第15話:お茶会は、甘くてしょっぱい味がする
セオドアに腕を引かれてセラフィーナの前から連れ去られた、あの日以来。俺は、学園の女王様とその取り巻きたちから、あからさまな敵意を向けられるようになっていた。
そして、その週末。
セラフィーナが主催する、ステラ寮の女子生徒だけのお茶会に、俺も招待されることになった。もちろん、断れるはずもない。
(……憂鬱だ)
俺は、ただただ深いため息をついた。
会場であるステラ寮の豪華な談話室は、色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちの、華やかな笑い声で満ち溢れている。しかし、俺が足を踏み入れた瞬間、その場の空気がぴたりと凍りついた。
「まあ、アイリス。お待ちしておりましたわ」
セラフィーナが、完璧な淑女の笑みで俺を迎える。しかし、その瞳は全く笑っていない。彼女に促されるまま席に着くと、案の定、誰も俺に話しかけてはこなかった。取り巻きたちは、俺が存在しないかのように、わざとらしく俺を避けて会話を弾ませている。
(なるほど。孤立させて、屈辱を味わわせるつもりか)
前世で、常に孤独だった俺にとって、その程度の嫌がらせは、春のそよ風ほどにも感じない。俺は、彼女たちの幼稚な策略に内心でため息をつくと、目の前のテーブルに意識を集中させた。
テーブルの上には、王宮のパティシエが腕によりをかけて作ったであろう、芸術品のようなスイーツたちがずらりと並んでいる。
(……これは、すごい)
俺は、令嬢たちの会話などBGMにもならぬとばかりに、目の前のスイーツへと手を伸ばした。
一口、モンブランを口に運ぶ。
その瞬間、俺の頬が、ぽっと緩んだ。普段は完璧に制御している表情筋が、その意思に反して、至福の形を描く。
(……栗の風味を殺さない、絶妙な甘さのクリーム。隠し味にラム酒か。やるな)
分析する冷静な思考とは裏腹に、俺の口元は幸せそうに綻び、目はうっとりと細められていた。
俺が、周りの空気も読まず、ただただ幸せそうに、そして真剣にスイーツを味わい続ける様子に、セラフィーナたちの顔から、次第に笑みが消えていく。
いじめが全く効いていないどころか、当の本人は最高に楽しんでいるのだから、当然だろう。
「この女……!」
取り巻きの一人が、悔しそうに歯噛みする。
俺が、最後の一個であるチョコレートケーキ『オペラ』に手を伸ばした、その時だった。
談話室の扉が、静かに、しかし有無を言わせぬ勢いで開いた。
「アイリス」
そこに立っていたのは、腕を組み、心底呆れたような顔をしたセオドアだった。
彼の登場に、令嬢たちが色めき立つ。セラフィーナは、待ってましたとばかりに、最高の笑みで殿下に駆け寄った。
「まあ、セオドア様! どうかなさいましたの? わたくしでよければ、お話を……」
「君に用はない。そこにいる食いしん坊に用がある」
殿下は、セラフィーナを氷のような一瞥で黙らせると、まっすぐに俺の元へと歩いてきた。そして、俺がまさに食べようとしていたオペラを睨みつけ、こう言った。
「ペアワークの課題をすると約束したはずだが。まさか、忘れていたわけではあるまいな?」
「え……あ……」
(……忘れてた)
スイーツに夢中になるあまり、殿下との約束が、俺の頭から綺麗さっぱり消え去っていたのだ。
「行くぞ。課題が終わるまで、甘いものは一切禁止だ」
「そ、そんな……!」
殿下は、絶望する俺の手を掴むと、セラフィーナとその取り巻きたちには目もくれず、俺を談話室から引きずり出してしまった。
後に残されたのは、完全な静寂と、セラフィーナのプライドが粉々に砕け散る音だけだった。
腕を引かれながら、俺は涙目だった。
(あのオペラも、食べてみたかった……。というか、課題の準備、何もしてない……)