第13話:共同作業は、息が詰まります
シャンデリア落下事件は、アカデミーの調査の結果、「老朽化による不幸な事故」として処理された。オルブライト教授は、数日後、自己都合を理由にアカデミーを辞職したらしい。俺のささやかな脅迫が効いたようだ。
しかし、俺のスローライフ計画は、別の意味で崩壊の一途を辿っていた。
「君は、本当に幸運だな」
魔法実技の授業で、セオドア殿下が俺の隣で面白そうに呟く。あの日以来、彼は全ての授業で、当然のように俺の隣に座り、パートナーとして行動を共にしていた。その空色の瞳は、もはや俺を疑うのではなく、まるで面白い玩具を観察するように、楽しげな光を宿している。
そして今日、俺たちの強制パートナーシップは、最初の大きな試練を迎えていた。
「本日の課題は、擬似迷宮の攻略だ! パートナーと協力し、最深部の宝珠を持ち帰れ!」
俺たちが巨大なゲートを潜ると、周囲の風景が一変した。薄暗い石造りの通路が、どこまでも続いている。
「さて、行こうか。僕の幸運の女神」
「……善処いたしますわ、殿下」
殿下は、皮肉のこもった呼び名で俺を促し、躊躇なく歩き出す。俺はその数歩後ろを、淑女らしく、しかし暗殺者としての警戒心を最大に引き上げてついていった。
早速、最初のトラップが牙を剥いた。殿下が、床の一枚岩に、わざとらしく足をかけようとする。
(……この男、試しているな)
俺は即座に判断し、行動に移した。
「きゃっ!」
わざとらしく、可愛らしい悲鳴を上げる。そして、足をもつれさせたふりをして、殿下の腕に勢いよくしがみついた。
「なっ、何をする!?」
「も、申し訳ありません、殿下! 足が……!」
俺の行動によって、殿下の踏み出した足は、感知式の床板から数センチずれた位置に着地した。何も起こらない。彼は怪訝な顔を装っているが、その口元が微かに笑っているのを、俺は見逃さなかった。
次に現れたのは、壁から無数の魔法の矢が放たれるトラップだった。
「守護の壁!」
殿下が即座に防御魔法を展開する。しかし、彼はわざと、側面からの数本を見逃すように、死角を作った。
(護衛対象がこれでは、話にならん……!)
俺は殿下の影に隠れて怯えているふりをしながら、指先から極小の魔力弾を放つ。それは音もなく、光もなく、死角から迫っていた矢だけを正確に撃ち落とした。
「……ふむ。今の魔力の乱れ、実に興味深い」
殿下が訝しげに呟くが、俺は「怖かったですわ、殿下……」とか弱い声を出すだけで、追及をかわす。
迷宮の最深部では、一体のゴーレムが宝珠を守っていた。
「ここは僕がやる。君は下がって、その幸運で僕を援護してくれ」
殿下が強力な攻撃魔法を練り上げる。その隙を、ゴーレムが見逃すはずがない。巨大な石の拳が、無防備な殿下目掛けて振り下ろされる。
(だから、甘いと言っている)
俺はまたしても、足元の小石にそっと魔力を流し込んだ。狙うのは、ゴーレムの足首。ほんの少しだけ、その関節の構造を分解し、バランスを崩させる。
殿下の魔法が放たれると同時に、ゴーレムは大きく体勢を崩した。攻撃は狙い通りに直撃し、ゴーレムは轟音と共に崩れ落ちる。
俺たちは、アカデミーの歴代記録を大幅に更新するタイムで、擬似迷宮を攻略した。教官は手放しで俺たちを賞賛し、他の生徒たちは驚愕と嫉妬の目で俺を見ていた。
訓練が終わり、寮へと戻る途中だった。殿下が、不意に俺の前に立ちふさがった。
「君、面白いな」
その空色の瞳は、もはや俺の正体を暴こうとするものではなかった。ただ、純粋な好奇心と、そして確信に満ちた光を宿していた。
「君のその幸運は、一体どこまで僕を楽しませてくれるんだ? アイリス・フォン・アルトス」
彼は、挑戦的に笑う。
「君のこと、ますます知りたくなったよ」
それは、俺のスローライフ計画の完全な終わりを告げる、宣戦布告だった。