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第2話:天才は、目立ちたくない

 8歳の誕生日。それはアルトス公爵家の一人娘である俺にとって、人生で最もスローライフからかけ離れた一日となった。


 王城の大広間は、シャンデリアの眩い光と、着飾った貴族たちのざわめきで満ちていた。きらびやかなドレスの裾を揺らし、宝石を散りばめた扇子を手に談笑する人々。その光景は、前世で潜入した数多のパーティーを彷彿とさせ、俺の警戒心を無意識に昂らせる。


「まあ、アイリス。なんて可愛らしいのかしら」

「今日の主役はあなたですよ」


 父と母は、俺の頭に小さなティアラを乗せながら満面の笑みだ。俺が着せられているのは、最高級のシルクとレースで仕立てられた、羽のように軽いドレス。正直、動きづらくて仕方がない。前世の戦闘服がいかに機能的だったかを痛感する。


(……早く帰って、畑のトマトの様子が見たい)


 それが俺の本音だった。しかし、国王陛下主催のパーティーとあっては、そうもいかない。


 パーティーの余興として用意されていたのは、魔法省が管轄する『王立魔法試験場』の見学だった。そこでは、魔法騎士団への入団を希望する若者たちの公開模擬試験が行われるらしい。母に手を引かれ、俺は巨大なドーム状の建物へと足を踏み入れた。


 試験の最終課題は、一体のゴーレムを討伐すること。全長5メートルはあろうかという巨体に、黒曜石のような硬質の装甲。魔力で自律稼働する、古代文明の遺物だという。受験者たちが次々と魔法を放つが、ゴーレムの装甲はそれをことごとく弾き返す。


「ふん、雑魚どもめ」


 観覧席の前方で、腕を組んだヴァイス侯爵家の嫡男が偉そうに呟くのが聞こえた。彼の隣には、同じように尊大な態度をとる取り巻きが数人いる。


 試験の様子を眺めていると、そのヴァイス家の男が、俺の存在に気づいた。


「なんだ、チビ。こんな所は子供の来るところじゃないぞ。公爵家のコネで入っただけのくせに、邪魔だ」


 カチン、ときた。


 前世の俺なら、その生意気な口を二度と利けなくしてやっただろう。だが、今の俺はか弱い8歳の少女、アイリスだ。事を荒立てるのは本意ではない。


(……うるさい。さっさと終わらせて帰るか)


 俺は母の手を離れ、観覧席の最前列へと歩み出た。


「ママ、あれ、やってみてもいい?」

「まあ、アイリス。もちろんですわ、頑張って!」


 母はいつもの調子で快く送り出してくれる。俺は訓練場の中心へと歩きながら、足元に転がっていたクルミ大の小石を一つ拾い上げた。


「なんだ、あのガキは」「自殺行為だぞ」


 観客席がざわつくのが分かる。ヴァイス家の男は「馬鹿めが」と吐き捨てた。


 俺はそんな雑音を無視し、ゴーレムを見据える。前世の分析眼が、その構造を瞬時に見抜く。装甲の継ぎ目、魔力循環の経路、そして、胸部に埋め込まれたコアの位置。


 小石に意識を集中し、魔力を流し込む。狙うは一点、核のみ。

『分解』――物質の構造を理解し、その結合を原子レベルで破壊する、俺のオリジナル魔法だ。


 ひゅっ、と軽い音を立てて、小石が俺の手を離れる。それは正確無比な軌道を描き、ゴーレムの胸部へと吸い込まれていった。


 次の瞬間、巨大なゴーレムの動きがピタリと止まる。そして、核の部分から蜘蛛の巣のような亀裂が走り、音もなく全身が砂のように崩れ落ちた。


 静寂。


 ドームを支配していたのは、完全な沈黙だった。


 その静寂を破ったのは、玉座から立ち上がった国王陛下の、震える声だった。


「……なんと……なんと、素晴らしい!」


 国王は壇上から降りてくると、呆然と立ち尽くす俺の前に立ち、その小さな両肩に手を置いた。その瞳は、値のつけられない宝石を見つけたかのように、ギラギラと輝いている。


「アイリス・フォン・アルトス! その類稀なる才能、この国のために使わせてもらうぞ!」


 国王は俺の腕を掴むと、貴族たちが固唾を飲んで見守る中、高らかに宣言した。


「彼女は、本日この時をもって、余が直々に預かることとする!」


 具体的な役職名は、明かされなかった。だが、国王自らが後見人となると宣言したも同然だ。それは、どんな爵位や称号よりも重い意味を持っていた。


 ヴァイス家の男が、信じられないものを見る目で俺を凝視している。他の貴族たちも、畏怖と嫉妬と好奇が入り混じった複雑な表情で、俺と国王を交互に見ている。


 しまった、と内心舌打ちしたが、もう遅い。


 こうして、俺は「国王陛下にその才能を認められた天才少女」として、貴族社会にその名を轟かせることになった。


 俺が望んだスローライフとは、真逆の形で。

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