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減量、しませんか?  作者: あけはる


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3/3

ちいさなご褒美と、芽生え

ダイエット頑張る人全員に幸あれ・・・!

 さらに一ヶ月が過ぎた。


 相変わらずクラリスの存在は"デブ令嬢""白ブタ令嬢"などと社交界の笑いの種だった。

 令嬢たちはコソコソ、クスクス、陰口をたたき、令息たちは一瞥するだけで目を逸らす。


「痩せたっていっても、あの程度でしょ? 豚が子豚になったって程度じゃない?」

「まあ、あれでも頑張ってる“つもり”なんでしょうけどね」


 だが、クラリスはもう気にしなかった。


 もちろん、心がまったく傷つかないわけではない。

 笑われれば、胸がチクリと痛む。

 だがその痛みは、以前のような、“自分への失望”からくるものではなくなっていた。


 笑われることも、

 努力もせず、変わろうともしなかった自分に対しても、どこかで「仕方ない」と思っていた以前の私。


 だから、言い返せなかった。


 でも今は違う。

 毎朝のウォーキング、食事管理に体幹トレーニング。

 一歩ずつ積み重ねて、確かに、前に進んでいる。


(私だけは、私の努力を知ってる)

(他人の嘲笑なんて、気にしてる暇はないのよ!)


 鏡の前で、少しだけ頬が細くなった顔を見たとき。

 筋トレ後に筋肉が、うっすらと張ってきたと感じたとき。

 自分の中に、小さな誇りが生まれる。


 それは誰にも見えなくても、自分だけが知っている“強さ”だった。



 そして迎えた、夏の社交界の一大イベント、

 王宮主催の舞踏会。


 クラリスは、自分の瞳と同じ、艶のあるミッドシーブルーのドレスに身を包んだ。

 以前よりは身のこなしが軽い。ぱつぱつではあるが。


(いいのよ、ぱつぱつでも。鍛えた体幹で、背筋を、伸ばしてしっかり歩くの。)

 自信を持って、会場に足を踏み入れた。


 周囲のざわめきには耳を貸さない。


(この一ヶ月、私は逃げなかった。毎日、毎歩、向き合ってきた)

(誰が笑おうと、私の努力は消えない)


(前回は縮こまって壁の花で過ごしたけれど、

たとえ、ダンスに誘ってもらえなくても…

こんなに素敵な会場、見て回らないのはもったいないわ!)

 そう思えるまで、自信を取り戻したクラリスは歩みを進めようとした、その時ーーーーー



「私と、踊っていただけないだろうか」


 低く、よく通る声。

 クラリスが顔を上げると、

 そこにはあの騎士――リュカ・シュトラウスが美しい手を差し出していた。


「え…」


「会うのは、あの時以来だな、クラリス嬢」


 驚きで固まっているクラリスを見つめつつ、

 リュカは、目を細めて、思い出す。

 

 貴族社会にありがちな“見せかけの努力”に、

 ほとほと、うんざりしていた。

 流行に乗った令嬢たちが、本来は奥深いはずの作法や様式の形だけを真似をして、自慢をする。そして次の流行がくれば乗り換えていく…何ひとつ真剣に取り組むことがない。今まで数え切れないほどのご令嬢達から声をかけられたが、興味を惹かれ尊敬できる令嬢は1人としていなかった。

 

 けれど、クラリスは違った。

 誰も見ていない騎士団の訓練場で、汗を滴らせ、必死にスクワットを続ける姿。

 見られること、褒められることを前提とした行動ではなかった。

 誰にも知られず、ただ、自分の意思で体を動かしていた。

 

 

(この令嬢は、見た目で判断されることの苦しさを知っている。だがそれに甘えず、逃げず、現実に、自分の意思で、立ち向かっている)


 “本物”を感じた。


 あの日以来、リュカは密かに、クラリスの様子を気にかけるようになっていた。

 偶然を装って訓練場に顔を出し、

 見様見真似でトレーニングしている彼女の姿勢や所作の変化を見守っていたのだ。



 ―――――会場に、優雅な音楽が流れ出す。


「さあ、手を取ってくれないか」


「え、えっ……私、……?」


「さあ、行くぞ、変わりたいのだろう?」


 クラリスは、ふと自分の手を見つめた。

 以前なら、恥ずかしくて差し出すことさえできなかったふくふくとした手。

 だが、以前よりは少しほっそりした、この手。

 

 そっと、リュカの方へ伸ばした…

 途端に、グッと包み込まれた彼の手は、

 驚くほど大きく、そして温かかった。


 ゆっくりと、舞踏会場の中央へ。2人で進む。

 緊張で足がガタガタ震える。はじまったステップに、必死に足を動かす。

 あまりにもガチガチになっているクラリスの背に、そっとリュカの手が添えられる。少しずつリズムに乗って、体幹に力が戻る。


 踊りながら、リュカがぽつりと呟いた。


「強いな、お前は。筋トレに来てまだ1カ月……体幹がとても良い、肌も整っている。努力は、裏切らないようだ」


「え……」


「誰かに言われたからでも、求められたからでもない。

 自分で選び、動いた。そしてやり続けられている。その強さは――誇っていいと思う」


「・・・・・・はいっ・・・!」


 ようやく。

 ようやく、少しだけ、クラリスは、自分を好きになれた気がした。


 ――変わりたいと願ったその日から。


 たった一歩、たった一口、たった一回の腕立てから始めた日々は、

 

 やがてこんな未来を連れてきてくれた。


(ありがとう、前世の私)

(今の私は、きっと、ちょっとだけ――誇れるわ)


 夜空のようなドレスの裾が、舞踏会の灯りの中できらきらと揺れていた。


 ――これは、恋が始まる、ほんの少し前の話。


完結です。

お菓子食べたいのをがまんするのはやっぱり難しいです・・・(台無し)

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