第34話:共犯者の葛藤
自室に戻った俺は、ベッドに倒れ込み、天井を仰いだ。
リュシアン・ブランシェ。あの男に、俺の最大の秘密の一つが見抜かれた。人の魔力の量と性質を見る、異能の瞳。
「なあ、クロ。お前の言う『良い目』は、厄介すぎるぞ……」
俺の呟きに、ベッドの隅で丸くなっていたクロが人間の姿に変わる。
「えー? でも、アイリスのすごいのが見えたってことだろ? いいことじゃないか!」
「……そういう問題じゃないんだ」
俺は、この無邪気な相棒にこれ以上説明するのを諦め、深いため息をついた。
問題は山積みだ。そして、その筆頭に報告すべき相手がいる。
◇◇◇
翌日の放課後。図書室の奥、いつもの場所で、セオドア殿下は俺のことを待っていた。
俺はまず、当たり障りのないほうから切り出すことにした。
「――以上が、リュシアンとのお茶会での会話です。そして最後に、アカデミーの外を案内してほしいと……再度、誘われました」
その瞬間、殿下の眉間に、くっきりと一本の皺が刻まれた。
「……断るべきだ」
静かだが、有無を言わせぬ低い声だった。
「危険すぎる。僕の目の届かない場所で、君をあの男と二人きりにするなど、許可できない」
(護衛対象としての心配か……?)
「殿下、まだ、重要な報告が残っております」
俺は彼の目をまっすぐに見据え、本題を告げた。
「リュシアンは、わたくしが魔力を抑え込んでいることに気づいています。彼は、人の魔力が見える、と」
場の空気が、一変した。
殿下の表情から、苛立ちといった個人的な感情がすっと消え、冷徹な王族のそれへと変わる。
「……詳しく聞かせろ」
俺は、リュシアンが語った内容をありのままに伝えた。彼の瞳の色、魔力が「深海」のようだと言われたこと。生まれつきの力だと語っていたこと。
俺の話を聞き終えた殿下は、しばらく黙り込んでいたが、やがて重々しく口を開いた。
「ルミナリア王家の伝承に聞く、『真実の瞳』……。所有者の魔力の量や性質、果ては心の偽りまでも見抜くと言われる、伝説の異能だ」
「伝説……?」
「ああ。数百年前にその血筋は途絶えたとされていた。なぜ、一介の留学生がそれを……」
殿下の言葉に、俺は事の重大さを改めて認識する。リュシアンは、ただの優秀な生徒ではない。ルミナリア王国の、決して表に出してはいけない重要人物である可能性が高い。
セオドア殿下は、苦々しげに呟いた。
「そんな危険極まりない男と、君を二人で会わせるなど、絶対に許可できない」
「ですが、殿下」
俺は、冷静に反論した。
「彼はわたくしの秘密を握り、こちらの腹を探ろうとしています。ならば、こちらも彼の腹を探るまで。彼の目的、そして彼の正体を探る上で、これ以上の好機はありません」
「それでもだ!」
殿下が、声を荒げる。
「君を危険に晒してまで得なければならない情報など、僕にとっては無価値だ!」
その言葉に、俺は一瞬、息をのんだ。
彼の瞳には、ただ俺の身を案じる、純粋な感情だけが揺らめいていた。
しばらく、二人の間に重い沈黙が流れる。
やがて、根負けしたように大きく息を吐いたのは、殿下のほうだった。
「……分かった。君の言うことにも、一理ある」
彼は、苦渋の表情で俺を見た。「君を行かせる。だが、条件がある」
「条件、ですの?」
「ああ」
セオドア殿下は、強い意志を宿した瞳で、きっぱりとこう宣言した。
「僕も行く。影から君を護衛する。それが、絶対条件だ」
(護衛の護衛、か。本末転倒だな)
俺は彼の頑固さに内心で呆れつつも、その申し出を断る理由も見つからなかった。




