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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

混血エルフの予期せぬ幸福

作者: 大住家好
掲載日:2026/06/01

「これは一体どういうことかなぁ〜? おばさん物分りが悪いから誰か教えてくれると嬉しいんだけどなぁ〜?」


 月光を浴びて煌めくステンドグラスを背にする老個体のエルフ達 エルダー・エルフに見下ろされている女性エルフの声は緊張感の欠片も感じられない。

 草臥れたグレーのスーツの下にくすんだ白いタートルネックを着用しボロボロの白衣を纏っているエルフは自らをおばさんと呼称するも見た目的にはとても若々しく、だからこそ四白眼を大きく見開く様は不気味に見える。


「惚けるのも大概にせよ。貴様にかの土地の奪還の契機を見付けるよう命令して今日で100と8年。それでまともな成果はおろか、僅かな切っ掛けすら得られないとはどういう了見か」


 白いローブを身に纏った鈍い黄金色の髭を蓄えたエルダー・エルフのリーダー格が低い唸り声を思わせる声色で問い掛ける。

 魔術や錬成術に秀でて魔素にも高い耐性を有しているエルフは本来なら森林を生息地とする。

 野山を駆けて山菜を取り、魔術や弓術に罠まで駆使して狩りも行い自給自足の生活を送って来た。

 かつての生息圏にしてエルフの起源ともされる大森林 ヴァロティア聖森林は彼等にとって最適な生息圏であり聖域でもあった。


「あの森は我々エルフ族が先祖代々より生活の全てを共にしてきた神聖な森だ。そこを追われたまま生きる等、先祖に見せる顔が無い。貴様にもそれは分かるだろう」


 数百年前に勃発した人間種と魔物や魔獣を率いる存在が生存権をかけての戦争。

 その終結の地に選ばれてしまったヴァロティア聖森林は人間種側の頂点である勇者、魔物や魔獣側の頂点である魔王の一騎打ちによって激しい環境汚染が生じた。

 異常なまでに高濃度と化した魔素に耐性が無い生物は一呼吸する間も無く触れるだけで即死。

 多少の耐性では一呼吸すれば即死。

 高い耐性を持つエルフでも五分も経てば体が外側と内側の両方から腐食して穴だらけになり膿を吹き出して死に至る。 

 起源にして聖域を追われる虚しさを噛み締めながら南下し、移動先にあった国家を乗っ取っての侵略的外来種生活を余儀無くされている。


「いんやぁ〜? 残念だけど私は『混ざり物』だからそんなの知ったこっちゃないねぇ〜。それはオタクらも重々承知でしょ? あ、イラッとした? でもおばさん暴力反た〜い」


 女性エルフ ネヴィアはケタケタと笑う。腕を胴体ごと麻縄で縛り上げられ、若いエルフ達に槍や弓を向けられているとは思えない呑気な声色だ。

 彼女は他種族とエルフの間に生まれた『混ざり物』と呼ばれる存在であり、血筋を重要視するエルフにとっては汚物にも等しい気持ち悪い存在に見える。

 浅黒い肌と艶やかな紫の唇はダークエルフの特徴、ブロンドの髪と深緑の瞳はエルフの特徴、欠けた耳は他種族の血が入った混血個体の特徴だ。


「私にその価値観を受け付けなかったのはアンタらだよね? 忘れたとか言わないでよ? アンタらみたいな可愛げないボケ老人相手にすんのヤダよ?」


 エルフとダークエルフは大元を辿れば共通の祖先であるグランド・エルフが長い年月を経て分岐し、次第に似て非なる存在へと変わって行った種族だ。

 生息圏や体質の変化によって呪術や暗殺術に秀でるようになったダークエルフはその生態や容姿から関係を持つのも忌避される忌々しい存在とされる。

 ある種の同族嫌悪なのだがその感情は度々エルフとダークエルフの間で戦争にまで発展する程に深く、そんな相手の血を引くネヴィアが冷遇されるのはエルフの間ではごく自然な流れだ。

 辛い経験ではあったが、お陰でエルフ種特有の価値観にも忌避感を抱けて知見を広げる枷にならなかったのは感謝している。


「そもそも論なんだけどさぁ? そんな混ざり物に大事な土地取り戻すの手伝ってもらうのってカッコ悪いとか思わない訳ぇ? 自分達でどうにかしようって頭にゃならんかったのかい?」


