04
「すまないが凱斗、少し席を外してもらえるか?
夕飯もまだだと聞いている。
扉の前に立つ男に食堂へ連れて行ってもらいなさい。」
会長の言葉を聞き、凱斗は父の顔を見る。
父は「行きなさい。」とだけ言い、会長へと目線を戻す。
凱斗は立ち上がり、頭を下げて扉を開き外に出ると真横に黒スーツの男が立っていた。
「凱斗さん、此方です。」
男はそう言うとゆっくりと歩き出す。
その後ろを黙ってついて行く凱斗。
どこまで繋がっているのだろう?と思える程に長い長い廊下を歩く。
何度か曲がり進んだ先にある扉の前で男が立ち止まり、ゆっくりと扉を開き「どうぞ。」と凱斗に声を掛けた。
扉の先には幾つかのテーブルと椅子が並んでおり、凱斗は好きな所へ座るように言われると、一番端の椅子を引く。
「すぐに料理を運ばせます。少しお待ちください。」
男がそう言い奥の扉を開き声を掛けると、白いエプロンを身に纏う女性と男性が次々と温かい料理を運んでくる。
「温かいうちにお召し上がりください。」
男は凱斗の斜め後ろに立ち声を掛ける。
凱斗は目の前に置かれる美味しそうな料理を目にしても、手をつけようとはしなかった。
「凱斗さん、どうなされました?嫌いな物でもございましたか?」
男の問い掛けを聞いた凱斗は振り向きゆっくりと口を開く。
「ごめんなさい。今は何だか食欲が無くて。」
凱斗はそう言うと俯いてしまった。
そんな凱斗の姿を見た男は胸元に付けている小さなマイクに向かって小声で何かを言う。
耳を押え、何度か頷いた後に凱斗の隣へと立つ。
「承知致しました。
食欲が湧いたらまた声を掛けてください。
いつでもご用意させて頂きますので。
では、凱斗さんが暮らすお部屋へとご案内させていただきます。」
男はそう言うと、凱斗が座る椅子をゆっくりと引き、手を差し伸べる。
凱斗は遠慮がちに男の手を取り立ち上がった。
また長い廊下を歩く。
廊下沿いにある庭園は綺麗に整えられており、綺麗な水が張った池の中には美しい魚が泳いでいた。
少し歩いた先で男が立ち止まると、ある部屋の扉を開く。
「此方が今日から凱斗さんが生活をされる部屋となります。」
凱斗はゆっくりと部屋の中を覗き込む。
綺麗に掃除された部屋。
八歳の少年一人に対しては少し広すぎる。
「ここでお父さんと?」
凱斗が男に問いかけると男はにこっと優しく微笑み、膝をつけ凱斗の目線と自分の目線を合わせる。
「燈龍さ…お父様と一緒の部屋ではございません。
此方の部屋は凱斗さん一人の部屋です。」
男の言葉を聞いた凱斗はまた少し俯く。
「お父さんは別の部屋なの?一緒じゃだめなの?」
少し声を震わせ問いかける。
「同室、という訳にはいきません。
お父様はこれからお仕事で多忙の身となられます。
お父様の分まで私達が凱斗さんの身の回りのお世話をさせて頂きますので、少し我慢して頂きたい。」
男はそういうと立ち上がり、凱斗に部屋の中へと入るように声を掛ける。
凱斗はギュッと唇を噛み締め、部屋の中へと入った。
「凱斗さんの荷物を受け取ってまいりますので、暫くお待ちください。」
男はそう言うと部屋を後にする。
足音がどんどん遠ざかる。
凱斗は部屋の真ん中にあるソファーに腰を掛け、背もたれに身を委ねた。
天井を見つめる凱斗の目に光は無く、ただ無の状態であった。
暫くすると、コンコンとノック音がし、凱斗はハッとし扉の方へと視線をやると、大きなカバンを持った男と父が立っていた。
「お父さん!」
凱斗は立ち上がると父へと抱きつく。
「お父さん!お父さんの部屋はどこ?遊びに行ってもいい?」
凱斗は瞳に少し光を取り戻し、父に問う。
父は「隣の部屋だ。いつでも来ていいよ。」と言って凱斗を強く抱きしめた。
「今日!今日一緒に寝てくれる?」
凱斗は続けて言葉を投げかけるが、父はゆっくりと凱斗を離し首を横に振る。
「今日はダメだ。
駐車場に待たせている警察と共に今から現場へ向かう。
帰りは朝になるだろう。
だから凱斗は先に寝ていなさい。」
父の言葉を聞いた凱斗は、一歩、また一歩と後ろへ下がりそのままソファーに座った。
「そっか…分かった。」
凱斗は小さな声でそう言うと、父に笑顔を向ける。
「なるべく早く帰ってきてね!」
父は凱斗の顔を見て言葉を聞き、静かに頷く。
「迷惑をかける。帰るまで凱斗を頼む。」
父が男にそう言い部屋を出ると、男は慌てて頭を下げた。
凱斗は、何か言いたげな表情で父の背中を見送る。
「凱斗さんのお荷物は此方に置いておきますね。
残りはまた私が取りに行きますので、必要な物等があればメモに書いておいていただけると助かります。」
男はソファーの横にカバンを置き、部屋の角の机の上からメモとペンを取り、ソファー前のテーブルの上に置いた。
「では、私は一度部屋を出ますが何かあればお呼びください。」
そう言うと男は小さなマイクと耳に取りつけるイヤホンをテーブルの上に置く。
「このイヤホンを耳に装着し、このマイクの横についているボタンを押した状態でお話ください。」
凱斗はゆっくりと頷く。
そんな凱斗の姿を見た男は頭を下げて部屋を後にした。
初めての部屋。
広くて静まり返ったその空間に一人取り残された凱斗は、ソファーにゴロンと横になりまた天を見上げる。
「お母さんと香夜と最後にした会話は何だっけ?」
ゆっくりと目を瞑る。
「ああ、そうだ。
今日は珍しくお父さんが早くに帰ってきたから家族みんなで夕飯を食べられるね、って。」
凱斗は手を天井に向かって伸ばす。
「買い忘れがあるから、スーパーに行くって。
香夜もついて行くって…俺はお父さんと居ることを選んだんだ。」
ゆっりと目を開け、天井を見つめる。
「行ってきます、行ってらっしゃい。」
凱斗の視界が少しずつ歪み出す。
「行ってきますって言ったんだから!帰ってきてよ!!」
凱斗は声を荒らげる。
「置いていかないでよ、お母さん。香夜。
……会いたいよ。」
上に突き上げた手を顔の前へと持ってきて、両手で顔を覆う。
「誰が?どうして?なんで?お母さんと香夜が何したって言うんだよ!!!」
認めたくない事実を察していた凱斗は、堪えていた気持ちが溢れ出る事を止められないでいた。
「帰ってきて…お母さん、香夜…。」
凱斗は大きく声を上げて涙を零した。
その声は部屋から外へと響いており、その声を聞いた者達は皆、悲しみの欠片を零した。




