表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元・暗殺者の異世界ゆるふわスローライフ計画  作者: 希羽
第1章:静寂を望んだ暗殺者
15/28

第15話:お茶会は、甘くてしょっぱい味がする

 セオドアに腕を引かれてセラフィーナの前から連れ去られた、あの日以来。俺は、学園の女王様とその取り巻きたちから、あからさまな敵意を向けられるようになっていた。


 そして、その週末。


 セラフィーナが主催する、ステラ寮の女子生徒だけのお茶会に、俺も招待されることになった。もちろん、断れるはずもない。


(……憂鬱だ)


 俺は、ただただ深いため息をついた。


 会場であるステラ寮の豪華な談話室は、色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちの、華やかな笑い声で満ち溢れている。しかし、俺が足を踏み入れた瞬間、その場の空気がぴたりと凍りついた。


「まあ、アイリス。お待ちしておりましたわ」


 セラフィーナが、完璧な淑女の笑みで俺を迎える。しかし、その瞳は全く笑っていない。彼女に促されるまま席に着くと、案の定、誰も俺に話しかけてはこなかった。取り巻きたちは、俺が存在しないかのように、わざとらしく俺を避けて会話を弾ませている。


(なるほど。孤立させて、屈辱を味わわせるつもりか)


 前世で、常に孤独だった俺にとって、その程度の嫌がらせは、春のそよ風ほどにも感じない。俺は、彼女たちの幼稚な策略に内心でため息をつくと、目の前のテーブルに意識を集中させた。


 テーブルの上には、王宮のパティシエが腕によりをかけて作ったであろう、芸術品のようなスイーツたちがずらりと並んでいる。


(……これは、すごい)


 俺は、令嬢たちの会話などBGMにもならぬとばかりに、目の前のスイーツへと手を伸ばした。


 一口、モンブランを口に運ぶ。


 その瞬間、俺の頬が、ぽっと緩んだ。普段は完璧に制御している表情筋が、その意思に反して、至福の形を描く。


(……栗の風味を殺さない、絶妙な甘さのクリーム。隠し味にラム酒か。やるな)


 分析する冷静な思考とは裏腹に、俺の口元は幸せそうに綻び、目はうっとりと細められていた。


 俺が、周りの空気も読まず、ただただ幸せそうに、そして真剣にスイーツを味わい続ける様子に、セラフィーナたちの顔から、次第に笑みが消えていく。


 いじめが全く効いていないどころか、当の本人は最高に楽しんでいるのだから、当然だろう。


「この女……!」


 取り巻きの一人が、悔しそうに歯噛みする。


 俺が、最後の一個であるチョコレートケーキ『オペラ』に手を伸ばした、その時だった。


 談話室の扉が、静かに、しかし有無を言わせぬ勢いで開いた。


「アイリス」


 そこに立っていたのは、腕を組み、心底呆れたような顔をしたセオドアだった。


 彼の登場に、令嬢たちが色めき立つ。セラフィーナは、待ってましたとばかりに、最高の笑みで殿下に駆け寄った。


「まあ、セオドア様! どうかなさいましたの? わたくしでよければ、お話を……」

「君に用はない。そこにいる食いしん坊に用がある」


 殿下は、セラフィーナを氷のような一瞥で黙らせると、まっすぐに俺の元へと歩いてきた。そして、俺がまさに食べようとしていたオペラを睨みつけ、こう言った。


「ペアワークの課題をすると約束したはずだが。まさか、忘れていたわけではあるまいな?」

「え……あ……」


(……忘れてた)


 スイーツに夢中になるあまり、殿下との約束が、俺の頭から綺麗さっぱり消え去っていたのだ。


「行くぞ。課題が終わるまで、甘いものは一切禁止だ」

「そ、そんな……!」


 殿下は、絶望する俺の手を掴むと、セラフィーナとその取り巻きたちには目もくれず、俺を談話室から引きずり出してしまった。


 後に残されたのは、完全な静寂と、セラフィーナのプライドが粉々に砕け散る音だけだった。


 腕を引かれながら、俺は涙目だった。


(あのオペラも、食べてみたかった……。というか、課題の準備、何もしてない……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