08
「凱斗さん、御一緒します。」
その声を聞き、目を大きく見開いて振り返る。
「桜庭…?」
来るはずがない、と思っていた桜庭を視界に捉え、二度三度と瞬きをした。
「なんでお前…屋敷を任せただろ?何してんだよ。」
凱斗は桜庭に詰め寄る。
「私は…私は燈龍さんに認められた男ですよ。尊敬すべき方に、認められたのです。
その方の息子である凱斗さんをお護りするのが私の最優先事項。
もう、もうこれ以上、貴方一人に背負わせたりなんかしません。」
桜庭はそう言うと地に膝をつけ頭を下げる。
「私の命は貴方の為に…。勝手な行動、どうかお許し下さい。」
凱斗は桜庭のそんな姿を見て言葉を失った。
幼い頃、父から桜庭という名を聞いた事があった。
「桜庭という男がいてな。新人の時から傍で色々と教えてきた。
今ではすっかり頼もしい男になったよ。
父さんが一番頼りにしている男だ。少し口煩いがな。」
父さんは笑いながら話していた。
当時の俺は父さんの仕事が何なのかも知らないし、その話以外で聞くことも殆ど無かった。
会長が一度家を訪ねてきた時に挨拶をした。
会長は優しく微笑み、その会長の隣には少しツンとした男が立っていた。
父さんに連れられて総龍会に行った時も、入り口の所に黒スーツを着て頭を下げている男を見かけたが、その中の一人はあのツンとした男だった。
会長に席を外すように言われた時、食堂や部屋に案内してくれたのもその男だった。
会長に連れられて行った広間で頭を下げながら涙を零していたのもその男で、俺が20歳になるまで面倒を見てくれ、花やボール、鍵を用意してくれたのもその男。
20歳になり黒龍を任された時、総龍から黒龍に移ってくれたのも、その男だった。
「桜庭、俺はお前にいつも感謝しているよ。」
凱斗は桜庭の前にしゃがみ肩をポンと叩く。
「お前が俺を、じゃなくて俺がお前を護るから。安心して戦ってくれ。」
凱斗がそう言うと桜庭は「貴方って人は……。」と小さく漏らし、涙を零した。
凱斗がゆっくりと立ち上がり、車の方へ目をやるとそこには沢山の人が立っていた。
「凱斗、手助けしにきたよー!」
「猫八……。」
ニタァと笑いながら手をブンブンと振る猫八の後ろには白い服を身にまとった男が数十人と立っている。
「アニキィ!俺らも行きますよ!!!」
「お前ら……。」
次々と車が止められ、ゾロゾロと黒龍の上級層が降りて来て、アニキ!アニキ!と叫ぶ。
桜庭も立ち上がり、その光景に目を丸くする。
「な、なんで貴方たちまで!?屋敷はどうしたのです?!」
桜庭は想定外の出来事に頭を抱えた。
「会長が総龍の人達を沢山送ってくれましてね、俺達にアビスに行くように、と。」
隊員達はニッと笑いながらそう言うと、皆一斉に膝を付いた。
「アニキ!桜庭さん!俺達は今まで貴方達に沢山助けられた!次は俺達が貴方達二人を助ける番です!」
一人がそう叫ぶと、他の者達も頷く。
「我々も微力ながらお供させて頂きます。」
総龍の黒スーツの男達もそう言うと膝をついた。
凱斗はその光景を目の前にし、ふふ、っと笑う。
「バカしかいねぇなぁ!おい、足引っ張んじゃねぇぞ!」
凱斗が大きな声でそう言うと皆立ち上がり、ウォー!と叫んだ。
凱斗と桜庭は目を合わせ、笑い合うと前を向く。
「よーし、行くぞ!!」
凱斗がそう叫び、奥へと向かい歩き出す。
その後ろを、白龍、黒龍、総龍と順に続いて歩き出す。
その光景を見てクスクスと笑う影に、誰も気が付かないまま。
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「あーあ、アニキ達行っちゃった……。」
頬を少し膨らませながら陽平がそう言うと、迎えに来た者達が陽平の肩を叩く。
「陽平、帰ろう。」
次々と車に乗り込んでいく中、中々乗ろうとしない陽平の腕を引く。
