海を目指して
久しぶりに、全員で旅行に来ていた。
それぞれが別の道に進んでから、ようやく予定が合ったのだ。
運転席はアイコ。助手席はアオバ。
真ん中の席にカザネとチカラ。
一番後ろに俺とテン。
窓の外には、青い海。
アスファルトの照り返しが揺らめいて、遠くの山並みがぼやけて見えた。
車体をかすめる風は熱を含んでるのに、それすら心地いい。
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チカラは、軍に入ってから二回りくらいデカくなった。
短髪を上に立ててるせいで、さらに威圧感が増して見える。
最近はもう「人間」じゃなくて「ゴリラ」だと思ってる。
でもその見た目とは反して、めちゃくちゃ優しくて繊細なやつ。
友達同士の喧嘩が嫌いだし、嫌われたらすぐ泣くし、若干乙女気質なゴリラだ。
筋トレ中はよく「限界を超えるッ!」って叫んでる。某ファンタジーゲーム七作目の主人公みたいだ。
あと、コンビニの鏡の前でポーズ取るのはやめてくれ。マジで。
アオバは相変わらずムードメーカー。
目にかかるくらいのセンターパートで、柔らかそうな髪が風に揺れる。
大学ではプロ球団に注目されるぐらい野球が上手くて、しかもめっちゃモテる。
すぐしょうもない嘘とイタズラをして、自分でめっちゃ笑ってる。
優しい時はほんと優しいけど、笑いすぎて息止まるタイプ。
あいつが死ぬとしたら、間違いなく笑死だと思う。
テンは仕事と研究に追われる毎日。
少し長めの前髪が目にかかってて、いつも軽く寝癖がついてる。今日は後ろ髪か……。
クールに見えるけど、意外と抜けてる。
飯炊けないし、左右違う靴で出かけることもある。
酒弱いのに無理して飲んでは吐く。そのたびに心配させるくせに、翌日ケロッとしてる。
アイコは面倒見のいいおかんポジ。
毛先がゆるくウェーブしたロングヘアで、前髪は真ん中で分けている。
喫煙者にめちゃくちゃ厳しい。
俺とチカラがタバコ吸って帰ってきたら、
必ず近寄ってきて匂いを確かめてくる。
で、「肺とお先真っ暗だね」って言ってくる。
この時の悪口だけはキレッキレだ。
医療系の勉強を頑張ってて、基本は真面目。
でも写真撮る時は絶対変顔する。芸人魂が眠ってるタイプ。
カザネは教育系の学校に通ってる。
毛先にワンカールかかったふんわりボブで、前髪が綺麗に整っている。
ちっちゃい子見つけるとすぐ目がキラキラする。
カザネが可愛い女の子だから許されてるけど、
同じことをチカラ(=ゴリラ)がやったら確実に職質されると思う。
そして俺。
軽く癖のあるウルフヘアで、theバンドマンって感じ。
で、見た目通り、音楽とバイトの生活。
いずれ父の会社を継ぐことになってるけど、正直あんま気が進まない。
俺の指はギターの弦を弾くためにある。
パソコンをカタカタするためじゃない。
反抗した結果、家を追い出された。
まぁ、きついところは多い。例えばお金。あとお金。さらに言うとお金。
でも、こうしてみんなといられるなら、それでいい。ほんと、それだけでいい。
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「今日は絶対、あそこ行くぞ!」
チカラが運転席の後ろで吠えた。
あそこっていうのは、目的地の海の近くにある有名なハンバーグ屋だ。
「もう頭の中それしかないでしょ」
カザネが笑う。
大人ぶってツッコミ入れてるけど、たぶん本人もハンバーグのことしか考えてない。
しかも、いつもあんま食べないで「はい、あーん」って他人に食べさせようとする。
あのキラキラした目でやられたら全人類抗えない。
そのせいでアイコとアオバはだいたい残飯処理係だ。
「そりゃそうだろ! 食うために生きてんだよ!」
「名言っぽいけど浅い!」
ハンドルを握るアイコが笑う。
「出たな! とっちゃんの名言潰し!」
「誰がとっちゃんよ!」
「今も昔もとっちゃんはとっちゃんだろ!」
「……もー、好きにして」
とっちゃんはチカラがつけたあだ名。
アイコの苗字からもじったらしいけど、呼んでるのはチカラだけだ。
「とっちゃんって、響き悪くないよな」
俺がぼそっと言うと、
「リンリンまで!?」ってアイコが振り返る。
そういうアイコも、俺のことをリンリンと呼んでいる。
命名者はもちろんチカラ。
とっちゃんとリンリン。センスは……うん、終わってる。
韓ドラにハマった地元の女子に、アボジってあだ名つけた時はマジでドン引きした。
お父さんだぞそれ。
「だははっ! リンリンも味方か!」
チカラが笑い、車内がさらに明るくなる。
