てて医務室へと走る。
「凱斗さん、貴方は何故いつも私達を頼らないのですか?
凱斗さん…私は貴方にとって頼りない部下ですか?」
桜庭はそう言い、凱斗の頬に一粒の涙を落とした。




