第13話 風
カザネの理力の暴走から、数日が経った。
まだ教会の空気には、あの日の余韻が薄く残っている。
「今日からみんなで、理力や魔法について深く勉強していこうか」
"私“がそう言うと、六人の子どもたちはいつにもまして真剣な顔をしていた。
理力はこの世界のあらゆるものに流れている力。
風が吹き、火が燃え、水が流れ、命が息づくような。
マナは自身の生命の流れ。
それを理力と結びつけることで、魔法という奇跡を起こす。
詠唱や魔法陣、魔法を使うために必要なこと他にもある。
だが、六人にはそれを伏せて、まずは感覚だけで魔法を使う練習をさせる。
幼い時からそれをさせることで、理力やマナを深く感じられるようになり、高い階級の魔法を習得しやすくなるため。
それが必ず、この子たちのためになると思うから。
六人に理力やマナの説明すると、全員が難しそうな顔をした。
それと同時に覚悟は決まっている。そんな顔もしていた。
「じゃあ、早速やってみようか!」
私がそう言うと、みんな元気よく返事した。
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初日の練習。
アイコが真っ先に反応した。
掌から、透明な水の粒がこぼれ落ち、
光をまとい、きらりと弾ける。
「わ…冷たいけど、きれい!」
初めて理力について教えた時もそうだったが、
理力とマナを感じるのが上手く、魔法の才能がある子だ。
テンの指先では微弱な放電が走る。
空気が震え、淡い光が弾けた。
「できた…感覚的要素が多いけど——」
少し真面目すぎるが、感覚に優れ、それを理論として落とし込むことができるのはすごいことだ。
今はそれぞれがイメージしやすい属性を使う練習だ。
けれど、それができると得意な属性以外も上手く扱えるようになる。
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次の日にはリンとアオバも感覚をつかんだ。
リンのまわりで淡い影が揺れ、少しずつだが意識的に動かせている。
彼のマナは静かで深く、闇の流れを自然に抱き込んでいる。
アオバは地面の粒子を集め、小石を積んで小さな塔を作った。
「ほら見てみ、お城や!」
笑いながらも集中を切らさない。実にバランスがいい。
カザネの掌には、小さな火が灯った。
最初は形があやふやで、自身の服を焦がしかけたが、深呼吸するたびに火が形を落ち着かせていく。
「カザネの火はやわらかいね」
まるで陽だまりのようだ、と私は思った。
だが、チカラ——この子の指先だけは静かだった。
風は吹いているのに、彼の周りだけ何も揺れない。
その顔に浮かぶ笑みが、少しずつ硬くなっていくのが分かった。
「焦ることはないさ、チカラならできる。」
そう伝えると、彼はうなずいたが――
胸の奥に、わずかな影が残っているようだった。
──
夜。
月の光が石畳を照らす。
みんなが寝静まったあと、"俺"はひとり中庭に立っていた。
手を広げ、息を吐く。けれど、何も起こらない。
「……なんで、俺だけ」
声に出した途端、胸が痛くなった。
みんなはできるのに、自分だけ取り残されてる。
“リーダー”なんて笑ってたけど、本当はずっと怖かった。
置いていかれるのが。
「チカラ……」
振り返ると、リンとアオバが立っていた。
二人とも何も言わず、俺の隣に座る。
草の匂いがして、夜風が冷たかった。
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その夜から、毎日同じ時間に練習が始まった。
アオバは砂を軽く操りながら言う。
「説明すんのむずいけど、とにかく感じんねん。
自分の外側にある理力をマナで再現する的な」
「それだな。とにかく感じて結びつける。
それが大事だと思う」
リンの声は静かだけど、なんか落ち着く。
俺は何度も手を伸ばした。
指先が震え、息が切れて、何度も膝をついた。
「……全然だめだ」
「大丈夫大丈夫!もっと力抜いてやろ!」
アオバが笑う。
「チカラなら絶対できるから」
リンの声が優しく響く。
二人の声があるだけで、心が折れなかった。
「チカラ頑張れ!」
「おっ!ええ風起こす顔になってきたで!」
「お、おう、ありがとう……ってどんな顔だよ!」
三人で笑い合う夜が続いた。
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ある晩。
