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20XX年 12月
「お父さん、お腹すいた。」
夕日も沈み出し夕飯準備を始める時間帯に少年は父へ向けて言葉を投げかける。
「ああ、そうだな。
母さんと香夜が帰るまで少し待ちなさい。」
そう言うと新聞を広げる父に対し少年は、「はぁい。」とふてくされながら返事をした。
それから沈黙の時間は流れ一時間を過ぎた時少年は再び口を開く。
「お父さん、お母さんと香夜遅くない?」
少年の問い掛けに父は目線を上げ、時間を確認する。
「確かにな。
買い忘れがあるからと出てもう一時間以上経つ。
迎えにでも行くか?」
父はそう言うとテーブルの上に新聞を置き、立ち上がる。
少年も立ち上がり上着を手に取った時、付けていたテレビから緊急速報という言葉が聞こえた。
父と少年はテレビに目をやる。
「緊急速報です。
総龍地区で人の手足とみられる物が発見されました。
犯人は不明、捜査中との事です。
繰り返します、総龍地区で───」
父はテレビの電源を落とし、膝を曲げて少年の目線に合わせる。
「凱斗、お前は家に居なさい。」
父の言葉を聞き凱斗は真剣な顔をする。
「いやだ!お母さんと香夜を迎えに行くんだ!」
凱斗はそう言うと玄関へと走る。
父は眉間に皺を寄せながら靴を履こうとする凱斗の腕を掴んだ。
「さっきのニュースを聞いただろう?この辺りでの事だ。犯人と出会したらどうする?」
「走って逃げる!!」
凱斗の言葉を聞き、はぁっと小さくため息をつく父。
「とにかく、家で待つんだ。
母さんと香夜がすれ違いで帰ってくるかもしれないからな。」
父が「分かったな?」と言うと、凱斗は渋々承諾し、靴を脱いでリビングへと向かう。
凱斗の後ろ姿を見送った後、父は靴を履き玄関の扉を開けた。
月明かりが眩しく感じる程に辺りは漆黒の世界へと変わっており、時折聞こえる烏の鳴き声に少し不気味さを感じた。
玄関の鍵を閉め、車へと乗り込む。
父は少し不安そうな表情を浮かべる。
「祥子、香夜…無事でいてくれ。」
シーンとした空間にエンジン音が鳴り響き、タイヤが土を擦る音が聞こえる。
父はいつも行くスーパーへと急ぐ。
家からスーパーまではほぼ一本道。
ただ一つだけ、人が歩くのがやっとの細道があり、その道は家への近道となるが辺りに人は住んでおらず、街灯も並んでいない真っ暗な道なので普段その道を歩こうとする人はいない。
その道さえ選んでいなければ、スーパーの袋を抱えた妻と娘に出会えるだろう。
だが、父が乗る車は妻と娘に出会うこと無くスーパーへと辿り着いた。
「中にいるのか?」
父が駐車場に入ろうとした時、少し遠くで赤いランプが光っているのが見えた。
「まさか、こんなに近くで…?」
父は駐車場に入る事をやめ、赤いランプへと近付く。
どんどんと大きくなる赤い光と人の声。
そこには数十人と野次馬が集まっており、その光景を見た父はホッとした顔を見せる。
「祥子と香夜もここにいるんだろう。早く連れて帰ろう。」
父は近くに車を止めて、野次馬へと近付いた。
「離れてください。危険です。離れてください。」
警察が離れるように野次馬達に言葉を投げかけていた。
父はキョロキョロと辺りを見回しながら近付いていく。
そんな父を見た警察が一人近寄り、後ろから肩をポンと叩くと父は驚きサッと振り返る。
「燈龍さん?何してらっしゃるんですか?
協力要請って出てましたっけ?」
「いや、協力要請は出ていない。」
父はまたキョロキョロとしながら答える。
「じゃあ何故ここに?」
「いやぁ、買い出しに行った妻と娘がまだ帰ってなくてな。
迎えに来たんだが…まさかこんな近場とは思ってなかったよ。
もしかしたらここに野次馬でもしに来てるんじゃないか?と思ってな。」
父の言葉を聞き、警察の顔色が変わる。
「どうした?顔色が悪いぞ。」
「いや、燈龍さん……あの、奥様と娘さんはいつから…?」
「かれこれ一時間半位経つかな。見かけたか?」
警察は少し俯いたあと、「ついてきてください。」と言いブルーシートで覆われている場所へと向かう。
父の顔色が変わる。
「まさか、な……。」
父は一度目を瞑り、大きく深呼吸をした後ゆっくりと警察の方へと歩き出す。
強く握りしめられた拳は僅かに震えていた。
「燈龍さん、こちらです。」
そう言って案内されたその場所に足を踏み入れたと同時に、父の目頭は熱くなりツーっと頬を伝った。
「どう…して……。」
父の目線の先にあったのは、ビニール袋に入った見覚えのある靴と腕時計。
その靴と腕時計にはベットリと赤いものが付着している。
「燈龍さん…。」
警察に声を掛けられても、ビクともしない。
ただ一点を見つめ、自然と溢れ出る涙を流す。
父のその姿を見た警察は、周りの仲間に伝える。
「燈龍さんの奥様と娘さんかもしれない。」
仲間達は一斉に父へと目をやると、悲しそうに俯いた。
「燈龍さん。」
「なんだ…?」
「燈龍さんの奥様と娘さんで…間違いなさそうですか?」
「……ああ。俺は恨まれる立場にある。報復といった所か。」
父の目から生気を感じ取ることは出来ず、言葉にも力が入っていない。
警察は父の腕を引き、一度ブルーシートで覆われた空間から外へと出し、簡易椅子に腰を掛けるように託すと、父はストンと力なく座り込む。
「あの時計も、あの靴もな…誕生日に買ったやつだ。
報復を恐れてはこの仕事は出来ないが、いざこういう形でされると……。」
父は目をパッと見開き立ち上がる。
「どうしました?」
「息子が……息子には留守番をさせている。
もし報復だとすれば次は息子かもしれない。」
父は慌てて車へと向かう。
今にも泣き崩れそうな、不安に押し殺されそうな表情で。
父が車に乗り込むと、窓をコンコンと叩かれる。
「僕も一緒に行きます。
いくら燈龍さんとはいえ今一人になんて出来ません。」
警察は「後ろからパトカーでついていきます。」と言うと、仲間1人を連れてパトカーへと乗り込む。
その姿を確認した父はエンジンをかけ、家へと急ぐ。
「凱斗。凱斗頼む。頼むから無事でいてくれ。」
父は目から溢れ出る涙を腕で拭い、必死に祈った。