 混血の影響で身体能力が低くなり狩りも苦手な彼女はお荷物だと馬鹿にされ、代わりに他のエルフよりも発達した頭脳を持っているのもそれはそれで頭だけしか取り柄がないと嘲笑された。

 そんな相手に頼るのは恥ずかしくないのか。彼女の質問に一部のエルダー・エルフは顔面を真っ赤にして立ち上がり罵詈雑言を浴びせ始める。

 ろくに仮も出来ない役立たずが。

 口だけは達者だが立場を理解出来ない愚者。

 ロクデナシの子もやはりロクデナシ。

 好き放題怒鳴り散らすエルダー・エルフををネヴィアはニタニタ笑いながら見つめていた。 

 そんな相手に顔を真っ赤にして怒鳴る姿はとても滑稽で笑いを隠し切れない。


「オタクらが好き勝手言うからこっちだって満足に研究進めらんないんだよぉ〜? 素材調達の邪魔したり色々やってるの知ってるんだからねぇ〜?」


 頭だけが取り柄であるネヴィアは様々な素材を調合し、己の肉体を実験材料にしてエルダー・エルフの依頼に取り組んでいた。

 彼女も生まれは彼等と同じではあるが逃げ出したのはまだ物心がつく前であり、その後に始まった虐げられ続ける暮らしに耐える事で精一杯で奪還したいという意思が生じなかった。

