第3話:王立十聖は、お断りします
国王陛下に腕を引かれるまま、俺は父と母から引き離された。周囲の貴族たちが作る人垣を抜け、側近に導かれて通されたのは、王城の奥深くにある一室だった。
そこは、豪華だが窓のない、重苦しい空気が漂う謁見の間。玉座には国王陛下が座り、その前には、いかにも強者といった雰囲気を漂わせる男女が数名ほど、厳しい顔で俺を見下ろしている。彼らが、この国の魔法技術の頂点に立つ『王立十聖』だろう。
「陛下、ご再考を! このような小娘に、我々の仲間が務まるはずがありません!」
燃えるような赤い髪を持つ、筋骨隆々の男が声を荒げる。豪炎の魔術師の二つ名を持つ、十聖の第二席だ。彼の意見に、他の数人も頷いている。
(その通りだ、もっと言え)
俺は心の中で喝采を送った。もちろん、そんな内心はおくびにも出さず、公爵令嬢として完璧な淑女の笑みを浮かべている。
「陛下。皆様がおっしゃる通り、わたくしのような幼い娘には不相応にございます」
俺は椅子から降り、ドレスの裾をつまんで優雅に一礼した。か弱い8歳の少女を演じ、この場を穏便に乗り切る作戦だ。
しかし、国王は玉座で頬杖をつき、面白そうに俺を見ている。
「口ではそう言うが、その瞳は少しも臆してはおらぬな。アイリス嬢、余はそなたの力を必要としているのだ。空席となっている魔法省の王立十聖、第一席に就いてもらう」
(……ダメだ、この王、引く気がない)
前世の経験から、この手の権力者は一度言い出したら聞かないことを知っている。ならば、ただ拒否するだけでは埒が明かない。
「……では、陛下。もし、わたくしがその大役をお受けするとあらば、三つの条件がございます」
俺の言葉に、十聖の面々がざわつく。8歳の少女が国王に取引を持ちかけるなど、前代未聞だからだ。
「申してみよ」
「第一に、わたくしが十聖に加わることは、ここにいる皆様だけの秘密とすること。わたくしの正体は秘匿され、任務の際は仮面とローブを以て、姿を隠すことをお許しください」
これは俺のスローライフを守るための絶対条件だ。国王は少し考えた後、頷いた。
「第二に、わたくしに二つ名をお与えになるのであれば、それはわたくし自身に選ばせていただきたく存じます」
「ほう? 面白い。して、そなたはなんと名乗りたい?」
この問いに、俺は即答した。
「わたくしに二つ名は不要にございます。ただ、呼ばれるのであれば影と。光の当たらぬ場所で、静かに国を支える影でありたいのです」
俺の答えに、国王は声を上げて笑った。
「ククク……面白い! よかろう! 王立十聖第一席、影の誕生だ! このことは、ここにいる者以外の耳には入れぬと誓おう」
そして、俺は最後の、そして最も重要な条件を口にした。
「第三に……わたくしの望みは、平穏な暮らしにございます。緊急の任務以外では、屋敷で静かに過ごす自由をお認めください」
これが俺の真の目的。国王はしばらく俺を見つめていたが、やがて大きく頷いた。
「よかろう。ただし、余が呼んだ時には必ず馳せ参じるのだぞ、影よ」
こうして、俺は不本意ながらも、誰にも知られることなく『王立十聖』の第一席となり、同時に最低限のスローライフを確保することに成功した。
自室に戻ると、ベッドの上には国王から下賜された、小さな黒い仮面と、フード付きの深い紺色のローブが置かれていた。
俺は仮面を手に取り、そっと顔に当てる。
「……スローライフ計画、大失敗だな」
小さなため息は、誰に聞かれることもなく、静かな部屋に溶けていった。