第16話 銀色の想い
ドロムと戦った日——初陣から数ヶ月が経った。
その間も毎日、魔法と闘気の修行をし、
時々ドロムやゴブリンなど、比較的弱い魔獣との実践も行っている。
教会の朝。
今日も庭に集まって魔法の修行をする。
するとアルマンが言った。
「実は君たちに、魔法について教えてなかったことがあるんだ」
"俺"たちは顔を合わせ、頭の中に疑問符を浮かべる。
「…どういうこと?」
テンが首を傾げ、アルマンに聞く。
「本来、魔法には"詠唱"と"魔法陣"の二つを使うんだ」
それからアルマンが説明してくれた。
"詠唱"は魔法を使う際に、理力をどのように使いたいかなどの設定を自動的に行い、発生させるもの。
例えば、火の玉を弾けさせるように使いたかった場合。
「火の理よ。
紅を集い、灼の子となりて弾け」
「 《フレイム•ボール》 」
という風に口に出して言ったりするらしい。
要するに俺たちは今まで、詠唱で行う部分を全て感覚でやっていた。
アルマン曰く、幼少期から詠唱無しで魔法を使うことで理力を深く理解し、高難度の魔法を会得しやすくなったり、制度や質の良し悪しに直結するらしい。
そして、ある程度成長してからその訓練をしても、もう身につけれないらしい。
できるようになっても、詠唱を短くしたりするだけらしい。
音感的な要素に似ている。
絶対音感のように、幼少期から音に触れ続けることでその本質を正確に理解できる。
これが幼少期からの訓練で得られる力で、今の俺たちだ。
幼少期からしなかった場合。
これも言うところの相対音感だ。
大人になってから、会得はできるが、絶対音感より深く理解はできないし、それを身につけることはできない。
魔法と音感で内容は全く違うが、どの世界でも幼少期から何かに触れ続けることで得られるものの差はでかいと言うことだ。
次に"魔法陣"。
術式と呼ばれるものを、紙や地面、発動させたいものに描くことで魔法を使うというもの。
これは自然の理を使ったものじゃなくて、召喚や転移など、少し特殊なものを扱うために使うらしい。
教会の書庫には、魔法という言葉が出てくる本はたくさんあったけど、アルマンが言ったようなことが書いてあるものは見当たらなかった。
ほとんどの本が地理や伝記だった。
そのためどれも初めて聞く話だった。
テンが「プログラミングか…」と呟いていたのでそれに近しいものがあるみたいだ。
詠唱と魔法陣の説明を聞いて、チカラが首を傾げながら言った。
「はいはい……つまり、どゆこと?」
アルマンが微笑む。
「つまりは、もっと簡単に使えるって話だね。
まぁ聞くより見る方がいいかな…」
すると、アルマンは紙になにかを書き始めた。
「アオバ、土で壁を作ってみて」
アルマンがアオバに言った。
「…ん?まぁ……ほいっ」
アオバは言われるままに土魔法で壁を作った。
「チカラ、これを読みながらあの壁に魔法を放ってみるんだ。いつも通り、風を感じるのは一緒だよ」
アルマンが先ほど書いた紙をチカラに渡す。
「でも…」と戸惑いながらもチカラは紙に書かれた内容を読み上げる。
「…風の理よ……疾の刃となり、切り裂け…」
詠唱をするチカラの掌には風が収縮されていく。
「まじかぁ…すっご」アオバが呟く。
そしてチカラが詠唱の最後を口にする。
「 《ウィンド•カッター》 」
その言葉を口にした瞬間、土の壁に向けていたチカラの手から、風の刃が放たれ、ズシャンと音を立てて壁が砕けた。
「す、すっげぇ…」
チカラが驚く。
「チカラすごいっ!」
カザネが飛び跳ねながら叫ぶ。
その横で、驚いた様子のアイコが目を大きく開けている。
「これが詠唱なんだ。
苦手だったチカラでもある程度は魔法が使えるよ」
正直驚いた。
チカラは闘気に関しては群を抜いていたけど、魔法はせいぜい風が髪を揺らすぐらいだった。
だからこそ、なんだか嬉しかった。
「チカラ、やったな!」
俺が声をかけるとチカラが胸を張って喜んだ。
「おう!」
「これから高い階級の魔法も覚えることになると思う。そのために詠唱は必須なんだ。
だから…今日から詠唱も段々覚えていこうね!」
その言葉に俺たちは元気よく返事した。
——————
魔法の修行の後。
いつも通りジル爺の家の庭で闘気の訓練をする。
ここ一週間、村への行き道、アルマンの付き添いはなくなっていた。
ある程度は俺たちだけで大丈夫だと思われているのだろう。
「おらぁ!」