 知的好奇心を満たす機会を得て必要な金銭も負担されるからやる、ただそれだけだ。

 それなのに目の前の老害達は当初約束した資材や金銭の提供すらここ数年は渋っている。

 お陰で研究の時間を減らして自分で調達しなければならず、目に見えて進捗は遅れていた。文句の10個や20個言いたくもなる。


「資金難じゃないでしょ? こんな立派な建物立ててさ、無理があるって」

「それは散々説明していただろう。これといった成果を示さないから資金と資材の提供を縮小して」

「ンなこと言ったって無理難題なんだからしゃーんめぇよって言ってんの!!」


 ネヴィアがエルダー・エルフの言葉を遮って怒鳴るもすぐに周囲のエルフによって殴る蹴るの暴行が振るわれて鎮圧された。

 研究の最終目的はヴァロティア聖森林に充満する超高濃度の魔素へ完全適合する方法か、その魔素濃度を迅速に低下させる方法の確立。

 ハッキリ言って無理難題だ。最初からかなり詰みに近い。

 ネヴィアは自分の体を使った人体実験は許可されているが他のエルフや奴隷を用いての実験は許されていない。

 制御出来なくなった際に責任を取れないから、とかエルダー・エルフは言っていたが混ざり物がやりたい放題するのが気に食わないというのが本音である。

 だから命懸けの実験を経てその結果を纏め、再度命懸けの実験の繰り返しだ。ほぼ不死に近い長寿で肉体も頑丈なエルフだってこれの繰り返しは躊躇われる。


「無理難題でもやるのだ。そうでなければ貴様はこの国に在籍する価値すら喪失する事になる。今まで編み出したガラクタ共々、な」


 エルダー・エルフからすればネヴィアの実験は長い年月の中でこれといった結果を残さず、ただ無駄に時間と資源を浪費しているようにしか見えない。

 ヴァロティア聖森林での生存方法を見付ける事は出来ていないが、それ以外では画期的な発明を多々行っている。

 肉体の成長を早める薬やその薬の効果を制御する薬、魔術の発動を早める刺青に物質を魔素へと変換する方法の確立。

 世に公表すればどれも各国がこぞって争奪戦を引き起こしそうな品々だが、エルダー・エルフは帰還以外眼中に無い。


「混ざり物なんぞに活躍の機会を与えてやっている我々の優しさを理解し、存分に噛み締め、役に立って見せろ。生きたいのであればな」

「……優しさ、ねぇ?」


 何処がだよ。ネヴィアの胸中で短い呟きが生じた。

 生きているだけで忌々しいなんてほざいた連中の何処に優しさがある。

 自分が今まで味わって来た差別や孤独を生み出した元凶共に優しさの何が分かる。

 彼女の知る優しさはエルダー・エルフ共に処刑された両親が苦しい立場の中でも注いでくれた優しさだけだ。


「あ〜あ〜……殴っちゃったねぇ……蹴っちゃったねぇ……おばさん、言ったよね? 暴力反対って」


 立場を理解させられて悔しさに泣くなり怒鳴るなりするものだと思っていたエルダー・エルフにとって、ゆっくりと上げられたネヴィアの表情は完全に想定外のものだった。

 真っ青だ。双眸は上下左右に泳ぎまくっており額からは大粒の汗が伝い落ちる。

 声もやや震えており、体調不良の芝居をして何かを企てているといった様子にも見えない。


「確かにアンタらは変に優しい所があるのかもしれないけどさぁ……悪い事言わないから縄を解いてくれないかなぁ? じゃないと、助けられないよ?」

「ハンッ! 貴様が我々を助けるだと? それは研究を取り止めてやるという脅しか? ならば我々こそ今この場で貴様を」

「あ〜……終わったわ」


 最後の賭けにネヴィアも、エルダー・エルフも、何方も仲良く失敗した。

 背中から床に倒れ込んで完全にやる気を喪失した彼女の動向にこの場にいる誰もが意識を向けた矢先、建物全体を縦揺れが襲う。

 次第に強まる揺れにネヴィア以外は地震を疑うも魔物や魔獣の接近を知らせる警報が鳴り響き、この揺れの正体が自然現象ではなく生物であると知る。


「ネヴィア!! 貴様、一体何をした! 生命体を作り出す実験を許可した覚えは無いぞ!!」

「警備隊をすぐに派遣させろ! こちらに迫る同族以外は全て敵と見なし発見次第殺害するよう指示を出せ!」

「おばさんはなんもぉ〜? ただ言われた通りに許可の範囲内での実験をしてただけだしぃ〜? それに、無駄だと思うからさっさと逃げた方が」


 事態の全容が掴めないエルダー・エルフはネヴィアを問い詰めたり接近する存在への対応を命じたりと騒がしくなる一方、ネヴィアは寝っ転がったまま最後の親切心で応えてあげようとした。

