第21話:決勝戦は、皿の上で行われる
聖菓祭の決勝戦。会場の熱気は、最高潮に達していた。
壇上に用意されたのは、十年一度しか実らないという伝説の果実、『星光のベリー』。それはただの菓子材料ではない。凝縮された純粋な魔力の塊であり、それ自体が強力な魔法の触媒となる代物だ。夜空の星を閉じ込めたかのように、一粒一粒が淡い光を放っている。
(敵の狙いは、セオドア殿下の『イージスのロケット』。だが、この『星光のベリー』も奴らにとっては見過ごせないはずだ。ロケットの力を増幅させるか、あるいは、禁断魔法の触媒にするか……。いずれにせよ、奴らは両方を奪うつもりだろう)
俺は、お菓子作りに集中するふりをしながら、全神経を周囲の警戒に張り巡らせていた。審査員席のセオドア王子、警備兵の配置、観客たちの動き。その全てを、脳内に叩き込んでいく。
俺が作るのは、ベリーの繊細な風味を最大限に活かすための、複雑な工程を経るムースケーキ。ベリーの果汁を、一滴たりとも無駄にしない。温度管理、泡立て、冷却。その全ての工程を、俺は暗殺者としての精密さで、完璧にこなしていく。その神業のような手際に、観客も、審査員のセオドア王子でさえも、息をのんで見入っていた。
やがて、三者三様のデザートが完成し、審査の時を迎えた。
俺の作り上げた『星空のムース』は、一口食べれば、口の中に宇宙が広がるような、幻想的な味わいだと絶賛された。
そして、ついに審査結果の発表の時が来た。会場の誰もが、固唾を飲んで壇上を見守っている。
(……来る!)
俺がそう確信した瞬間、ついに敵が動いた。
会場の四隅で、突如として目眩し用の強力な光魔法が炸裂する。観客席がパニックに陥り、悲鳴と怒号が飛び交う。警備兵たちが混乱の鎮圧に向かい、壇上への注意が手薄になった、その一瞬の隙。
黒いローブをまとった数人の男たちが、観客席から飛び出し、壇上へと殺到した。
一人は、警備が手薄になった『星光のベリー』の台座へ。
そして、リーダー格の男は、一直線にセオドア王子の胸元――『イージスのロケット』へと手を伸ばす。
「殿下!」
騎士たちが叫ぶが、間に合わない。
(ベリーも、ロケットも、どちらも渡すものか!)
俺は、究極の選択を迫られた。しかし、俺はどちらも諦めなかった。暗殺者は、常に最善手ではなく、最適解を選ぶ。
「きゃっ!」
俺は、か弱い悲鳴を上げた。そして、完成したばかりの『星空のムース』が乗った銀の皿を、まるで足がもつれて手放してしまったかのように、うっかりと敵のリーダー目掛けて滑らせる。
芸術品のようなケーキは、磨き上げられた床の上を、計算され尽くした完璧な軌道で滑走した。そして、セオドアに到達する寸前のリーダーの足元で、完璧なトラップとなり、その動きを一瞬、しかし致命的に封じた。
「なっ!? ぐわっ!」
男は、見事にケーキに足を取られて体勢を崩す。その隙を、セオドアが見逃すはずがなかった。彼の指先から放たれた魔法が、男の鳩尾を正確に打ち抜く。
会場の混乱は、まだ続いている。
ベリーを狙ったもう一人の敵が、台座に手をかけようとしていた。
だが、その時にはもう、そばかすの町娘『アイリ』の姿は、どこにもなかった。
俺は、最初の混乱に乗じて、群衆の中へと、音もなく姿を消していたのだ。