チカラが拳を突き出しながら叫ぶ。
「甘いでぇ!チカラ!」
アオバが軽々避ける。
修行の次の段階で、最近は組になって闘気を纏いながらの試合をしている。
そして闘気の影響で、生前とは比べられないほどの身体能力になってきている。
テンとアイコはまだまだ闘気に苦戦しているが、
チカラ、アオバ、カザネ、そして俺は、ある程度無意識で使える様になってきた。
「うりゃ!」
叫びと共にカザネの拳が飛んできた。
「がぁっ…!」
顎にもろ食らった。めっちゃ痛い。
くっそ、可愛い顔やがって…
「こらぁリン!なによそ見しとるんじゃ」
ジル爺に怒られた。
「ごめんリン!大丈夫?」
カザネが手を差し出してくれた。
「ありがとう…今のは効いたよ。
チカラ並なんじゃないか?」
俺は笑ってそう言い、カザネの手を借りる。
「もぉーゴリラってこと?」
カザネがぷくっと膨れる。
……可愛い。
すると、ジル爺が大きく手を叩いた。
「お前ら、休憩ついでに着いてこい」
俺たちは行き先も聞かず、とりあえずジル爺に着いて行った。
——————
「着いたぞ」
ジル爺が杖を向けた先には武器屋があった。
武器屋と言っても衣服や防具もある。
そのため、初陣の前日もここで装備を揃えた。
「ここって武器屋だよね?」
アイコがジル爺に聞く。
「おぉ、馴染むもんを探すんじゃ。
それで修行した方がええからのぉ。
まぁ、テンとアイコは必要ないかもしれんがのぉ」
そう言いながら、笑顔で武器屋に入るジル爺に着いて行く。
「らっしゃい!おっ…ジルの爺さんと…こないだの坊主たちか!今日はなんの御用だい?」
髭面で、頭に布を巻いている。
一見怖そうだが、気のいいおっちゃんが元気よく迎え入れてくれた。
「こいつらの手に馴染む武器を探しにきたんじゃ」
「おぉ!そうかい!
遠慮せず手にとって見てくれ!
でも怪我はすんじゃねぇぞ!」
おっちゃんは優しくそう言ってくれた。
「ありがとう」とみんなで感謝してから、頭を下げた。
生前のアニメの知識でほとんど偏見だが、
武器屋の店主ってなんでこうも優しいんだろうか。
すると、チカラが拳を突き出して言った。
「ジル爺!俺、拳でいい!」
「それ前も言ってたなぁ」
アオバ言い、「うんうん」と俺も頷いた。
「チカラはそう言うと思ったわい。
…まぁ拳が一番かっこいいからのぉ」
ジル爺がやけに嬉しそうに頷いた。
「んーなにがいいんだろぉ…」
カザネが顎に手を当てて悩む。
初陣の日から戦う時は、全員短剣を持ってる。
闘気のおかげか、それが俺的にとても軽く感じる。それにやっぱり短い。
もう少し長く、重くてもいいなと思ってた。
「ジル爺…俺、剣にするよ」
普段の短剣より長く、銀色に輝く剣を手にとった。
「そうかそうか。リンに合っとるかもなぁ」
笑って頷いてくれた。
「俺も決まったでぇ!」
アオバはそう言って、片刃の短剣を両手に持った。
「二本とも使うの?」
テンが聞くと、アオバが笑った。
「そうやでぇ!二刀流、大〇翔平や!」
馴染みのない言葉に、店主のおっちゃんが「オオタニ?」と首を傾げている。
「あたしは…これにする!」
カザネが手にとったのは短く、持ち手が赤い槍だった。
短いとは言っても、当然カザネの背丈よりも長い。
「短槍か…嬢ちゃん……
それはちょっと無理なんじゃないか…?」
おっちゃんが苦笑いをしながら優しく言った。
「えぇーやっぱりそうだよね…」
わかりやすく肩を落としたカザネを、ジル爺は何も言わずに見守っている。
「いいんじゃないか?カザネが良いと思ったんだろ?」
槍を戻そうとするカザネに俺が言った。
俺はそれぞれに合う武器のことなんてわからない。
多分おっちゃんの言う通りなんだろう。
生前も、カザネはなにか選択をした後、止められて、そのままやめると言うことが多かった。
いきなり「海外に行く!」「演劇やってみる!」とか。
嫌がらせで周りが止めてるわけじゃない。
それはわかってる。
でもカザネにはやりたいことをやってほしい。
それが母さんからもらった言葉で、俺が楽になったものだから。
押し付けかもしれないけど、俺がそうしてほしい。
「良いと思った…」
カザネが小さく言った。
「それなら、やるだけやってみよ。
合わなかったら変えれば良いんだから…な?」
(…お金はかかるけど)
「……うん!そうする!リンありがとう!」
カザネが真っ直ぐ俺の目を見てそう言った。
「そうだな…嬢ちゃん悪かった!
