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元・暗殺者の異世界ゆるふわスローライフ計画  作者: 希羽
第3章:王子と影の協奏曲

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第39話:逃亡者は、フライパンで迎撃する

 ガランド教授の部屋から証拠を盗み出した翌日。


 俺たち秘密同盟は、教授が動き出すのを待ち構えていた。裏帳簿が消えたことに気づけば、彼は必ずボロを出すか、組織へ逃亡を図るはずだ。


 そして、その時は予想以上に早く訪れた。


 午後の授業中。突然、校舎の一角で爆発音が響き渡ったのだ。


「きゃあああ! 何!?」

「実験室だ! 火事だぞ!」


 生徒たちがパニックに陥り、廊下へとなだれ込む。


(……やったな、爺さん)


 俺は人混みに紛れながら、冷ややかな目で爆発の方角を見た。これは陽動だ。騒ぎに乗じて、学園から脱出するつもりだろう。


 俺の耳元のピアス型通信機から、セオドア殿下の緊迫した声が届く。


『アイリス! 実験室で召喚獣が暴走している! 僕とリュシアンで食い止める。君は裏口へ回れ! ガランド教授が逃げるぞ!』

「了解」


 俺はスカートの裾をひるがえし、生徒たちの流れとは逆方向へ走った。


 ◇◇◇


 アカデミーの裏口へと続く、人通りのない渡り廊下。


 俺がそこへたどり着いた時、大きな鞄を抱え、脂汗を流して走ってくるガランド教授の姿があった。


「はあ、はあ……! くそっ、誰が帳簿を……!」


 彼は焦りのあまり、周りが見えていない。

 俺は廊下の真ん中に立ちはだかった。……ただし、手ぶらではない。


 俺の右手には、直前の調理実習で作ったばかりの『特製ふわとろオムレツ』が乗った皿。


 左手には、まだ熱を帯びた重厚な鉄製のフライパンが握られていた。


(せっかくのオムレツが冷めてしまう。さっさと片付けよう)


 俺が教授の前に姿を現すと、彼はギョッとして足を止めた。


「き、貴様は……アイリス・フォン・アルトス!?」


 そして、彼の顔に卑劣な笑みが浮かぶ。


「そうか、あの王子たちのお気に入りか! ククク、いいところに来た! 貴様を人質にすれば、あの王子どもも手出しできまい!」


 教授は杖を構え、詠唱を始めた。


「動くな! さもなくば、その美しい顔を炎で焼くぞ!」


 放たれたのは、中級攻撃魔法『ファイアボール』。至近距離からの直撃コースだ。


 普通の令嬢なら、悲鳴を上げて腰を抜かすところだろう。


 だが、俺にとってそれは、料理の火加減調節よりも簡単な相手だった。


「……あ」


 俺は棒読みで声を上げ、左手のフライパンを顔の前に掲げた。


 カァン!


 硬質な金属音が響く。


 教授が放った炎の魔弾は、フライパンの底に当たり、まるでテニスボールのように弾き返された。


「なっ……!?」


 教授が目を見開く。弾かれた炎は、彼の足元の床を焦がした。


「ああっ! 大変! 怖くてつい手が滑ってしまいましたわ!」


 俺は「恐怖でパニックになった令嬢」を演じながら、さらに一歩踏み込む。


「来ないでくださいまし! わたくし、怖いですの!」


 俺は叫びながら、腰の回転と遠心力を最大限に乗せ、フライパンをフルスイングした。


 ブンッ! という風切り音。


 それは料理道具の速度ではない。攻城兵器の一撃だ。


 ガゴォンッ!!


 重厚な鋳鉄の底が、ガランド教授の側頭部にクリティカルヒットする。


「あ、が……」


 教授は白目をむき、きりもみ回転しながら廊下の壁に激突。そのままズルズルと崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。


「……ふう」


 俺はフライパンの底を確認する。凹んでいない。さすがはドワーフ製の高級品だ。


 そして、右手の皿を見る。オムレツは微動だにせず、ふわとろの形状を保っていた。


「完璧だ」


 俺が満足げに頷いていると、廊下の向こうからセオドア殿下とリュシアンが駆けつけてきた。


「アイリス! 無事か! 教授は……」


 二人は、壁際で伸びている教授と、フライパンを構えて仁王立ちする俺とオムレツを見て、絶句した。


「……アイリス。それは?」

「調理実習の帰りでしたので。つい、うっかり手が滑って」

「手が滑って、人を壁にめり込ませる令嬢がいてたまるか」


 殿下は頭を抱えたが、リュシアンは腹を抱えて笑い出した。


「ははは! 最高だよ、アイリス! フライパンで魔法使いを撃退するなんて、歴史上君だけだ!」


 ◇◇◇


 結局、ガランド教授は駆けつけた騎士団に引き渡された。所持品からは『古き盟約』との繋がりを示す決定的な証拠が出てきて、言い逃れようのない逮捕となった。


 だが、翌日のアカデミー新聞の見出しは、またしても俺の頭を悩ませることになった。


『悪女の鉄槌! 愛の力で凶悪犯を撃退! その武器は愛のフライパン!?』


 記事には、「王子たちを守るため、か弱い乙女が勇気を振り絞ってフライパンで応戦した」という、嘘ではないが何かが決定的に間違っている美談が綴られていた。


「すごいですわ、アイリス様!」


 リヴィアが目をハートにして駆け寄ってくる。


「愛する殿下のためなら、なりふり構わず戦うそのお姿……これぞ『戦う悪女』ですわ! わたくし、一生ついていきます!」


 周りの女子生徒たちも、なぜか尊敬の眼差しで俺を見ている。中には、護身用にフライパンを鞄に入れている生徒まで現れる始末だ。


「……違う。俺はただ、オムレツを守りたかっただけなんだ」


 俺の悲痛な独り言は、誰の耳にも届くことはなかった。

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