第45話:最初の依頼は、深夜のピアノソナタ
部室に入ってきた生徒会長、シリル・アッシュフォードは、神経質そうに銀縁メガネの位置を直した。
「……単刀直入に言います。あなた方に、ある『幽霊騒動』の解決をお願いしたい」
彼は、まるで汚いものでも見るような目で、俺たち(特にセオドア殿下とリュシアン)を見ている。
「生徒会で解決すべき案件ですが、相手が『幽霊』では手の出しようがない。そこで、学園のトラブルメーカー……失敬、『お助け部』のあなた方の噂を聞きつけたわけです」
(……今、トラブルメーカーって言ったな)
「具体的には?」
俺が促すと、シリル会長は重々しく口を開いた。
「旧校舎の音楽室です。ここ数日、深夜になると誰もいないはずの部屋から、ピアノの旋律が聞こえてくるのです」
「まあ! 学校の怪談ですわね!」
リヴィアが身を乗り出した。
「叶わぬ恋に嘆く音楽教師の霊……あるいは、戦場へ赴く恋人のために弾くレクイエム……! ロマンチックですわ!」
「……いえ、曲目は『猫踏んじゃった』の高速アレンジだそうです」
「えっ」
リヴィアの妄想が停止した。
「とにかく、気味が悪いし、近隣の寮生から安眠妨害だと苦情が来ている。原因を突き止め、排除してください」
シリル会長はそう言うと、「期待はしていませんが」と捨て台詞を残して出て行った。
◇◇◇
その日の深夜。
俺たち『生活環境向上委員会』の一行は、闇に包まれた旧校舎の廊下を歩いていた。
「怖い……怖いですわ……」
昼間の元気はどこへやら、リヴィアは俺の腕にガッチリとしがみついて震えている。
「大丈夫だよ、リヴィア嬢。僕がついてる」
「霊体には物理攻撃が効かんからな。僕の光魔法で浄化してやる」
二人の王子は頼もしいが、俺の「影」としての勘は、別の警鐘を鳴らしていた。
(……微かだが、魔力の波長を感じる。霊じゃない。人為的なものだ)
目的の音楽室に近づくと、確かに聞こえてきた。
ポロン、ポロン……ジャンジャカジャン!
凄まじい速さで奏でられる『猫踏んじゃった』。しかも、やたらと技巧的で、無駄に情感がこもっている。
「……芸術性の高い幽霊だな」
殿下が呆れる中、リュシアンが『真実の瞳』を細めた。
「待ってください。……音に、魔力が乗っています」
「魔力?」
「ええ。特定の波長……これは、『暗号通信』です。ピアノの音を媒介にして、外部へ信号を送っている」
俺たちは顔を見合わせた。
ただの怪談ではない。『古き盟約』のスパイが、この音楽室を通信基地として利用している可能性がある。
「突入するぞ」
殿下の合図で、俺は扉を蹴り開けた。
バンッ!
月明かりが差し込む音楽室。
グランドピアノの前に座っていたのは、半透明の亡霊……ではなく、黒いローブを纏った小柄な男だった。
「ひいっ!?」
男は飛び上がって驚いた。その手元には、ピアノの鍵盤と連動した奇妙な魔道具が置かれている。
「き、貴様ら! ここが『古き盟約』の重要通信拠点だと知っての狼藉か!」
男は自ら正体をバラした。どうやら相当なうっかり者のようだ。
「通信拠点? 『猫踏んじゃった』で世界征服でも企んでたのか?」
殿下が剣を抜く。男は慌ててピアノの影に隠れ、何やら呪文を唱え始めた。
「ええい、邪魔をするなら排除するのみ! いでよ、音楽室の守護者!」
男が魔力を注ぐと、部屋の隅にあった人体模型と、壁に掛かっていたベートーベン(似)の肖像画がガタガタと動き出した。
「きゃあああ! 呪いですわ! ポルターガイストですわ!」
リヴィアが悲鳴を上げてパニックになる。
人体模型がカクカクした動きで襲いかかり、肖像画が目からビーム(低級魔力弾)を放ってくる。
「地味に鬱陶しいな!」
殿下が肖像画を焼き払い、リュシアンが人体模型の関節を外していく。
その隙に、術者である男が窓から逃げようと足をかけた。
「逃がすか」
俺は近くにあったものを手に取った。
音楽室の掃除用具入れにあった、モップだ。
「スローライフ流・害虫駆除!」
俺はモップを槍のように構え、全力で投擲した。
ヒュンッ!
モップは美しい放物線を描き、窓枠をまたごうとしていた男の股間を、柄の先端で正確に捉えた。
「あ゛っ」
男は短い断末魔を残し、白目をむいて窓枠に挟まったまま気絶した。
「……ナイスコントロール」
殿下が親指を立てる。
◇◇◇
騒ぎを聞きつけてやってきたシリル会長は、窓枠に挟まった不審者と、押収された通信機を見て、メガネを光らせた。
「……まさか、本当に解決するとは」
「約束通り、原因は排除しましたよ。安眠妨害の犯人は、この不法侵入者でした」
俺が報告すると、シリル会長は不審者(まだ股間を押さえて呻いている)を見下ろし、冷ややかに言った。
「……産業スパイの類でしたか。生徒会として、厳正に対処します」
彼は男を騎士団に引き渡す手配をし、最後に俺たちに向き直った。
「……認めましょう。あなた方の部活動を。ただし!」
彼は俺の顔をじっと見た。
「アイリス・フォン・アルトス嬢。あなた……ただの令嬢ではありませんね」
ギクリとする。
「生徒会役員にスカウトしたいくらいですが……まあいいでしょう。今後も、学園のゴミ掃除(治安維持)に協力してもらいますよ」
シリル会長は、意味深な笑みを残して去っていった。
後に残されたのは、勝利に喜ぶリヴィアの声だけだった。
「すごかったですわ、アイリス様! あのモップ捌き、まるで『愛のキューピッドの矢』のようでした!」
「……どのあたりがですか?」
「だって、あの男性、窓枠で星空を見上げていましたもの! きっとアイリス様の強さに恋に落ちて、気絶してしまったんですわ!」
(股間を打って気絶しただけだ)
俺はツッコミを飲み込み、深くため息をついた。
こうして、『生活環境向上委員会』の初任務は成功した。
だが、生徒会長という、また一人、俺の正体に勘づきそうな厄介な人物との縁ができてしまったのだった。