その子の言う通りだ!頑張れよ!」
おっちゃんは頭を掻いてから、そう言った。
ジル爺は微笑みながら「うんうん」と頷いた。
するとチカラが近くに寄ってきた。
「…リンリンのそういうとこ好きだぜ」
耳元で囁いてきた。
「うるせぇ」と言ってから頭を軽く叩いた。
「アーちゃんとテンはどうするの?」
カザネが二人に聞くと、アオバもそれに続けて言う。
「二人は近接って感じじゃないもんなぁ」
「さっきも言うたが、二人には必要ないじゃろう。
別に闘気で戦わんでえぇ。
役に立つから教えとるだけじゃ、使い方は自分で選べばえぇ」
「そうだね……そうするよ」
テンがそう言うと、アイコも頷いた。
「そうじゃのぉ…」
そう言いながらジル爺が色々武具を見始めた。
「チカラ、これはめてみぃ」
ジル爺が籠手をチカラに渡す。
「え…うん!わかった………ちょっとでかいかも」
チカラは困惑混じりで、渡された籠手を付ける。
「調整できるかのぉ?」
ジル爺がおっちゃんに聞く。
「もちろんだ!」
おっちゃんが親指を立てて返事をする。
ジル爺はそのまま武具を見続ける。
「…杖はないんじゃったな?」
「あぁ、俺は魔石や鉱石の細工はできねぇもんでよ。
それにこんな小さな村じゃ杖の入荷も滅多にねぇな、すまねぇ、ジルの爺さん」
「いやぁ聞いてみただけじゃ、気にせんでくれ」
肩を落としたおっちゃんに、ジル爺が優しく言った。
「テン、アイコ…お前ら二人には、アルマンの坊主がええもんを用意しとるはずじゃ。
今、わしからあげれるもんはないが許しとくれ」
ジル爺が二人の頭を順番に撫でる。
「大丈夫。ジル爺にはいつも感謝してるよ」
テンが淡々と言うが、表情は柔らかい。
「そうだよ!ジル爺にはいつも闘気教えてもらってるし、ほんとにありがとうね」
アイコも優しく言った。
「そうかそうか、嬉しいのぉ」とジル爺が微笑む。
「…それじゃあ、四人分の武器をもらおうかのぉ。
いくらじゃ?」
「おう!全部合わせて……と、4聖貨と5金貨だな!」
おっちゃんが言うが、正直どのくらいの価値なのかわからない。
「…テン、こっちのお金って日本円でどのくらいなんだ…?」
周りに聞こえないように、テンに聞いた。
すると、テンは手帳に書いて見せてくれた。
聖貨1枚 10万円
金貨1枚 1万円
銀貨1枚 1,000円
銅貨1枚 100円
ぐらい、と補足も書いて教えてくれた。
てことは…45万円……
まてまて、それは流石に申し訳なさすぎる。
初陣前日も思ったけど、アルマンとジル爺は俺たちのため、お金を使うことにためらいがない。
せめて俺の分だけでも減らそう。
「ジル爺…」と声をかけた瞬間、頭を撫でられた。
「子供が、んなこと気にせんでえぇ。
これでも金なら山ほどあるんじゃ。ほっほぉほ」
ジル爺が巾着袋から硬貨を出した。
「ちょうどだな!
