05
風呂に入り、着物に着替えた凱斗が浴場から出ると、浴場の前にはしゃがみ込んだ桜庭が居た。
「何?こんな所で待ってなくてもいいだろ。」
凱斗は桜庭にそう言うと会議室へと向かう。
桜庭は立ち上がり凱斗の後ろをついて歩く。
「凱斗さん、一体何があったんですか?」
桜庭の問いかけに凱斗は答えぬまま歩を進め、会議室の扉を開く。
「……桜庭、会長に連絡してくれたか?」
凱斗はそう言うと真ん中の椅子に座る。
「はい、連絡済みです。すぐに繋がるかと思われます。」
そう言うと桜庭は壁のスイッチを押し、ヴーンと音が鳴ったのを確認して退室しようと扉を開く。
「桜庭、お前もここにいろ。」
凱斗はそう言うと隣にある椅子を指さす。
桜庭はそっと扉を閉め、椅子に腰をかけた。
「食屍鬼の情報、お前も知っておいた方がいいだろ。」
凱斗がそう言った時、液晶画面に会長の顔が映し出された。
「こんばんは、会長。」
「こんばんは、凱斗。…と、今日は桜庭も居るのか。」
桜庭は頭を下げる。
「会長、俺今日食屍鬼を殺したよ。」
凱斗は天井を見つめながら話す。
「ああ。軽く話は聞いた。いつもより暴れたそうだな?」
会長は腕を組み、少し微笑む。
「ああ。我慢出来なかった……。」
凱斗は天井を見上げたまま話を続けた。
「別件の食屍鬼の仕事を終えて帰ってる時、サルワの方から異様な臭いがしてそれが臭くってよ。気になって行ったんだ。」
会長と桜庭は真剣な眼差しで凱斗を見つめながら話を聞く。
「そしたらよぉ、居やがったんだよ、食屍鬼が。
ドアこじ開けて森の中に入っていくのが見えて追いかけたら湖に付いた。
さっさと片付けて帰ろうと思ったらアイツ話し出しやがって。」
凱斗はゆっくりと会長の方を見る。
「コクリュウ ノ ヒト ?」
「は?」
「コクリュウ ノ ヒト、ヒトダ」
「何だお前?」
「オネガ、オネガイ、オネガイダカラ」
「タス、ケテ」
「タスケ、テ、オニ、オニチャ、オニイチャン」
「食屍鬼が黒龍の名を?」
凱斗から食屍鬼が話した内容を聞き桜庭が問う。
会長は眉間に皺を寄せたまま黙ったままでいた。
「ああ、それに俺の事をお兄ちゃん、なんて呼びやがった。」
凱斗は強く拳を握り、震わせる。
「いつぶりだ?お兄ちゃんなんて呼ばれたのは……あの日を最後に呼ばれた事なんてあったか?」
凱斗は俯き、手を震わせる。
「それで……あれほどの暴行を加えたと言うのですか?」
桜庭は凱斗の背中を擦りながら優しい口調でそう聞くと、凱斗はゆっくりと顔を上げる。
「お兄ちゃん、なんて呼んでくれるな。俺をそう呼んでいいのは妹だけだ。」
「イモウト…イモウト…イモ、イモ、イモウト!」
「うるせぇな。」
「イモウト、コクリュウ、イモウト、カヤ、カヤカヤ」
「あ?」
「カヤ、オイシ、オイシイ、ネ?」
桜庭は目を大きく開ける。
「凱斗、食屍鬼はお前の妹の名を…?」
会長は少し前のめりになり凱斗に問い掛ける。
「あぁ。まさかあんな化け物に…妹を奪った化け物に妹の名前を言われる日が来るなんて思いもしなかった。」
凱斗の目は闇の中よりも暗く、憎しみの炎が灯る。
「香夜の事を知っている。黒龍の事も知っている。話が出来る。だから少しだけ俺は食屍鬼と話す事にしたんだ。」
「お前、香夜の事を知っているのか?」
「カヤ、オイシイ、キイタ」
「誰に?」
「オトサン、オトサンキイタ」
「おとさん?お父さんか?それは誰だ?」
「オトサン、ハ、オトサン」
「……お前は何処からここに来た?」
「アビ、アビビ、アビス!アビス!」
「アビス?アビス地区か?」
「アビス!アビス!タスケテ、タスケ、タスケテクレル?ル?」
