幕切
ロープが弾けたときにはもう、令嬢の首は断頭台の上を跳ねながら転がっていた。
血しぶきが飛び、聴衆が狂気に満ちた歓声を上げる。
ここに居合わせた者は皆、歴史の生き証人だ。
そのひとりである王子もまた、非日常の光景を前に麻痺した精神状態でこの場に立っていた。
腕の中の聖女がふらりと一歩前に出る。
いかに気丈な彼女でも衝撃を受けていないはずはない。その思いから王子は慌てて聖女を支えようとした。
それでも聖女は王子の腕を強引に振り切った。
聖女はまっすぐ歩いていく。毒々しく広がる血だまりの中へと。
「どこへ行くのだ……! 待て、そっちに行くな!」
手を伸ばしたまま、王子は追いかけることもできずに固まった。
聖女はおかまいなしに歩を進める。そして断頭台近くで静かに立ち止まった。
足元には生首が転がっている。
断首されて尚、令嬢の口元は至福の笑みを浮かべていた。
誰もが言葉を失って見守る中、スカートが汚れることも厭わずに聖女は血の海で膝をついた。
「ふふ……これで貴女はもう誰のものにもならないわ……」
令嬢の頭を、宝物を扱うように聖女は胸に抱きしめた。
「君は……気が触れてしまったのか……?」
「いいえ、王子。わたしはいたって正常です。あ、でもそうでもないかも。生まれる前からとっくに狂っていたのかもしれないし?」
聖女は可愛らしく小首をかしげた。
誰もが心を奪われるような無垢な笑顔だ。生首を抱えたままでさえなかったら。
その生首と見つめ合うかのように聖女はうっとりと呟いた。
「誰よりも愛してる……」
愛おしそうに令嬢の頭を抱きしめる。
「わたしも今逝くね。何も心配いらないわ。だって来世で結ばれればいいんだもの。だけど逃げたりしたら絶対に許さないんだから」
言いながら忍ばせてあった短剣を首筋に押し当て、聖女は迷いなく首を搔き切った。
生首を腕に聖女が地に倒れ伏す。顔半分を血だまりに沈め、聖女から流れ出る血もその海の中へと加わっていく。
惨状に、残された王子は呆然と呟いた。
「なぜだ……」
何が起きたのか。
何があったのか。
「俺は何を間違えたのだ……俺はどこで間違えたのだ……」
婚約者を貶めて断罪した筈が、断罪されたのは自分だったのか。
自分はただ、愛する妹と結ばれ幸せになりたかっただけだ。
生まれ直しても、それすら許されないと言うのか。
目の前の現実を拒絶して、王子はその場で崩れ落ちた。
fin
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