 それを許さない強烈な縦揺れの後、床に大きな亀裂が生じて突き上げられるように弾け飛ぶ。

 砂煙と床材が周囲に飛散して壁やガラスへと激突し、巻き込まれた数体のエルフが赤い液体を撒き散らす。

 呼吸するのも嫌になる砂と血の匂いは穴だらけの壁と窓から吹き込む風によって砂煙と共に流れ去り、揺れの主の異様を顕にする。


「……なんだ、その悍ましい生物はッ!!」


 悍ましい。その表現は実に端的かつ正確と言えた。

 弾力性と伸縮性に富む真っ黒な表皮に包まれた流線型の塊。

 目や口といった部位を一切有さない生物らしからぬ容貌の存在は全長6m近くはあり、その体でもってネヴィアを守るように取り囲んでいる。

 声帯を持たない肉塊は無言のままに頭と思しき端をエルダー・エルフへと向けて静止している。


「なにって……ドラゴンだよ」


 どう答えたものか一瞬だけ悩んだ後、ネヴィアはすんなりと事実を告げた。

 様々な実験の果てに『自力での解決はほぼ不可能に等しい』と判断した彼女だったが、それをそのまま伝えては実験を止めさせられる。

 そこで彼女が目を付けたのは四世紀前にとある国で起こった惨劇。

 虐げられた王女に懐いた一匹のドラゴンが108回の殺害と蘇生をその国の全国民に行い、恐怖によって国力を低迷させて滅亡へと誘った大事件。

 その時の記録を掻き集める中で、王女はドラゴンによって大森林へと連れ去られて匿われたという記載を見付けるに至った。


「龍紋欲しさにドラゴンの触手の切れっ端をもらってねぇ。そこからドラゴンを再生しようとしたんだけど、ど〜にも上手く行かなくってねぇ〜……」


 致死量の魔素が充満するカーキュア大森林で王女がどうやって生き延びたのか、その謎は既に解けている。

 ドラゴンが生涯で一度だけ授ける事が出来る特別なマーキングの龍紋によるもの。

 それは分かっていた。他でもない触手を譲ってくれたドラゴンによって教えられたのだから信ぴょう性はある。

 ならばエルフも龍紋を得ればカーキュア大森林へ進出が可能になり、更には腰を据えて生活を始める事だって出来る。

 だから触手にあれこれと手を加えて生命を与えて飼い慣らし、自分に龍紋を授けさせるという自信を用いた人体実験にネヴィアは踏み切った。


「下手な嘘を吐くな。ドラゴンの素材を持ち込むなど不可能だ。貴様が外から戻った際には全身くまなく確認を」

「透視魔術を使ってでしょ? 無駄無駄、デス・アメーバの体液を塗ってたからねぇ〜」


 デス・アメーバは人間で言う心臓と脳に該当する核以外を猛毒の液体で構築した肉体を持つ。

 この液体には魔術を透過させる能力の他にも透視魔術や鑑定魔術といった核の弱点を見抜く魔術に偽りの情報を送り付ける能力もある。

 皮膚に触れただけでもそこから急速に壊死する程の猛毒の体液だがネヴィアは己を用いての人体実験で毒への完全耐性を有していた。


「アンタらはおばさんを気味悪がって触らない。だから透視魔術一辺倒でボディチェックなんてやらない。まぁ、やっても無駄だけどねぇ〜」


 透視魔術対策の液体を塗りたくった触手の切れっ端を更に細断し、胃袋や腟に押し込んで密かに研究室へと持ち込む。

 彼女の狂気的な好奇心によって実行された危険な密輸は無事に成功を収め、その成果として頼れる相棒を得た。

 飛び出して来たと同時に拘束する縄を切断してくれた相棒を優しく撫でる。

 これが相棒に自分の無事を伝えると同時にエルダー・エルフへ飛び掛るのを抑制している。


「か、仮に検査の目を誤魔化せたとしても貴様の活動拠点すら我々は透視しているのだぞ!? それならば貴様がその不気味な生物とやり取りする様子だって」

「あ〜、それ? 流石にドラゴン再生なんてやったら偉い目に遭わされるのは分かってるから対策させてもらったよ。助手クンがデス・アメーバの体液を模倣してくれて助かったよぉ〜」


