第11話:相棒は、空気が読めない
ステラ寮の自室に戻った俺は、ベッドに倒れ込むように身を投げ出した。対人戦闘訓練でヴィクトルを無力化し、あろうことかセオドア王子本人から「次のパートナーは君だ」と宣言されてしまった。
疲労困憊だ。
精神的な疲労が、どっと体にのしかかる。
(これから毎日、あの王子と顔を合わせるのか……)
護衛対象としては好都合かもしれないが、俺のスローライフ計画にとっては致命的だ。これ以上目立つのは、絶対に避けたいのに。
俺が深くため息をついた、その時だった。
肩にかけていた鞄の中から、もぞもぞとクロが出てくる。そして、俺が瞬きをする間に、クロの小さな体が淡い光に包まれた。
「なっ……!?」
光が収まった時、そこにいたのは漆黒のドラゴンの姿ではなかった。
俺より少しだけ背の高い、整った顔立ちの少年――いや、青年と言った方がいいかもしれない。ふわふわの黒髪に、ドラゴンの時と同じ、吸い込まれそうな金色の瞳。着ているのは、なぜか俺の制服をアレンジしたような、動きやすそうなシャツとズボンだ。
青年は、きょとんとしている俺の顔を見て、にぱっと笑った。
「アイリス。おれ、この姿にもなれるんだ。すごいだろ?」
「…………は?」
俺はベッドから飛び起きた。目の前の光景が信じられない。
「……お前、クロ、か? 喋れたのか……?」
「うん! この姿だと喋れるんだ。おれ、すごいやつだからな!」
クロはえっへんと胸を張る。その無邪気な姿に、俺は頭痛を覚えながらも、相棒の新たな一面に、ほんの少しだけ口元が緩むのを感じた。だが、そんな感傷は、クロの次の言葉によって木っ端微塵に吹き飛ばされることになる。
クロは、俺の疲れた顔を心配そうに覗き込み、何かを思い出したように目を輝かせた。
「そうだ、アイリス! 今日の授業、すごかったな! あの王子様、セオドアって言ったっけ? パートナーになれて良かったな!」
「…………」
「すっごく強くて、カッコいい王子様! これでアイリスもお友達ができて、おれ、嬉しい!」
満面の笑みで、クロはそう言い放った。
その言葉は、純粋な善意と喜びから発せられた、一点の曇りもないものだった。だからこそ、俺の心に深く、深く突き刺さる。
友達……だと……?
あの氷のような王子と?
俺が正体を隠して守らなければならない、護衛対象と?
何より、俺のスローライフ計画を根底から覆そうとしている、最大の障害と?
「……クロよ」
「ん?」
「それは、全く、これっぽっちも、良いことではないんだ……」
俺は力なくそう言うが、クロは首を傾げるばかりだ。
「えー、なんで? 友達は、多いほうが楽しいだろ?」
そして、何かを思いついたように、にっと笑って付け加えた。
「まあ、おれがアイリスの親友だけどな!」
そう言うと、クロはいつものノリで、俺の頬に自分の顔をすり寄せてきた。青年の姿で。
「――ッ!? クロ! 頼む、その顔で、その姿で、スリスリしないでくれ……!」
俺の悲鳴に近い声も、彼には届かない。
一番目をつけられたくない護衛対象、そして、全く空気が読めない、人の姿になった相棒。
俺の疲れは、この日、ピークに達した。