表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元・暗殺者の異世界ゆるふわスローライフ計画  作者: 希羽
第1章:静寂を望んだ暗殺者
14/28

第14話:女友達は、嵐の予感

 俺の日常は、いつの間にか平穏とは程遠いものになっていた。


「見ろ、あれが殿下のお気に入りだぜ」

「王子にあれだけ執着されるなんて、一体何者なのかしら」


 クリスタル・クラッカーという不名誉なあだ名はいつの間にか消え、今や俺は『殿下のお気に入り』あるいは『謎多きパートナー』として、一部の生徒から奇妙な注目を集めるようになっていた。


 セオドア殿下は、俺の幸運が計算されたものであると確信し、その正体を探ろうと、日に日に距離を詰めてきている。おかげで俺は、心休まる暇もなかった。


 そんなある日の昼休み。俺は喧騒を避けて、ステラ寮の談話室の隅で、透明化したクロを膝に乗せながら静かに本を読んでいた。


 これぞ束の間のスローライフだ。


「まあ、あなたがアイリス・フォン・アルトスね?」


 突如、鈴を転がすような、しかし有無を言わせぬ華やかな声が頭上から降ってきた。


 顔を上げると、そこに立っていたのは、燃えるような赤い髪を縦ロールにした、気の強そうな美少女だった。エメラルドグリーンの瞳は、品定めするように俺を上から下まで眺めている。


 彼女は、国内でも有数の大貴族、ルミナス公爵家の一人娘、セラフィーナ・フォン・ルミナス。セオドア殿下の婚約者候補と噂される、学園の女王的存在だ。


「ごきげんよう、ルミナス嬢」


 俺は内心の警戒を押し殺し、完璧な淑女の笑みで立ち上がり、カーテシーをする。


 セラフィーナは、取り巻きの令嬢たちを従え、優雅に微笑んだ。


「お堅い挨拶はよしにして。最近のあなたは、随分と有名ですわね。殿下のお気に入り様」


 彼女の言葉には、棘があった。俺は曖昧に微笑んでやり過ごそうとする。


「あなた、殿下のパートナーなんですってね」


 セラフィーナは、本題に入ってきた。


「あの方は、少し周りに誤解されやすいけれど、本当はとてもお優しい方なの。あなたがパートナーで、わたくし、安心したわ」


 嘘をつけ、と俺は心の中で毒づいた。その目は、俺という存在が邪魔で仕方ないと言っている。


「あなたのような、物静かで可愛らしい方なら、殿下のお側にいても安心だもの。ねえ、アイリス。わたくしたち、お友達になりましょう?」


 それは、拒否を許さない提案だった。友人という名の、監視下に置くという宣言だ。俺がどう返答したものかと思案していると、談話室の入り口がにわかに騒がしくなった。


 セオドアが、まっすぐにこちらへ歩いてくる。


「セオドア様、ごきげんよう」


 セラフィーナは、ぱっと表情を輝かせ、完璧な淑女の笑みで王子に挨拶する。しかし、セオドアは彼女に一瞥もくれなかった。


 彼の視線は、ただ俺だけに向けられている。


「アイリス。次の実技訓練の作戦会議をする。行くぞ」

「え……」

「返事は?」

「……はい」


 セオドアは、俺が返事をするや否や、その腕を掴んで歩き出した。俺はなすすべもなく、彼に引かれていく。


 取り残されたセラフィーナは、その場に立ち尽くしていた。


 彼女の顔には完璧な笑みが張り付いたままだが、そのエメラルドグリーンの瞳の奥には、冷たい炎が燃え上がっているのが、俺にははっきりと見えた。


 腕を引かれながら、俺は本日何度目かのため息をつく。

 

 面倒な護衛対象に、面倒な恋のライバル(?)。


 俺の望む平穏なスローライフは、一体どこへ行ってしまったのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