……それと、ちょっと待ってな!」
そう言うと、おっちゃんが裏へと行った。
その間に武器を買ってもらった俺たち四人はジル爺に頭を下げ、礼を言った。
「気にせんでえぇ、これでもっと充実した修行になるわい。しっかり強くなるんじゃぞ」
ジル爺は満足そうな顔をしてそう言った。
すると、おっちゃんが大荷物で戻ってきた。
「これも持っていきな!稽古用の武器だ。
実戦ならまだしも、稽古で撃ち合いなんかをする時に、本物でやんのはまだまだ危ねぇんじゃないかと思ってな」
そう言って持ってきた稽古用の武器を台に置いた。
それぞれが買った武器の木製版だ。
流石に籠手はないが。
「ええのか?ありがたくもらうとするかのぉ」
ジル爺は顎を触りながら笑った。
その後、チカラの籠手の調整を済ましてから、ジル爺の家に戻って修行を再開した。
——————
ジル爺に買ってもらった武器を持って、俺たちは教会に戻った。
「みんなおかえり!
…なにやらかっこいいものを持ってるね!
ジル爺に買ってもらったのかい?」
アルマンの部屋の扉を開けると、優しく出迎えてくれた。
蝋燭の光が揺らめき、暖かく俺たちを照らす。
「そうなんだよ!…でもなんでわかったんだ?」
チカラが籠手を見せながらアルマンに聞いた。
「この前ジル爺と話をしたんだ…
それに、ちょうど完成したんだよ…」
なにやら、机の上に何かが置いてあって、その上に布がかかっている。
アルマンがそれに手をかける。
「なにそれ?」
アイコが首を傾げる。
「…じゃじゃーん!
みんなに装飾品を作ったんだ!
それと…テンとアイコには杖だよ!」
アルマンがとびっきりの笑顔を浮かべ、勢いよく布をめくった。
「アルマンすごい!」カザネが跳ねて喜び、
「やった!ありがとうアルマン!」とアイコも続いた。
「テン、アイコ…持ってみて……どうだい?」
杖を受け取った二人は、重さを確かめたり、隅々までじっくり見ている。
「なんだか、しっかりくる…」
テンが呟き、アイコも頷いた。
「よかった…!
ルミナ鉱を加工して作った、初心者向けの杖だよ」
二人の杖はどちらも同じものだ。
指揮棒のようなサイズ感で、先端にルミナ鉱がついている。
「ありがとうアルマン!」
「ありがとう」
アイコとテンが杖を両手で握りしめてお礼を言った。
「どういたしまして!
その杖は少しだけど、魔法の威力や効果を高くしてくれる…きっと二人の役に立つよ!」
アルマンが二人の頭を撫でながら言った。
この二人は良く頭を撫でられる。あとカザネも。
「よかったな!テン、とっちゃん!」
チカラが笑って言った。
「みんな、これもつけてみて!」
アルマンに言われ、俺たちはそれぞれ装飾品をつける。俺は銀色のイヤリングだった。
軽くて、生前でも馴染みのあるものだった。
チカラは額当て。
アオバはアンクレット。
テンはブローチ。
アイコは指輪。
カザネはブレスレット。
全員が同じ銀色でどこか似ているものだった。
「よかった!みんな似合ってるね!
これはね、何か特別な力があるわけじゃない。
それでも…みんながずっと一緒にいられるように。
そういう想いを込めて作ったものなんだ」
アルマンが優しく言った。
「俺たちにぴったりだな」
そう言ってから俺はみんなの顔を見た。
それぞれが嬉しそうな顔をしていた。
すると、カザネが首を傾げた。
「でも、いきなりどうして?」
「確かになぁ」
アオバも続けて首を傾げる。
「この前ジル爺と話してたんだ。
みんな力をつけてきたから、もうそろそろ…それぞれに合うものを渡した方がいいんじゃないかってね。それと、七歳のお祝いの品を渡し損ねてたから、それも兼ねてだね」
アルマンが俺たちの顔を見渡して言った。
「なるほど…そういうことか」
テンが頷きながら呟いた。
「チカラ、お前めっちゃ強そうやなぁ」
アオバが笑い、「だろぉ!?」とチカラが胸を張った。
それにつられるように、俺たちもお互いの武器や装飾品の良いところを言い合って、軽口を叩いたりする。いつもの雰囲気だ。
アルマンはそれを微笑みながら見ている。
心なしか蝋燭の揺れを大きくなり、
俺たちと一緒に笑ってるみたいだった。
今回は、本来の魔法について描かれましたね!
6人は英才教育を受けていたというわけです!
それと武器も出てきましたね!
次は章が変わるきっかけになる、とある話が出てきます!
次もぜひ読んでください!