足元の草がふわっと揺れた。
風が指先を撫でた。
——間違いなく自分で起こした風。
「……できた!」
小さな風。でも確かに世界が応えた。
「やったな!」リンが笑い、アオバが俺の肩を叩く。
「出来たやんチカラ!」
胸が熱くなった。
「俺……やっと、みんなに追いつけた……!」
三人でハイタッチした瞬間、懐かしい光景が脳裏をよぎった。
(……この感じ、知ってる)
その瞬間、景色が流れ込んできた。
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夕暮れのグラウンド。
「チカラー! もっとフルパワーで!」
笑いながら言うアオバの声。
「腰を落として、もっとバットを立てて!」
"リンリン"の声。
打球が空へ舞い上がる――
あの頃も同じだった。
打てなくても、試合に負けても、みんなが笑ってくれた。
だけど家に帰れば――
そこには怒号と冷たい視線。
優しかった父は変わり、再婚相手の手が痛かった。
温もりってなんだっけ、って思う夜もあった。
それでも――
リンリンが黙ってキャッチボールに付き合ってくれた。
アオバが「今日は大活躍やったやん!」と笑った。
"とっちゃん"が傷に絆創膏を貼ってくれた。
カザネがお弁当を持ってきてくれた。
テンが「これ、チカラくんが好きそう」って発明した道具をくれた。
――みんながいたから、笑えた。
(ずっとみんなと一緒がいい)
その想いの奥で、声が響いた。
『運命を賭けてでも、人を導いてくれ』
——————
チカラはいきなり泣き始め、"俺"達の方を見た。
「リンリン! アオバ!」
そして勢いよく抱きついてきた。
「うわっ!?」「お前鼻水服に付くって!!」
アオバが叫び、俺は思わず吹き出した。
それの光景と呼び方がやけに懐かしくて——
(ん…リンリン?)
「……チカラもしかして…!」
「うん!思い出した!俺思い出したんだ!!」
「まじか!!チカラ、お前おっそいねん!」
アオバがチカラの肩を叩く。
その顔は嬉しそうで目には涙が少し浮かんでいる。
「ただいま!」
その声が夜に響く。
そしてチカラは勢いよく寝室へ走った。
——————
俺とアオバはチカラを追いかける。
「おーい!!!」
チカラがドアを開け放った瞬間、寝ぼけたアイコとカザネが顔を上げる。
「……ん? どうしたのチカラ?」
「まだ夜だよ……?」
次の瞬間、チカラが全力で抱きついた。
「きゃあああっ!?」
「ちょ、ちょっと!? きたな…鼻水付いたって!!」
二人の事件性の高い悲鳴。
カザネの服にはチカラの鼻水がびっしり付いた。
「とっちゃん! カザネ! よかった!!ほんとによかった!」
その呼び方に、二人が目を大きく開く。
「……とっちゃん?」
アイコが呟く。
チカラは涙をこぼしながら頷く。
「うん。俺、やっと思い出したんだ……!」
「…遅いよ……!」
アイコが目に涙を浮かべながら言う。
「おかえり、チカラ!…でも……まず離れてっ!!」
カザネが元気よく言ってから突き飛ばした
カザネの服とチカラの鼻。
二人の間には透明な糸(鼻水)が繋がっている。
……きたな
「もぉ!アーちゃん〜!」
カザネが感動とは別の涙を浮かべてアイコに抱きついた。
「きゃああああ!!!」
アイコも鼻水の餌食になった。
するとドアが開いた。
「みんな声でかいよ…集中して本読め——」
テンが目頭を抑えながらドアに入ってきた瞬間。
「テン!!」
チカラが抱きついた。
「なに!チカラどうしたの…って汚い!」
テンは三人目の餌食となった。
「テン!俺思い出したんだ!!」
チカラがテンの胸に顔を擦り付ける。
「わ、わかったから!ちょ、きたなっ…」
みんなの声が重なり、部屋が温かく満ちた。
鼻水の餌食にならまいと、離れて見ていた俺とアオバは顔を見合わせ、吹き出す。
「……やっと全員そろったな」
「ほんま、これからうるさなるで〜」
その言葉に頷き笑った。
窓から風が吹き、カーテンを揺らした。
その風は少し冷たい。
けれど、今俺たちの熱を冷ますにはちょうどいい温度だった。
ついに全員の記憶が戻りました!
しかし、チカラには魔法の才能がないみたいです…
以前アルマンが言ってた戦士の話通りに、
拳でドラゴンの鱗砕くのは無理そうですね…
ん?拳で??魔法以外にも何かありそうだな…
次話は魔法以外の力について出てきます!