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テンが窓の外を見ながらぼそっと言った。
「……ハンバーグって、パンで挟むほう?」
この天然発言に、アオバのターンが始まる。
「いやぁ、挟まんほうやで」
いつもの優しい声。
「今日のやつはなぁ、パンケーキの上にハンバーグ乗ってんねん」
「……え、そんなのあるの?」
テンの真顔がマジすぎて笑いそうになる。
「あるある。ケチャップとメープル混ぜんねん。日本のちょー有名料理人が監修してるやつやで」
「へぇ……それ、ちょっと気になるな」
「甘じょっぱいの、アリっちゃアリだろ?」
俺もつい便乗して言ってしまった。
テンが素直に頷く。
その瞬間、アオバの口角が上がった。
「――うっそぴょん」
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「アオバっ!!」
テンが睨み、チカラが腹抱えて爆笑。
アオバの必殺技、うっそぴょん。
今回は誰も引っかからないと思ったが、テンが見事に餌食になった。
「だははっ! テン、信じるの早すぎ!」
うん、将来マルチに引っかかりそうで怖い。
「だ、だってありそうだったんだよ!」
テンの顔が真っ赤になって、恥ずかしそうにうつむく。
その様子がもう可愛くて、俺も笑いを堪えきれなかった。
「いいねぇ、そのピュアさ! 守ってこうぜ!」
チカラが笑いながら言う。
「守らなくていい!」
アイコが突っ込む。
「ええ反応やったわ〜」
アオバが満足げに鼻を鳴らす。
「テン、顔真っ赤だぞ」
「……リン、笑いすぎ」
「悪い悪い。でも今の顔、けっこう可愛いぞ」
「褒めてないよね、それ」
「褒めてる褒めてる」
また笑いが起きた。
夏の日差しが車内を照らす。
窓の外、山の緑が流れていく。
その光景が、なんだかやけに優しかった。
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――不思議だな。
俺は窓の外を眺めながら思う。
もともと、この輪の中に深くいたわけじゃない。
みんなは小学校からの幼なじみ。
俺は中学の後半から混ざった、後入りだ。
それなのに、今じゃこんなに自然に笑ってる。
たまに思う。「俺、ここにいていいのかな」って。
でも、そんなこと言ったら、みんなに失礼だよな。
恥ずかしくて口には出せないけど、
俺は心の底から――みんなに感謝してる。
⸻
「なぁ……ずっと一緒がいいな!」
チカラが突然、笑いながら言った。
前を向いたまま、軽いトーンで。
だけど、その言葉だけは妙に真っすぐで、みんなの胸に刺さった。
一瞬だけ、車内が静かになる。
沈黙を破ったのはカザネだった。
「いいね! それ!」
「それな!」アイコが笑う。
「チカラらしいわぁ」アオバが肩をすくめる。
テンが腕を組み、真顔で言った。
「でもチカラ、いびきうるさいし」
あの流れでそれ言うテン、ほんとすごいと思う。
しかも事実だから何も言えない。
チカラのいびきは……うん、この世のものじゃない。なんかくちゃくちゃ鳴ってるし。
「だははっ! 今度特等席で聴かせてやるよ!」
「いらない!」
「癒し効果あるかもしれねぇぞ? リーダーの安眠サウンド!」
「寝れんくなるわぁ!」アオバが笑う。
「おいおい、それは失礼だな〜。高級スピーカー並みの音質だぞ?」
「そのスピーカー、ノイズしか出なそうだね」テンの冷静ツッコミ。
「間違いなく不良品だな」俺もつい口を挟む。
「返品交換は受け付けません!」チカラが爆笑。
西○カナかよ。
「それなら仕方ない……捨てるか」
「だははっ! 言うねぇリンリン!!」
笑い声が車内を満たしていく。
エアコンの風に混じって、笑いの熱が広がる。
その温度が、なんか心地よかった。
――やっぱり、この瞬間が好きだ。
チカラがさっき言ったみたいに、ずっと一緒がいい。
――どうなったとしても。
夏の匂いが、少しだけ濃くなった気がした。
そう思った、その時だった。
⸻
耳をつんざくクラクション。
アオバの叫び。
「アイコ!」
チカラの声が重なる。
「避けろっ!」
前を見た瞬間、逆走してくるトラック。
息が止まる。
アイコがハンドルを切る。――けど、間に合わない。
光と衝撃が混ざり合い、世界が真っ白に弾けた。
「……リン!」
カザネの声。
金属が潰れる音。ガラスが砕ける感触。
誰かの手が、俺の腕を掴んで――
世界が、静かになった。
……それが、最後に見た光景だった。
プロローグです!
仲のいい男女6人組が不運に襲われ、死んでしまいます!
次に目を覚ますと、そこは白い世界でした……




