05
少しするとカチャリと音を立ててリビングと廊下を繋ぐ扉が開かれた。
「凱斗、電話だ。」
俺はゆっくりとお父さんの方を見て、目の前に突き出された携帯電話を手に取る。
「もしもし……。」
電話の相手は誰なのか、声を聞いて直ぐにわかった。
「もしもし。凱斗くん、だったかな?」
「会長……。」
聞き慣れた声に少し気持ちが落ち着く。
「お父さんから話は聞いた。
食屍鬼…まさか幼い君からその名を聞くとは……。」
会長は一つ咳払いをする。
「食屍鬼という名を知る者は余りいない。
知る者の中には昔話に出てくる妖怪だと思う人も少なくは無い。
実際奴らが人を喰う姿は今は見られていない。」
「今は?」
「あぁ。
むかーし、むかし私がまだ若い頃に食屍鬼が出た事があるが、ソイツを見つけた時私の仲間を食している最中でな、あっさりと後ろから殺る事が出来た。
それから警戒態勢に入ったがあれから数十年、奴らを見たことは無い。
見た目が普通の人間と変わらないという事位しか食屍鬼については明かされていない。」
俺は会長の話を黙って聞いた。
「だからね凱斗くん、君が言っている事───」
ああ、信じてもらえないか。
俺は目を伏せ俯く。
「信じるよ。」
俺は会長から発せられた言葉に耳を疑った。
「実際私も見た事がある。すぐに隊員達を送り込もう。」
会長はそう言うと、お父さんに代わるように言ってきた。
俺はお父さんに携帯電話を渡す。
受け取ったお父さんは少し話した後ビックリしたような顔をして、二度、三度と頭を下げた。
電話を切り、お父さんが俺の前に座る。
「お前の豹変ぶりに少し疑問を持ってな、会長に一度電話をかけてみた。
食屍鬼というワードを出すと会長は驚きながら少し話をしてくれたよ。
凱斗、お父さんは今からお母さんと香夜を迎えに行ってくる。」
お父さんはそう言うと立ち上がり車の鍵を手にする。
「俺も行く。」
お父さんは俺の顔を覗き込む。
「もし食屍鬼が現れたらどうするんだ?」
俺はジトっとお父さんの目を見る。
「殺すよ。」
俺の言葉を聞いたお父さんは目を大きく見開いた。
「凱斗、お前どうしちゃったんだよ…。」
あの頃の俺しか知らないお父さんからすれば、今の俺を息子だとは信じ難いのかもしれない。
でも、俺は俺。
次こそは必ず、護る。
──────────────
お父さんと車に乗りこみ、俺は窓を開けた。
「車から出ない、約束は守れよ。」
エンジンをかけ車を走らすお父さんにそう言われ俺は「はぁい」と返事をしたが、守る気なんて無い。
見つけ次第殺す。今ここで仕留めれば、被害者は出ずに済むかもしれない。
俺は鼻をヒクヒクとさせ臭いをかぐ。
だが、特に悪臭がする訳でもなくスーパーへと辿り着いた。
「お母さん達は中かな?」
お父さんはそう言うと駐車場に入ろうとするが、総龍会がある方の道から総龍隊員がこちらに向かってくる姿を捉え、駐車場に入ろうとするお父さんを止めた。
「お父さん、総龍隊員達だ。」
俺がそう言うとお父さんは車を少し走らせ、隊員達の横に車を停め降りる。
「急にすまない。」
お父さんがそう言うと隊員達は頭を下げる。
「特に何も無いとは思うが……。」
お父さんの言葉を聞き、隊員達は顔を上げた。
「会長と燈龍さんの頼みならば私達は何でもしますよ。」
声を聞き桜庭だと直ぐに気がついた。
今より少し声が若いな。
そう考えながら俺が車から降りようとドアに手を掛けた時、脇道の方から悲鳴が聞こえた。
その声を聞きすぐに車を降りた俺をお父さんが睨みつける。
「凱斗、約束はどうした?」
その眼はまるで悪人を見るかのような冷たい眼だった。
桜庭は「燈龍さんは息子さんの傍に!」と叫び隊員達を引き連れ悲鳴が聞こえた方へと走る。
お父さんは冷たい眼をしながらも、ソワソワとしていた。
今ならわかるよ、お父さん。
これが自分の家族が関わっていない事だとしても、危険があるかもしれない場所へ向かう部下達を黙って見送るなんて出来ねぇよな。
俺は悲鳴が聞こえた方へ視線を送る。
伸びきった草が生い茂り、香夜程の大きさなら外からは見えないだろう。
スーパーから少し行った所……俺が総龍会へ連れていかれる時に見た青い何かがあった場所。
あの声は間違いなくお母さんの声。