「助けてくれる?か。どうして欲しい?」
「タスケ、タスケテクレルノ?ヤサシ!ヤサシ!」
「あぁ、楽に逝かせてやろうか?」
「イク?ドコ?アビス?コクリュウ?タベル!」
「あ?」
「コクリュウ、オイシ、オイシネ?」
「……黒龍、美味しい?」
「デモ、タベル、オコラレ、ル!オコラレル!オナカ、オナカナカ、スイタ!コクリュウ、オイシ!」
「何言ってんだお前……?」
「コレシカ、タベテナイ、オイシ、トラレル、コクリュウ、オイシイ」
「そう言って奴が俺に見せてきたのがこれ。」
凱斗は着物の帯から小さな布を取り出し、広げて会長に見せる。
「これ…は……。」
桜庭が横から覗き、手で口を覆う。
「黒龍のマークの一部に、こびり付いた新しめの血液。アビスに行った奴の物だと思われる。
これ見せられてよ、黒龍が美味しいは黒龍の隊員を食べて美味かったって意味だと理解した。助けてくれる?は、腹が減っているから黒龍の俺を喰いたい、そういう意味だと。」
凱斗は桜庭に布を渡すと、桜庭は涙を零しながら受け取る。
「今日のアビスからの報告はまだだろ?出来る状態じゃないのかもしれない。
食べようとすれば怒られ取られる。
他にも食屍鬼が居て、黒龍は餌にされていると捉えられる。会長、桜庭、俺はアビスに行くぞ。」
凱斗はそう言うとジッと会長の目を見る。
「……凱斗が行ってくれた方が力にはなるだろう。
だがアビスに送ったのは上級層だけなんだろう?
残りの上級層を引き連れるとなれば此方の夜は誰が見る?」
会長に問われた凱斗は、ふっと笑う。
「今も俺の助けを待っている家族がアビスに居る。
既に助けることが出来なかった家族が居ることもわかった。
アイツがどうやってアビスから総龍地区まで来たのかは聞きそびれたが、アビスの現状だけは少し把握した。
俺はもうこれ以上家族を失いたくない。
俺をアニキと呼んでくれるアイツらをこのまま見殺しになんてしない。
かと言って今ここにいる奴らを連れていく気もない。
…俺は一人でアビスに行く。」
凱斗はそう言うと、会長に頭を下げる。
「会長、俺は暫く屋敷を離れる。
総龍から少し人を連れてきて欲しい。俺がいない間、屋敷にいる者を守ってくれ。頼む。」
頭を下げる凱斗を見て会長はうーんと考え込む。
「な、な、な、何を言っているのか分かっているのですか!?アビスには食屍鬼だけでなく悪人も居るのですよ?!いくら凱斗さんに力があるとはいえ、無茶すぎます!!」
桜庭は立ち上がり、凱斗に必死に訴えかける。
「どうか!どうかもう一度考え直してください!私も一緒に考えますから、どうか、どうか一人で抱え込まずに…無茶をしようと思わないで……。」
桜庭はポロポロと涙を流し、座り込み凱斗の足を掴む。
「うん、ごめんね。
桜庭はもう知ってるだろ?俺は考えるとか苦手だからそういう事は全部桜庭に任せてきただろ。
でもさ、もう時間が無いんだよ。
俺は会長と話が終わったら屋敷を出てアビスに向かうから。桜庭、留守の間屋敷を任せたぞ。」
凱斗は桜庭の肩をポンと叩いた。
桜庭は、凱斗が一度決めた事を簡単には曲げない事を知っている。
隊員達皆に平等の愛を注ぎ大事にしている事も知っている。
幼き頃に家族を失い、後に自分を慕う者を自分の家族同様に扱い、愛し、失わないように誰よりも無理をしてきた事も知っている。
だが、凱斗は知らない。
自分が深く愛しているのと同様、またはそれ以上に自分が愛されている事を。
皆が凱斗からの愛に触れ、この方をお守りしたいと努力している事を。
もっと自分たちを頼って欲しい、と思っている事を。