 触手の元の持ち主は悪食で名が知れていたが捕食した相手の性質を模倣する能力は持っていない。

 その筈なのに触手は自分を覆っていたデス・アメーバの体液を皮膚と断面から吸収し、体内で模倣したものを増産していた。

 それを拠点の内壁や床に塗り付けてエルダー・エルフの透視魔術を掻い潜りながら自分の新たな主人との生活を送り、主人を支えながら成長を続けた。


「優秀な助手クンなんだけど、とんでもなく過保護でねぇ……おばさんに危害が及ぶとなんでか知らないけど察知してすっ飛んで来るんだよねぇ〜」


 生命を与えた触手の切れっ端はネヴィアが何か手を加えたりせずとも勝手に成長し、彼女の代わりに家事全般をこなしてくれている。

 高度な知識や技術を要するものも最初に手順を教えれば完璧にこなし、お陰で外に資材を調達に行くのも容易になった。

 ジェーンと名付けた触手によって快適な実験環境を手に入れる事は出来たが、それでも本来の目的である龍紋の獲得には至れなかった。

 主目的は未だ果たせずにいるが代わりに獲得出来たものはある。過保護とすら言える程のジョッシュからの深過ぎる信頼と愛情だ。


「スゴいんだよこの子。なんだってお見通しで望んだ通りの事をなんでもしてくれるんだから」


 空腹を感じれば手早く美味しい料理を適量用意してくれる。

 汚れた衣類と床もすぐに綺麗にして清潔な環境を整えてくれる。

 実験に使いたいからと言えば体全てを差し出し、眠気を感じれば弾力性のある肉体をベッドとして使わせてくれる。

 寂しい気分になれば体内から触手を生やして満たしてくれる。

 基本的な三大欲求もその他の欲求もジョッシュは全てを満たし、それがネヴィアをより研究に没頭するのを可能にしていた。


「ネヴィア。貴様、我々の優しさを利用してこのような悍ましい生物を」

「あ、それと一つ警告。ジョッシュがおばさんを好いてくれてるみたいに、おばさんも彼女が好きなんだよ。だからあんまり悪く言われるとさぁ〜……イラッとするんだよ」


 胡散臭さが含まれていた軽薄そうな話し方から一変、ドスの効いた低い声を発したネヴィアが右腕を振り抜く。

 エルダー・エルフ数体の首が宙を舞う。攻撃対象に選ばれなかった残りのエルダー・エルフやその他のエルフは何が起きたのか分からずに目を見開いて硬直させられた。

 何をされたかは分かっている。不可視の刃で相手を切り裂く斬撃魔術だ。

 だからこそ有り得ない。ネヴィアは混血の影響で魔術の才能が備わっておらず、高い魔術耐性を持つエルダー・エルフを一撃で屠るなんて不可能なはずだった。


「今まではアンタらの飼い犬やってたけど、もーやめるわ。()だけが虐げられるならまだしもジェーンとか私のお腹の子(・・・・・・)まで酷い扱いされるのは我慢ならないしさ」


 何故エルダー・エルフが才能の無い混ざり物に殺害されたのかという疑問すら消し飛ぶ衝撃の発言に、皆がネヴィアの腹部へ視線を送った。

 微かにだが、少しぽっこりと膨らんでいる。


「まさか私が愛する存在を得て子供を孕んで、産まれてくるのを指折り待つようになるなんてねぇ〜……いやぁ! 何があるか分からないっておっかないけど素晴らしいものだねぇ! こうやって幸福が転がり込んでくれるんだからさぁ!」


 自分を虐げるエルフは気に食わないが力で劣るのだから歯向かえば殺される。

 殺されてしまえば知識欲を満たすのは叶わないから飼い慣らされるしかない。

 諦めとも言える感情に取り憑かれていたネヴィアは自分の命を実験だけに費やして一人寂しく死ぬのだと幼少期からずっと思いながら生きてきた。

 誰かと結ばれるなんて考えにくいし子供を宿すなんて想像すら出来なかったのに、今こうしてそれが叶っている。

 嬉しくない訳が無く、これから今まで不遇な扱いをして来た奴等を虐げられるのだという期待も相俟って口元は歪に歪んだ。


「本当ならこんな国とっとと出て行きたいけどジェーンが何か気に入ったみたいでねぇ〜。だから国を出るとか政治を乗っ取るとか、そんな事はしないであげるよ」


 国をどうにかしてやろうという意志は無い。

 むしろ滅びられては困る。愛する相手が気に入った国が無くなる、というのはどれだけその国に良い思い出が無いネヴィアでも躊躇いがあった。

 だから国はそのままに都合良く使わせてもらう。


「これからは資金提供渋ったりしないでよ。渋ったら殺すから。持ち込む素材に一々口を出さないで。出したら殺すから。それと私が無事に出産したら子供を虐げたりしないで。したら殺すから」

