09
「お邪魔します。」
隊員達は控えめにそう言うと、靴を脱ぎ揃える。
家の中は昼とは思えぬ程に薄暗く、少しジメジメとしていた。
「食屍鬼に見つからないように、電気は最低限しか付けていなくて、窓を開けたりもしないので少し居心地は悪いかもしれません。ごめんなさい。」
女の子はそう言うと廊下を歩き奥の扉を開く。
「どうぞ。」
女の子は笑顔を向ける。
隊員達はゆっくりと部屋へ足を踏み入れる。
最後に陽平が部屋の中に入ると、静かに扉は閉められ女の子はキッチンへと向かった。
その部屋はリビングで、少し埃っぽい部屋だった。
「好きなところに座って待っていてください。今お茶を用意します。」
女の子がカチャカチャと音を立て食器棚からカップを取り出しながら言うと、隊員達は遠慮がちにテーブルを囲うように床へと座った。
陽平は少し辺りを見回す。
最低限の家具が置かれ、家具は埃をかぶっているがゴミがある訳でもない。
両親が帰ってこないと言っていたがここに一人でどれくらいの期間住んでいるのだろう?
陽平はチラリと女の子の方を見ると、女の子は少し口元を緩ませながらお茶の準備をしていた。
その女の子を見て陽平は少し不安になった。
「陽平、座れよ。」
隊員の一人にそう言われ陽平はゆっくりと腰をおろす。
カチャカチャと音を立てながらおぼんを手に持ちこちらに来る女の子。
「紅茶、なんですけど。飲めますか?」
女の子はそう言いながら隊員達の前に一つずつカップを並べていく。
隊員達は、ありがとうと言いながら受け取る。
「どうぞ。」
最後に陽平の前にカップが置かれた。
「ありがとう。」
陽平はそのカップには手をつけず、女の子にニコリと笑いかける。
隊員達は皆一口ずつ口に含む。
「美味い!」
「シェフが用意してくれる紅茶より美味いんじゃないか?」
「そんなこと言ったら怒られるぞ。」
隊員達は笑いながら話す。
その様子をニコニコと陽平も聞いていた。
女の子もニコニコとしながら端の方へ座る。
「お口に合って良かったです。」
女の子がそう言うと、隊員達はニコニコと笑った。
暫く談笑した後隊員の一人が「そろそろ……。」と腕時計を眺めながら言った。
家の中に入り2時間が経とうとしていた。
「うわ、もうこんな時間か。怒られちゃうな。」
隊員の一人が言う。
「30分程、と思っていたから屋敷に連絡いれてないや。」
隊員の一人が気まずそうな顔をする。
「じゃあ、俺達はこの辺で。」
隊員達がゆっくりと腰をあげると、女の子は寂しそうな顔を向けた。
そんな表情を見て隊員達は顔を見合わせる。
「食器、下げてから帰るね。」
陽平はそう言うと、手をつけていないカップを手に持ちキッチンへと向かう。
そんな陽平を見て女の子は「飲まなかったんですね。」と小さな声で呟いた。
「え、何?」
カップを手に持ったまま陽平が振り向き女の子に聞くと、女の子はニコリと笑い「いいえ、なんでもないです。」と答えた。
隊員達も自分のカップを手に持ちゾロゾロとキッチンへと足を運ぶ。
「少し眠たいな。」
一人の隊員がそう言うと、他の隊員達も「俺も」と口々に言った。
「まったりしすぎて眠気がきちゃったかな?」
隊員の一人が笑いながらそう言うと、ガシャンと音を立ててカップが割れた。
キッチンの中から陽平が音が鳴る方に目をやると、一人の隊員が倒れ込み近くでカップが割れていた。
「なっ…」
陽平が言葉を詰まらすと、一緒に驚いていた隊員達も次々と倒れ込んでいく。
「え?!何!?」
陽平はアタフタとしながら隊員達に駆け寄り身体を揺さぶる。
スースーと寝息を立てている隊員達を見て、カップに目をやる。
皆のカップには紅茶は残っておらず綺麗に飲み干されていた。
「ふふふ、やっとです。」
女の子はそう言いながらゆっくりと陽平に近付いてくる。
陽平は恐る恐る女の子の方を見ると、その女の子の目は真っ赤に染まっており、ニタリと笑ってみせた。