お父さんも気付いているだろう。
だが、俺がいる事によってお父さんは向こうへ行けない。
ならこうするしかねぇよな。
俺はお父さんに捕まる覚悟で地を蹴り走り出す。
「待ちなさい!」
お父さんが叫びながら後を追いかけてくるが、草に邪魔され中々俺に近づけないでいた。
俺は草を掻き分け進んでいく。
総龍隊員達は姿を見つけることが出来ないのか「返事をしてください!」と言いながらウロウロしている。
俺は鼻をヒクヒクとさせる。
僅かに悪臭がした。
これは食屍鬼の臭い。奴がいる。一番この手で殺してやりたいと思い続けてきた奴が。
俺は臭いを頼りに歩く。
奥へ奥へと向かう。
足元を見ると、赤黒い何かが葉っぱに付いている。
悲しい事に見慣れてしまったソレが、自分の家族のモノかと思うと怒りが増した。
臭いが強くなっていく。すぐそこに居る。
武器も持たず子供の身体でどう攻めればいい?力で殺れるか?そう考えながら歩みを進めると
グヂュ
嫌な音が聞こえた。
俺は一気に走り出し、奴が居る場所を目指した。
少し走ると、奴の姿を捉えた。
ソイツの周りを覆うように長い長い草が生え、ソイツが居る場所だけ綺麗に草が刈り取られていた。
グヂュ グヂュ グチャ ジュルジュル
嫌な臭いを放ち嫌な音を立てるソイツは俺に背を向けたまま。
俺はそいつの影から顔を出す見覚えのある鞄を視界に捉えると、また俺の中で何かが崩れる音がした。
「よぉ、会いたかったぜ。」
俺は指の骨を鳴らしソイツに声を掛けるが、ソイツは俺に見向きもせず音を立て続ける。
「おい、聞いてんのか?」
もう一度声を掛けるが、変わらず音を立てるだけだった。
俺はソイツに狙いを定める。
蹴りでどうにか出来ねぇか?一先ずお母さんと香夜から離れさせたい。
俺は大きく息を吸い地を蹴ろうとした時。
「凱斗!凱斗!何処だ?!返事をしてくれ!」
遠くからお父さんの声が聞こえる。
ガサガサと草を掻き分けこちらに向かう音がする
それは一人じゃなく数人。
お父さんと隊員達の方が力がある。
食屍鬼を初めて見るであろう人達が立ち向かえるかは分からないが、今の俺一人で殺れるとも言いきれない。
「お父さん!ここに!食屍鬼が!!!」
俺は長い草を一つ抜き、それをブンブンと振る。
それに気付いたお父さんと隊員達は走って俺の方に来た。
食屍鬼は相変わらず音を立てるだけで此方に興味を示さない。
「これ…は……。」
俺の元へきたお父さんは食屍鬼を目の当たりにして目を大きく見開く。
それに続いて来た隊員達も言葉を失った。
「お母さんと香夜が喰われ尽くす前に早く!!」
俺がそう叫ぶと隊員達が構える。
この時代まだ剣を持つなんて事はしていなかった。
今使える武器は己の体しか無い。
お父さんは暗くジトリとした目で食屍鬼を捉え一気に走り出すが、今まで此方に興味を示さなかった食屍鬼が何かを抱えてサッと横に移動する。
ソイツがその場から立ち上がったことにより明かされる現実。
顔の半分を失い、上半身を縦に引き裂かれ、その横に齧りかけの足が添えられている。
「祥子……。」
お父さんは立ち止まり、固まる。
隊員達もその場に固まる。
俺はゆっくりと食屍鬼の方を見るとソイツは香夜を抱えて此方を見ていた。
その食屍鬼の顔は辛うじて目玉と口があることは分かるが他の部分はドロドロと溶けており、顔の神経がチラリと見えていた。
「………ちゃ……。」
俺の耳に届いたそのか弱い声は香夜の声。
まだ生きている。気を失っていただけなのだろう。怪我もしている様子はない。
お母さんはまた護れなかった、でも香夜は……。
俺は一度目を閉じて深呼吸をし、食屍鬼を睨みつける。
隣に立っていた桜庭が少し目を大きくし、身体を震わせた。
「凱斗、お前…その目……。」
悲しみを零していたお父さんが俺の目を見て、零すことを辞める。
「今の俺は……あの時何も知らず何も出来なかった俺じゃねぇ。お前だけは絶対にこの手で殺してやる。」
俺は剣を構える姿勢を取り、狙いを定めて一気に走り、高く、高く、飛びあがる。
今剣は持っていない。その代わり、この腕くれてやる。
「死ねぇえええ!!!!!」
俺は拳を作り力を入れ降り掛かるが、食屍鬼はニタァと嫌な笑みを浮かべ軽々しく避けてみせた。