「ふっ、巫山戯た事をぉッ!!」


 首輪を付けていた相手からの分を弁えない発言にエルダー・エルフの一人が激昂し、同胞を殺めた斬撃魔術を飛ばす。

 魔術に秀でるエルフの中でも特に力のあるエルダー・エルフの魔術を今までのネヴィアなら防げない。

 しかし、今の彼女は違う。

 連日連夜注ぎ込まれるドラゴンの体液によってエルダー・エルフをも上回る魔素含有量を誇り、魔素生成量も跳ね上がっている。


「無駄だよ」


 コバエを払うような動作だけで斬撃魔術が掻き消される。

 あっさりと雑に魔術を掻き消されて唖然とするエルダー・エルフだったが、すぐに彼女はその行いを後悔する事になる。

 主人を攻撃されたジェーンが体内から生やした触手によって肩を貫かれ、引き寄せられて体内へと引きずり込まれてしまう。

 背中から体内へ引きずり込まれたエルダー・エルフは毒性を調節した体液によって昏睡させられ、強引に黙らされる。


「最後に、私が無事に生きて出産を終えたらジェーンに全ての女エルフを種付けさせるから。夫がいるとか未亡人とか関係ないから。断ったら男女一組ずつ殺すから」

「ッ……貴様、それは」


 血筋を重要視して同種間で子孫を作り続けるエルフにとって、生態系の頂点であるドラゴンであろうとも血が混ざるのは許せない。

 それは受け入れられないと発言しようにも、それを今の自分達は許されていない立場にあると理解させられてしまった。

 悔しさに歯噛みするエルダー・エルフの姿にネヴィアは笑いを隠さず、更に追い詰めにかかる。


「ドラゴンとの子供だよ? アンタらが望んだお家に帰るのにも役立つかもしれないよ?」


 ドラゴンは超高濃度の魔素環境でも生存出来るこの世界で唯一の存在。

 魔素への高い耐性を持つエルフとの間に生まれた子供であれば、きっと彼の地でも生きられる。

 無事に出産出来れば、の話だが。


「猛毒の体液を持つ生物と交わって……生きていられると思っているのか」

「いいや? 私以外のエルフじゃあジェーンが手加減しないと無理だね、きっと」


 デス・アメーバの体液を模倣したのだ。

 ジェーンが分泌する体液は全てが同様に猛毒であり、本人が調節しない限り摂取すれば待っているのは妊娠では無く死だ。

 だからこそネヴィアの復讐は成立する。

 気に入らない奴等が尊厳を踏み躙られながら毒によって苦しみもがき死ぬ様を見たい。

 無様な顔が増えれば増える程に、男のエルフは繁殖相手を失って個体数が減少する。

 子孫を残すならエルフ以外と交わらなければならないのに、エルフ特有の価値観がそれを許さない。


「悪いけど私はガッツリやるのが好きでね、ジェーンもそこは同じ。身体の相性がバッチリなの。だからきっと他のエルフも私と同じくらい濃いのを貰えると思うよぉ〜? 猛毒たぁっぷりの濃いのが、ねぇ! アッハハハハハハ!!」


 エルダー・エルフに懐かしの地へ踏み入る術は与えない。その術を持ち得るのはジェーンと交わって奇跡的に生き延びた個体が産み落とす子供だけ。

 しかも産まれてしまえばそれはエルフとドラゴンの混血種となる。

 耐えられずに死んで個体数を減らすか、混血種が増えて純血のエルフが減るか、どちらに転ぼうともエルフ種に残された道は個体数の減少以外に残されていない。


「それじゃあ私は家に帰るから。勿論、私達の巣に勝手に踏み込んだり覗き込んだりしても殺すからそこんとこよろしくねぇ〜」


 帰るという主人の意志を汲んだジェーンがミチミチと音を立てて大口を開く。

 歯も舌も存在しない肉の大穴にネヴィアは躊躇いなく入り込み、エルダー・エルフに向けて呑気にヒラヒラと手を振った。

 不満一つも言えない彼等の悔しがる姿をしっかりと目に焼き付けた彼女が浮かべる笑みは、とても子供を宿しているとは思えない邪悪さを帯びている。


「ジェーン、家までお願いねぇ〜。それと今日はタップリと頼むよ♪」


 大口が閉じられてネヴィアの姿が見えなくなる。

 彼女とは違ってジェーンはエルダー・エルフにもエルフにもまるで興味を示さず、自分が作った大穴の中へと姿を消した。

 一向に成果を出さないネヴィアを大勢の前で糾弾して辱めを与えてやろうとしたのに、それどころかエルフ種全体の未来に絶望が待ち構えていると知ってしまった。

 誰も、何も言わない。何も言えない。言葉が一言も思い浮かばない。


 この数週間後、ネヴィアは無事に子供を産み落とした。

 見た目はネヴィアにそっくりながらも髪の毛の一部が触手となり猛毒の体液も引き継いでいる。

 ネーヴァと名付けられた娘とジェーンによってエルフ種は急速に数を減らした。

 それでも価値観を変えられないエルフは他種族との交わりを避け続ける。

 次第にエルダー・エルフ以外のエルフは乗っ取っていた国を移民によって追い出され、絶滅危惧種として扱われる程に希少な存在になってしまった。


 その光景をネヴィアは国の片隅にある拠点で笑いながら見届け、死ぬまで実験と愛する家族との生活に没頭した。

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