「ひっ……」
陽平はしりもちをつき後ろに下がる。
「やはりこの薬、効き目が弱いですねぇ。時間がかかり過ぎです。」
女の子はそう言いながら隊員達を眺める。
「貴方は悪い人ですね、人から出された物に口をつけないだなんて。気分が悪いです。」
女の子はゆっくりと陽平を睨み付ける。
「なんだよこれ!お前は何なんだよ!」
陽平は少し身体を震わせながら叫んだ。
「私?私は普通の女の子ですよ?」
女の子はニタリと笑う。
「どこが普通なんだよ!こいつらに何したんだよ!」
陽平はキッと睨み付けるが、足はガクガクと震えていた。
「あらら、お兄さん。震えちゃってますね?怖いですか?」
女の子は、ふふふと笑いながら転がる隊員の手を取る。
「そろそろ、夕飯の準備をしなくちゃ。」
女の子はそう言うと扉を開き、隊員の一人をズルズルと引きずりながら廊下へと出た。
「おい!何してるんだ!離せ!」
陽平がそう叫ぶも女の子は止まることなく、玄関前の階段の隣にある扉を開く。
「お兄さんもそこでゆっくりしていてくださいね。家から出ようとしても無駄ですよ。」
女の子はそう言うと隊員を引きずったまま姿を消した。
「なんだよ…なんだよ…なんであんな女の子が?それになんだあの目の色……。」
陽平は膝を抱え考えるが、目の前でおこった出来事についていけず混乱した。
「おい、おい!起きろ!起きろ!!」
陽平は隊員達の身体を揺さぶりながら叫ぶが、誰一人応えてはくれなかった。
陽平は、どうする?どうする?とブツブツと呟きながら必死に考える。
「そうだ、アニキ…」
陽平の脳裏に浮かんだのは、沢山の人を引連れ奥へと歩いて行く凱斗の後ろ姿。
「アニキがいる。
もしかしたら帰って来ているかもしれない…俺達の車が残っているのを見ればアニキが探してくれる…桜庭さんもいる…。」
陽平は立ち上がり、ゆっくりと廊下へ出る。
女の子が入っていった扉が少し開いていた。
陽平が恐る恐る隙間から覗き込むと、そこは部屋よりも暗くジメジメとしていて、地下へと続く階段があった。
その階段や壁には無数の赤黒いモノが付着していた。
陽平は顔を歪ませ離れる。
震える手に力を入れ、玄関扉に手を掛ける。
ガチャガチャ
扉は開かない。
「どうして……?」
陽平はガチャガチャともう一度ドアノブを回すが、音を立てるだけで扉は開かなかった。
「鍵は開けているのに…。」
陽平は玄関扉を下から上へと見ると、上の方に鉄の塊がくっついており、そこにはPasswordと表示されていた。
「パス…ワード?パスワードって何だ?」
陽平が考え込んでいると、女の子が入った部屋。地下へと続く階段の方から布が擦れる音が聞こえた。
陽平は慌てて後ろにある階段を素早く、静かに駆け上がる。
ドキンドキンと今にも口から飛び出しそうな程跳ね上がる心臓を押さえ、深呼吸をした。
キィッと小さな音を立てて扉が開く。
廊下を歩く足音が小さくなっていく。
「あれ?」
リビングの方から女の子の声が聞こえた。
陽平はダラダラと汗を流しながら静かに息を殺す。
「仲間を見捨てましたか?それとも…私と遊びたいのですか?隠れん坊をするなら、そう言ってくれれば良いのに。」
女の子の、ふふふという笑い声と共にまたズルズルと何かを引き摺る音が聞こえ、それは段々と近づきまた扉が開かれる。
「全員運び終えたら、探しに行ってあげます。楽しみましょうね、お兄さん。」
扉が閉まる音が聞こえた。
陽平は全身を震わせる。
「俺が絶対にこの家から出られない、そう確信しているからこそすぐに探そうとはしない…?」
陽平はゆっくりと二階部分の扉を見る。
「三部屋…この中から一つでも外に出られる場所があれば…外に出てアニキに報告して、あいつらを助ける…。」
陽平は身体にグッと力を入れて一番近くの部屋の扉を静かに開けた。




