06
やっぱりこの身体じゃ無理がある。
せめて今の俺の姿であれば、届きうる距離だった。
「ゥア、アァアァァアアァアアア」
首をカタカタと鳴らしながら声を発する奴を見て、話せないという事に気付く。
お父さんが俺の傍に来ると俺を抱える。その手は震えていた。
「凱斗、お前……。」
お父さんが俺を見るその眼は悲しみと怒りと困惑が混ざった眼だった。
「おに…ちゃ……パァ…パ……?」
俺とお父さんは食屍鬼に抱えられ、弱々しく言葉を発する香夜を見る。
香夜はボーッとした表情をしていたが、チラリとお母さんの方を見て目を大きく見開き叫び暴れる。
「いやだ!いやだー!怖いよー!お兄ちゃん!パパァ!!」
泣きながら叫び暴れる香夜を見て、お父さんは俺を下におろすと勢いを付けて食屍鬼に向かって走り出す。
が、お父さんの怒りに包まれた拳がソイツに当たるよりも先に、香夜の首が地に転がる方が早かった。
自分の足元に転がってくる香夜の首を見て、お父さんはその場に座り込み泣き叫んだ。
その姿を見た隊員達は、ウオオオオオ!と叫びながらソイツに向かっていくが、ソイツはニタリと笑ったまま交わしていき、俺の隣に立つ。
「凱斗!!!」
それに気付いたお父さんが俺の方を見て叫ぶ。
俺は死を覚悟した。
ゆっくりと俺の耳元に顔を近づけるソイツから漂う悪臭は増しており、手に抱えた俺の愛しい人の身体を引きちぎる。
俺は座ったままお父さんを見つめる。
お父さんじゃなくて俺が死ぬなら、それでいい。
俺はお父さんに微笑み目を閉じる。
お父さんは立ち上がろうとするが、足に力が入らないのか中々立つことが出来ないでいた。
俺の耳の真横にソイツの口があるのが分かる。
殺すはずが殺される、なんて情けないんだ。
「オ……オオ……オィシ」
グヂュグヂュと音を立てそう言うと、奴は草の中へと姿を消した。
なんだ…?俺の事は喰わないのか?
俺は奴が近付いた方を見ると、肩には零れた血液が付いており、お母さんの姿も無くなっていた。
お父さんは足に力を入れ立ち上がると俺の方に来ようと一歩、また一歩とゆっくり進む。
食屍鬼が居なくなったことにより隊員達は震えを抑えながら捜索を開始し、桜庭は何処かへと電話をかけていた。
会長に報告か応援を呼んでいるのだろう。
俺はそんなことを考え、ボーッと桜庭からお父さんの方へと視線を戻すと共に俺の前には赤い雨が降り出した。
「ヒヒヒヒヒヒ!!!!」
涙を流しながら俺の元へと向かってくれていたお父さんが、奇妙な笑い声が聞こえると同時にドサリと音を立てて俺の前に倒れ込む。
その手には大事そうに香夜の首が抱えられていた。
「お父さん……?」
俺はお父さんへ目をやるが、そこにお父さんの顔は無く、ドロドロと流れる赤黒いモノを見ることしか出来なかった。
俺の心はもう音を立てることも無い。
ボーッと目線をあげると、先程とは違う食屍鬼がお父さんの顔に噛み付いていた。
ああ、また。また護れなかった。また。俺のせいで。護れない。俺は弱い。俺が悪い。ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「ヒャアッ!オイッシィ!!オイシイッッネェエエ?」
奴はお父さんの顔をむしゃむしゃと口に含む度、美味しい、美味しいと声に出す。
桜庭は携帯電話を落とし、その場に座り込んでいた。
涙が溢れ、体の震えは止まらず、奴を見ることしか出来ない。
俺はもうどうでもいい。
出来れば俺の事を喰って欲しい。
俺も家族の元へ行きたい。
また香夜と遊びたい、お母さんの料理を食べたい、お父さんから色んな話を聞きたい。
頼むから、俺を喰ってくれ。
俺はまたお父さんと香夜へと視線を移す。
「俺もすぐに行くね。ごめんね。」
俺は涙を一筋流し目を閉じた。
もう戦うつもりは無い。このまま全て終わりにしよう。
そう思っていると「ニゲ…ロ」と声が聞こえた。
目を開けると、さっきまで美味しい美味しいと声を出していた食屍鬼が頭を抱えながら地団駄を踏んでいた。
「オイシアッァアアア!!オィッシッシシッカカッ!!カイッカカカカカッカイッカイットットトト!!!」
頭を振りながら俺の名を呼ぶ食屍鬼を見て俺は目を見開く。
泣き震えていた桜庭も険しい顔をして食屍鬼を見ていた。
「ニゲッ!ニゲッロ!!カカカカカッ!カイットットトト!!イキッッロ!」
食屍鬼はそう言うと、ギャアアアアと叫びながら暗闇の中へと走り去り、姿を消した。
逃げろ?凱斗?生きろ?
何故食屍鬼が俺にそんな事を?
俺は食われかけのお父さんの顔を見つめながら考えていると、視界が段々と暗くなっていった。
──────────────
「……ん!」
「香夜?」
「……さん!」
「どうした、香夜?お兄ちゃんと遊ぶか?」
「凱斗さん!!!!!!!」
耳元で大声で名を叫ばれて凱斗はハッと目を覚ます。
「やっと起きたー!」
「疲れているんですね……。」
後ろから女の人の声が聞こえ、身体を起こして振り返る。
「ぎゃっ!何急に…ビックリした…。」
そこに立っていたのは麗華と瑠璃だった。
「お母さんと香夜…じゃないか……。」
凱斗が小さく呟くと、麗華と瑠璃は顔を見合せた。
「凱斗さん……どうぞ。」
声がする方を向くとハンカチを差し出す桜庭が立っていた。
桜庭の顔を見ると、凱斗の目からは涙が溢れた。
そんな凱斗の姿を見て「寝ながら泣いて、起きても泣いて…私なりに察しているつもりです。凱斗さん今日はゆっくり休みましょう。アビスには私たちが先に向かいます。後から来てください」と桜庭は言う。
「寝ながら…?……あれは全部夢か。……夢?」
凱斗は桜庭からハンカチを受け取り、涙を拭き立ち上がると窓辺へと向かい、空を見上げる。
「やけにリアルで胸糞悪い夢だったな……。」
凱斗は空に輝く三つの星を眺めながら呟いた。
そんな凱斗の様子を桜庭達は心配そうに見ていた。
凱斗は皆に心配されながら少しだけ夕飯を食べると自室へと戻りベッドにごろんと寝転ぶ。
「あー…変な気持ちだ。夢とは思えない程…臭いも手触りもリアルだった。」
凱斗は天井を見つめながら手を伸ばす。
「手が届きそうだったのにな…護れねぇし殺れねぇし。」
そのまま少しボーッと天井を見つめる。
「顔が本当の化け物みたいだったな。あれが本来の姿…なんて事ねぇか。さて、と……少し話してみるかなー。」
凱斗は身体を起こし携帯電話を手に取り耳にあてる。
「……あ、もしもし会長?今ちょっといい?」
凱斗はベッドからおりてソファーへと移動する。
ヨイショと腰をかけるとタバコに手を伸ばし火をつけた。
「どうしたこんな時間に?」
凱斗は白い煙を吐き笑う。
「ガキくせぇんだけど…怖い夢見ちゃって。」
へへ、と笑いながらそう言うと、会長も笑う。
「珍しいな?それはどんな夢なんだ?」
「お父さんとお母さんと香夜が出てきて、食屍鬼も出てきた。あと桜庭。会長は声だけ。」
凱斗がそう言うと会長は口を閉じた。
「結果的に俺はまた誰一人護れなかった。
あの時と違って食屍鬼の事を知っているのにもかかわらず、護れなかった。」
「そうか…それはまた酷な夢を……。サルワに続きアビスの件もあったし疲れたんだろう。」
会長はそう言うとまた黙る。
「ま、すげぇ悔しいしつらいけど…夢だし割り切るけどさ。
それより俺さ、夢の中であの時と違った行動起こしたんだよね。」
「あの時と違った行動?」
「そう。
お母さんと香夜が出ていくのを止めてみたり。結局買い物に出ちゃったけど。
……それからお父さんを説得して、俺は総龍を知ってる!食屍鬼っていう化け物が総龍達の敵になる!って。
会長に電話して隊員を呼んでくれーって言ったら、最初は断られたけど結局会長に電話しててさ。」
凱斗が少し笑うと、会長も笑う。
「燈龍はああ見えて子に甘い部分があったからなぁ。」
笑いながらそう言う会長の声は少し寂しそうだった。
「そんでー、会長と話したわけ。
今よりちょっと若い声してたよ。あの時と同じ声だった。覚えてるもんなんだな。」
「私は今でも若いと思うが?」
会長がそう言うと「はいはい。」と流す。
「俺が食屍鬼の事を知ってるのに驚いてて、会長は数十年前に一回見たことがあって、その時自分の仲間を喰ってる最中だったから後ろから簡単に殺れたって。
それから警戒態勢に入ったけど姿を現してないとか言ってたな。」
凱斗がそう言うと、会長は「え?」と言う。
「いや、だから……」
「私が食屍鬼と出会した事がある、と凱斗に話した事あったか?」
会長の言葉を聞き凱斗は目をパチパチとさせた。
「いや、無いけど。もしかして本当に会ったことあるの?」
凱斗はテーブルの上にある灰皿にタバコを押し付け、隅にある小さな冷蔵庫から水を取り出す。
「ああ、それも…そのシチュエーションと同じだ。
目の前で仲間が喰われていた。私は後ろから食屍鬼を殺した。」
会長は真剣な声をしてそう言うと、また黙ってしまった。
凱斗は水が入ったペットボトルの蓋を開け口に含むと、ゴキュッと音を鳴らせて流し込む。
「俺が夢の中で聞いた会長の話は現実でおこった事だった……とすれば俺が見た食屍鬼ももしかして現実に存在した…?」
凱斗がうーんと考え込んでいると、会長が「どんな食屍鬼だ?」と聞いた。
「一匹は顔がドロドロしていて本当に化け物みたいな見た目で、お母さんを喰って香夜の首を落とした。
話せない様子だったが、俺の耳元でオイシって言ってお母さんの遺体と香夜の身体と一緒に姿を消した。
もう一匹は、食屍鬼に接近された俺の元にこようとしてるお父さんの首をちぎって…そのままお父さんの顔にかぶりついていたな。
ソイツは多分元々話せる……あ、そうだ。ソイツがお父さんの顔を喰ってから俺の名前を呼んで、逃げろ生きろって言ったんだよ。そこで目が覚めた。」
凱斗の話を聞き、会長がゆっくりと口を開く。
「凱斗、この話大橋にしてみよう。もしかすると…存在するかもしれない。」
会長の言葉を聞いた凱斗は小さく頷いて「会長が話してね、俺アイツ嫌いだから。」と笑う。
凱斗と会長はそれ以上夢の話には触れなかった。
二人は暫く談笑した後、アビスの打ち合わせをして電話を切る。
凱斗は携帯電話をテーブルの上に置き、ベッドにダイブする。
「寝たくねぇけどねみぃな……。」
そう呟いて少しすると、凱斗の部屋には寝息だけがひびいていた。