「陽平!帰るぞ!青龍と赤龍からも屋敷に応援が来てるんだ。早く帰らないと。」
陽平はあまり納得がいっていない様子だったが、凱斗達の姿が見えなくなり、諦めて車へと向かう。
「はーあ、俺も行きたかったなー!!」
「もっと強くなったら一緒に行けるよ。頑張ろう。」
隊員はそう言うと陽平の頭を撫でた。
陽平はチラチラと凱斗達が歩いて行った方を見るが、何度見てももうそこには居ない。
ゆっくりと足を掛け、車の中に入り座る。
「閉めるぞー!」
外にいる隊員一人が後部座席のドアに手を掛けた時。
「あのー、すみません……。」
隊員の背後から女の子の声がした。
隊員が振り返るとそこには中学生位の女の子が一人ポツンと立っていた。
「え、いつからそこに?」
隊員が女の子にそう尋ねると、女の子は近くに建つ1軒の家を指さす。
「私あそこに住んでいるんですけど……。」
隊員は家を見て申し訳なさそうな表情で女の子を見る。
「朝から煩かったですよね。すみません。」
隊員がそう言うと女の子は「全然大丈夫です!」とニコリと笑った。
車の中から陽平が顔を出し「何してんの?」と声を掛ける。
隊員は車の中に居る陽平達に事情を説明した。
「あれー、人居たんだ?全然気が付かなかった。」
陽平は女の子の顔を見ながらそう言うと、女の子は少し俯きながら口を開いた。
「食屍鬼、が怖くて。
お父さんもお母さんも帰ってこないし…ずっと家の中に一人でいたんです。
そしたら珍しく外で食屍鬼じゃない声が聞こえたから…窓から覗いたらお兄さん達が居て……。」
女の子はそう言うと、少し上目遣いで陽平達を見る。
「あの、もし時間があったら少しだけ私とお喋りしてくれませんか?」
女の子の言葉を聞いた隊員達は、うーん。と困り顔をする。
「ごめんね、俺達これから仕事があってすぐに帰らなきゃいけないんだ。」
隊員がそう言うと、女の子は眉を下げた。
「そう、ですよね。忙しい時に呼び止めちゃってごめんなさい。」
女の子は俯く。
そんな女の子の姿を見た隊員達は、少し不憫に思い中々その場から動けないでいた。
「どうする?」
「どうするって言っても屋敷に帰らないと。」
「でもここに1人だぜ?可哀想だろ。」
車内で隊員達が次々と意見を述べる中、陽平が車から降りる。
「少しくらいならいいんじゃん?」
陽平はそう言うと大きく伸びをして女の子に笑いかけた。
陽平の言葉を聞き女の子は嬉しそうに笑う。
隊員達はそんな女の子の笑顔を見て「少しくらいならいいか!」と車から降りる。
女の子の髪は黒く艶やかで腰まであり、真っ白なワンピースを着ていた。
そのワンピースには一つも汚れは見当たらなく、いい匂いをさせていた。
悪臭が漂いゴミが散乱するアビス地区の住民とは思えない程に綺麗だった。
「外は怖いので、家の中に入りませんか?」
女の子は嬉しそうにそう言うと、隊員達は控えめに笑う。
「食屍鬼が出ても今なら俺達が倒せるから大丈夫だよ。」
隊員の一人がそう言うと女の子は少し悲しい顔をして口を開く。
「出会うのが、怖いんです。見たくないんです。」
女の子はそう言うと少し身体を震わせた。
残念な事に食屍鬼を見慣れている隊員達は日中の食屍鬼に対して恐怖心を抱くことはそこまで無くなっていたが、戦うすべも無い女の子からすればそれは恐ろしい存在だろう。
隊員達は皆顔を合わせる。
「家の中なら怖くない?」
隊員の一人がそう言うと、女の子は小さく頷く。
「どうしようか?」
「怖い思いはさせたくないよな。」
「少しだけお邪魔するか?」
隊員達は少し相談し、女の子にニコリと笑いかけ「じゃあ、少しだけ」と言うと、女の子はまた嬉しそうに笑った。
女の子についてゾロゾロと家へと向かう。
陽平は女の子の家へ向かいながら、凱斗達が歩いていった方向に目を向ける。
「アニキ達、大丈夫かな。」
ポツリとそう呟き、女の子の家の中へと入った。




