表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元・暗殺者の異世界ゆるふわスローライフ計画  作者: 希羽
第1章:静寂を望んだ暗殺者
16/28

第16話:暗殺者は、静かな意識に気づく

 あの忌々しいお茶会から一夜。俺は、自室の机の上で、完全に燃え尽きていた。


 原因は、言うまでもなくセオドア殿下とのペアワークの課題だ。


 俺はペアワークの課題のことを、完全に、綺麗さっぱり忘れていたのだ。


 殿下に寮の学習室まで引きずられていった後、俺を待っていたのは、氷のように冷たい視線と、山のような資料だった。


「日の出までに、この資料を全てまとめろ」


 そう言われ、俺は半泣きになりながら、徹夜で課題を終わらせたのだった。


 そして、翌日の昼休み。


 俺は、完成したレポートを手に、ふらふらの足取りで殿下を探していた。


(どこにいるんだ、あの王子は……)


 教室にも、談話室にもいない。俺は、彼が好きそうな静かな場所、ステラ寮の裏手にある、あまり人の来ない中庭へと足を踏み出した。


 果たして、殿下はそこにいた。噴水の縁に腰掛け、一冊の本を静かに読んでいる。


 俺が声をかけようと、一歩踏み出した、その瞬間だった。


 ――ぞくり。


 全身の肌が、粟立った。


 それは、殺意ではない。もっと希薄で、研ぎ澄まされた『意識』。獲物に気づかれぬよう、息を殺し、気配を消し、ただ一点だけを狙う、熟練の狩人が放つ特有の気配。前世で、俺自身が幾度となく放ってきたものと同じ種類の気配だった。


 俺の足が、その場に縫い付けられる。視線を、気配の源へと向ける。


 中庭を囲む生垣の影。そこに、フードを目深にかぶった一人の男が、闇に溶け込むように佇んでいた。その動きには一切の無駄がなく、呼吸のリズムさえも、周囲の風の音に同化している。


(……プロだ)


 男は、ゆっくりと、音もなく、読書に集中する殿下の背後へと回り込んでいく。その手には、武器はない。だが、その指先は、まるで獲物を狙う蛇のように、殿下へと静かに伸ばされようとしていた。


(狙いは殿下で間違いないが、殺気は感じない。一体、何が目的だ……?)


 ここで大声を出せば、男は殿下を人質に取るかもしれない。騎士団を呼ぶ時間はない。


(……やるしかない)


 俺は、すぐそばにあった、装飾用の小さな石畳に、わざと足を引っ掛けた。


「きゃっ!」


 可愛らしい悲鳴と共に、俺は派手にすっ転ぶ。そして、倒れ込む勢いを利用して、近くにあった植木鉢を、腕で思い切りなぎ払った。


 ガッシャーン!


 植木鉢が派手な音を立てて砕け散り、中庭の静寂を打ち破る。


「なっ!?」


 その音に、殿下と、そしてフードの男が同時に反応した。男は、計画を看破されたと悟ったのか、忌々しげに舌打ちをすると、信じられないほどの身軽さで生垣を飛び越え、一瞬で姿を消した。


「……今の、何者だ?」


 殿下は、男が消えた生垣の闇を鋭く見据えたが、すぐに視線を俺へと移した。


「……アイリス。また君か」


 殿下は、呆れたような、しかし全てを見透かしたような目で、尻餅をついたままの俺を見下ろしていた。


「も、申し訳ありません、殿下! また、足がもつれてしまいまして……!」

「そうか。君は、実に絶妙なタイミングで転ぶことができる、類稀なる才能の持ち主らしいな」


 その言葉は、皮肉以外の何物でもなかった。


 俺は、完璧な淑女の笑みの下で、冷たい汗が背中を伝うのを感じていた。


(あの男……ただの泥棒ではない。このアカデミーは強力な結界で守られている。そう簡単に部外者が入れるわけがない。一体、誰が、あんな手練れをこのアカデミーの中に……?)


 新たな、そしてより危険な謎の気配に、俺のスローライフ計画は、また一歩、闇の中へと後退していくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